第100話 肉泥棒①
泥棒の逃走は、二秒もせずに終了してしまった。
瞬きする間もなく、セバスティアンが肉泥棒を華麗に捕まえた。
セバスティアンに吊り上げられたのは、まだ少女だ。
服もよごれ、髪もぼさぼさだが、間違いなく女の子だった。
「離せよ、この! 国の犬め!」
「いいから、お肉を返しなさい。ひとさまのものを盗んでなんですかその態度は」
それでも暴れてドラゴン肉にかぶりつこうとする少女を、セバスティアンが吊り上げる。
「ルクスさま、今のうちにこのお肉をしまってくださいませ」
「あ……でも、お腹を空いているなら……」
セバスティアンがため息をついた。
「我が国にも、法律があります。ひとのものを盗むことに、良しとしないでくださいませ」
「はい……すいません」
ルクスたちだけだったら、可哀そうにとあげても良かったのかもしれない。
しかし、一緒にいるのは国の王に一番近い騎士だ。
不正を見逃すことは出来ない。
セバスティアンが着ているのは、凛々しい制服である。
この国の住人なら、それを見るだけで役職もわかるだろう。
「おっと、いけない」
ケニーが生肉屋で肉を買い、しっかり紙でそれを包んでから軽く地面に落としてすぐさま拾う。
「まいったなー、せっかく買ったのに落としちゃったなー」
セバスティアンが苦笑する。
棒読みのケニーの演技だが、なにをしたいかはルクスにも伝わった。
「ここだと目立ちます。どこか場所を探しましょう」
一連の流れを見ていた武器屋のおやじが、客もいないからと店の中に招いてくれた。
ルクスも、すかさず生肉屋で生肉を買って一口かじって仕舞う。
ルクス、ケニー、アリア、セバスティアンに子供が入ると、店の奥はやや狭く感じた。
店の半分以上が武器を並べているので、仕方ないが。
「ケニーさまのご厚意に感謝しなさい。食べたら、きちんと名乗るように」
セバスティアンは一番出口に近いところに座って、ケニーの買った肉を子供に与える。
少女は、なにも言わずに肉にかぶりついた。
「セバスティアンさん、この国ってスラム街みたいなものが……?」
「ルクスさま、ルイノール陛下はたしかにふざけておりますが、この国にそんなものは存在しません。弱者もきちんと生き抜けるように税を使い、本来なら生活に困窮するものはいないはずです。……何故か、こういう者がいますが」
ルクスの、さん付けに形のよい眉が一瞬ひそめられたものの、セバスティアンはため息をつく。
近衛騎士として、飢えた少女を見るのはなにかしら無念そうではある。
「ルクスさまたちには、せっかくオーデュイン卿の親友である陛下の治世を見てもらいたかったのですが……まさかこのような事態が起きるとは」
「いい国だと思いますよ! みなさん礼儀正しかったし!」
「そうだね、すごく街も綺麗だし」
「今まで訪れた国の中で、一番丁重でしたです!」
ルクスたちは、慌ててフォローをいれた。
どれも事実であったし、素直な感想なのだが、少女がガツガツと食べる音と重なってしまう。
セバスティアンの眉間に、皺が寄った。
「娘、名前は?」
「おかわりないの?」
「これ、食べる……?」
ルクスが買った生肉を、セバスティアンの顔色をうかがいながら少女に渡すとセバスティアンは再度ため息を吐く。
「お三方は、他国の方。私はできませんが、お三方のされることは、この際見なかったことにしましょう」
「さすが、近衛騎士!」
セバスティアンとしても、非情になりきれないのだろう。
肉を盗んだ少女だって、セバスティアンの近衛の制服は見えていたはずだ。
捕まる覚悟で、それでも空腹に負けた結果だ。
「ねえ、あなたお名前は?」
アリアが、ミルクティーのペットボトルを渡しながら少女に尋ねる。
かなりの肉を食べて、少女は少し眠たげだった。
「あたし、カナリア」
「そう、カナリアのおうちの人はどうしているの? おうちの人も、カナリアみたいにお腹が減っているの?」
カナリアと名乗った少女は、アリアの膝にしがみついた。
先ほどまでの、満腹で幸せそうな顔つきからいっぺんして悲壮な表情になった。
「お願い、おとうさんを見つけて! もうずっと行方不明なんだ! おとうさんを助けて!」




