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血戒の心臓  作者: 天野地人
第二章
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第11話 不穏な気配

「お待ちください、ディートルト候! ルヴィスは犯人ではありません! 先ほどガラール紋章院で血液検査をとり行いましたが、一件目の発生時と同様に、やはりルヴィスの血中の魔力濃度に上昇はなかった……犯人ではない者をむやみに疑えば、それこそ秩序に混乱をきたします‼」

 

 必死で訴えるが、カーハインツはそれをものの見事にばっさりと切り捨てた。


「血液検査……? 魔力濃度、だと!? だから何だ、相手は吸血鬼王だぞ! そんなもの、いくらでもご自慢の魔術で操作できるだろう‼ そもそもお前たち、聖騎士ヴァルキリーが不甲斐ないからこのような事態になっているのだぞ‼」


「くっ……!」


 手痛い反撃を受け、ユナは悔しそうに奥歯を噛み締めた。確かに聖騎士ヴァルキリーは、未だ目立った成果を上げられずにいる。カーハインツであれば事態を打開できるとも思わないが、反論できない状況であるのは事実だった。


 周囲の貴族たちも再びヒステリックに騒めき始める。


「確かに、聖騎士ヴァルキリーが事に当たっているというのに、犯人が見つけられないばかりか、新たな被害が発生し続けておりますからな」


「聖騎士といえば、先の女吸血鬼による侵攻の際も、目立った成果は上げられなかったとか」


「内務大臣であるディートルト候に一任した方が良いのではありませんか?」


 ルヴィスの斜め後ろに立っていたグラニは、周囲には聞こえない小さな声で、やれやれと呟いた。その声には、反省や後悔の念は微塵も感じられない。


「……だから言ったでしょう、現実は甘くないと」


 その言葉がルヴィス達に対する皮肉であることは明白だった。ルヴィスは苦々しい表情でグラニに毒づく。


「うっせえ! 大体てめえ、聖騎士ヴァルキリーの副騎士団長だろうーが。何で他人事なんだよ!?」


「そうでもなきゃ、このような茶番に付き合っていられませんからな」


 悪びれもせず、飄々と肩を竦めるグラニ。ルヴィスは呆れ返る。

「いい性格してやがるぜ、全く……」


 グラニとしても、聖騎士に対する風当たりが強まっていることが面白くないのだろう。しかもそれは、半ばとばっちりに近い。ルヴィスに肩入れすることはなくとも、声ばかり大きいカーハインツにはうんざりしているのだろう。


 だが、呑気に事を構えている場合ではなくなってきた。カーハインツの扇動によって、広間は異様な雰囲気に包まれ始めたのだ。


「人間の血を貪る恐ろしい吸血鬼は、即刻アースガルドより追い出すべきです! 王よ、ご決断を‼」

「ご決断を‼」


 カーハインツの叫びに合わせて、貴族たちが声を揃え、大広間に幾重にもこだました。


「………」

「静粛に……静粛に! これ以上、王命に逆らうなら、反逆罪と見做しますぞ‼」


 ラーズグリーズは泡を食って声を荒げるが、大広間に広がった奇妙な興奮は、醒める様子がない。そして当のジークフリートは、それをどこか冷ややかに見下ろしていた。





 宰相のラーズグリーズが何とかその場を収め、謁見は終了したが、貴族たちは到底、納得しきれていない様子だった。広間を退出する際にも、ルヴィスにしきりと敵意交じりの視線を送ってくる。


 おまけに、カーハインツがにやりと唇を吊り上げるのも目に入った。思い通りにいって愉快だと云わんばかりだ。


「ちっ……すっかり俺が犯人ってわけか」

 投げやりにごちると、フィーネが気取った仕草で眼鏡を押し上げながら言った。


「現実もそうなら、良かったのだけど」

「ああ?」


「問題は、あなたは真犯人じゃないということよ。このままでは、間違いなく三人目の犠牲者が出る。本来なら、こんな幼稚な主導権争いなんて、やっている場合じゃない」


 フィーネの言葉には、珍しく苛立ちが滲んでいた。彼女もまた、カーハインツの起こした茶番劇が気に入らなかったのだろう。ルヴィスは肩を揺らし、皮肉を込めて答えた。


「ふん、貴族連中のやることと言ったら、古今東西こんなもんだろ。足の引っ張り合いは、連中の専売特許だ。それにしても、真犯人じゃない……か。信じてもらって光栄だぜ」


 嫌味たっぷりにそう言うと、フィーネはエメラルド色の瞳を細めて険悪な視線を返してくる。


「あなたなんてどうなろうと知ったことじゃないわ。ただ、私は自分自身の行った研究結果を信じているだけよ」


「怖え女だ」

「誉め言葉としておくわ」


 ルヴィスとフィーネは額を突き合わせて睨み合い、やがてほぼ同時に顔を背けた。敵だろうが味方だろうが、フィーネとはどうにもそりが合いそうにない。


 一方のユナは、悄然と肩を落として言った。

「ルヴィス……すまないな、力になれなくて……」


「気にすんな、お前が悪いわけじゃない」


 むしろ、彼女の聖騎士ヴァルキリーの騎士団長という立場を考えれば、よく頑張ってくれたと思っている。悪意のある噂の存在を把握しているにも関わらず、ユナは一貫してルヴィスを庇ってくれた。例えカーハインツを黙らせることができなかったとしても、ルヴィスにとっては、十分にありがたかった。


 ユナはマリンブルーの瞳を力強く輝かせながら言った。

「一刻も早く、事件を解決しなければ。新たな被害者が出るのを防ぐために……そして、お前の名誉を守るために」

「ユナ……ああ、そうだな」 


 真摯なユナの態度に、強張っていたルヴィスの顔もようやく綻ぶ。一方的に犯人と決め付けられ、すっかり気分もささくれ立っていたが、ユナに励まされると前向きなエネルギーが湧いてくる。彼女のまっすぐさはこういう時、何よりも支えになる。


 すると、ルヴィスたちの元に、地味で冴えない風貌の聖騎士が、凄まじい剣幕で駆け寄ってきた。何事かと眉を寄せるルヴィスたちの前で、若い聖騎士は直立不動のポーズをとる。ルヴィスが怖いのか、それともユナがいるからか、やたらと緊張した面持ちだ。


「き、吸血鬼王! お聞きしたいことがあります‼」


「あん? てめえは、確か聖騎士ヴァルキリーの……?」


 確か、聖騎士の訓練の際に一人遅れてきた若者ではなかったか。この若い聖騎士は、地味な外見のせいか、なかなか印象に残らない。ルヴィスがあやふやな記憶を探っていると、ユナが横から口を出した。


「ハイノ=メルフェゴールではないか。どうした、何用だ?」


「は、はい! あの……聖騎士の間では噂になっております! 今回の事件の黒幕は、吸血鬼王ではないか、と……。そんなこと、ありませんよね? 何かの間違いですよね!?」


 ハイノはその噂が余程ショックだったのか、不安そうにうるうると瞳を潤ませている。ルヴィスはまたその話か、と不機嫌に逆戻りした。


「うるせーな、ピーピー喚くんじゃねーよ!」


「ほ、本当のことを教えてください! 吸血鬼王~‼」

 情けない声を出し、取り縋ってくるハイノを、ルヴィスは鬱陶しげに蹴り飛ばす。


「仮に俺が犯人だったとして、はいやりました、なんて素直に言うわけねーだろ!」


「そんなあ!? それじゃ、僕は一体、何を信じれば……!?」

「知るか‼」


 ハイノの口ぶりによると、どうやら聖騎士の間にも、ルヴィス犯人説がかなり広まっているらしい。それを考えるだけで憂鬱な気分になる。吸血鬼であるルヴィスがその誤解を解こうと思ったら一体どれほどの労力が必要となるか。考えるだけで頭が痛い。


 犯人である吸血鬼を捕まえれば一発で問題は解決するだろうが、相手が人型である可能性が高い事を考えると、そう簡単に事は運ばないだろう。


 ハイノは何か言いたそうな表情をしているが、正直言って、ルヴィスにとってはどうでもいいことだった。


 すると、ひねくれた態度をとるルヴィスに代わり、ユナがハイノを諭した。


「安心しろ、ハイノ。ルヴィスは犯人じゃない。ガラール紋章院での検査結果がそれを証明している」

「本当ですか!?」


 ハイノは何故だか、我が事のように嬉しそうだ。この若者が何を考えているのか、ルヴィスは理解しかねた。以前は確か、ルヴィスの事を応援していると言っていたか。そんな事をして、ハイノに一体何の益があるというのか。


 好意を寄せられるのは悪い気はしない。敵意を向けられるよりはずっといい。ただ、出所の分からないハイノの好意はどこか不気味でもあった。


 片やユナはと言えば、そんなハイノの反応を苦笑気味に見つめている。彼女にとってハイノは少々出来が悪いが、一生懸命さが好ましい新人の部下のようなものなのだろう。


「それより、そのことを聞くために我々を待っていたわけではあるまい?」

 ユナがそう促すと、ハイノはその時になって初めて思い出したような顔をした。


「……あ、そうでした!」 

 そして、ビシッと敬礼のポーズをとる。


「申し上げます! ユナハイム=ブリュンヒルデ聖騎士団長、フィーネ=セレスティア紋章院長、及び、吸血鬼王・ルヴィス=レギンレイヴ殿! ジークフリート王がお呼びです‼」


 ハイノに案内され、ルヴィスとユナとフィーネの三人は、ジークフリートの執務室へと向かった。


 ジークフリートはあれほど荒れた謁見の後だというのに、顔色一つ変えず、いつものポーカーフェイスで三人を出向かえた。後ろにはこれまたいつもの様に、ラーズグリーズが仁王立ちしている。


「やあ。待っていたよ」


 見ると、ジークフリートの手元には、ガラール紋章院に提出された資料が束になって置いてあった。どうやらそれに目を通していたらしい。

 てっきり、二件目の吸血事件のことを問い質されるものと思っていたが、ジークフリートは全く別のことを口にした。


「……血中の魔力濃度が、著しく低下しているそうだね、ルヴィス?」


「……ああ?」

 いきなり何の話だと、訝しむルヴィス。しかし、ジークフリートは至極真面目な様子で、再度、質問を繰り出す。


「君の体に不調があれば、王墓にある心臓にも影響が出るかもしれない。不測の事態を避けるためにも、健康管理はきちんとしてもらわなければ困る。原因は何だ?」 


「さあな?」

 ルヴィスは乱暴に答えた。よりにもよってジークフリートに、吸血行為の事をあれこれ口出しされたくなどなかった。しかしルヴィスの感情などお構いなしに、ジークフリートは机の上で両腕を組み、その上に顎をのせて鋭い視線を送って来る。


「君は吸血鬼だ。魔力を維持するためには、人間の血が必要なのではないか?」


「……てめえには関係ねーだろ!」


「図星なのだな?」

「くっ……‼」 


 ルヴィスは奥歯を噛み締める。

 最も干渉されたくない部分を、土足で踏み荒らすような真似をされ、はらわたが煮えくり返る思いだった。ジークフリートに向かって、噛みつかんばかりの険悪な視線を送るが、ジークフリートは平然と肩を竦めて会話を続ける。


「やれやれ……そうならそうと、初めから言えばいい。血ならいくらでも用意させる。そうだな……健康な若い娘が適任だろう」


 すると、ラーズグリーズがその後を継ぐ。

「ガラール紋章院の紋章師たちに該当する者を推挙させましょう。全く……我々が吸血鬼の『食事』を用意せねばならなくなるとは」


「……っ‼」


 ルヴィスは俯いて、両の拳を握り締めた。怒りのあまり全身がカッと熱を帯び、わなわなと激しく震えたが、それを止めることが出来なかった。

 口を開けば、ありとあらゆる罵詈雑言をジークフリートにぶつけていただろう。そうしないように唇を引き結ぶのが精一杯だった。


 ルヴィスが血を口にしていないが為に、徐々に弱っているのは事実だ。今はまだ、かろうじて発作を抑えられるし、吸血鬼退治もできる。だが弱体化がより顕著になれば、いずれ彼らは強引に『食事』を迫るようになるだろう。

 

 それがルヴィスにとってどういう意味を持つのか、どれほど精神的な苦痛を伴う事か、一切、配慮することもせずに。


 その状況を考えるだけでぞっとした。行動の自由を奪われ、強制的に働かされて、与えられた餌を大人しく食む――それではまるで、家畜のようではないか。自由を奪い、心臓を勝手に王墓に繋げた挙句、尊厳まで踏みにじろうと言うのか。


 激憤と憎悪と無力感。それらが混ざり合って、激しく暴れ狂う。


 そんなルヴィスの心情を慮ってか、ユナが慌ててジークフリートに進言した。


「お……恐れながら、ジークフリート王! ルヴィスはその……吸血行為には強い抵抗があるのです」

「抵抗……? 何故?」


 全く理解できないといった様子で、眉根を寄せるジークフリートに、ルヴィスは、

「てめえにゃ、永久に分かんねーよ‼」

 と吐き捨てる。それを聞いたジークフリートは、次に反抗期の子どもを宥めるような表情になって言った。


「君も妙なことに拘るな。自分の命に関わる事だろうに……まあいい。フィーネ、吸血行為が嫌というなら直接、献血でもしてみるというのはどうだい?」


「そういう問題じゃ……」

 声を荒げるルヴィスを完全に無視する形で、フィーネは質問に答える。


「やってみなければ分かりませんが……例えば人間の例をとっても、口から食事を摂るのと胃に直接流動食を流し込むのとでは、同じ栄養摂取でも違いが出ます。ですから、献血という手段では完全でなく、魔力維持は難しい可能性もあります」


「特に吸血鬼王の場合、王墓にある心臓の分も魔力を確保しなければなりませんからな」

 ラーズグリーズもまた、やれやれといった様子で付け加えた。


「もうその話はいい!」 


 とうとうルヴィスは大声を張り上げた。激高するあまり、肩が上下する。

「これは俺の個人的な問題だ……余計な干渉すんじゃねーよ‼」


 ジークフリートやラーズグリーズが自分をどう捉えているか。今更ながらに思い知らされたような気がした。敵視され、恐れられるのはまだ耐えられる。だが、家畜扱いは、我慢できない。そこには、ルヴィスを利用してやろうという強欲さと悪意しかないからだ。


「ルヴィス……!」

 ユナは表情を曇らせてルヴィスを見つめたが、ジークフリートの反応はあくまで冷ややかだった。


「もちろん、最初から何も問題がなければ、我々もわざわざ口を出したりはしないよ、ルヴィス」


 それは言外に、ルヴィスの自己管理が十分ではないせいではないかと、批判するようなニュアンスが含まれていた。

 ある意味でそれは事実だ。確かに、ルヴィスは己の不調を自力で改善できていない。そしてその理由を述べたところで、ジークフリートがルヴィスの心情を理解することはないだろう。

 おそらく、議論は永遠に平行線を辿ったままになる。 


「ちっ……大体、巷で発生している吸血事件の方はいいのかよ? 俺のことよりよほど深刻だろう‼」


 ルヴィスはジークフリートの関心を一刻も早く自分から逸らしたくて、そう言った。実際、現段階で最も深刻なのは、三人目の人型吸血鬼が王都に潜んでいる可能性が高いという事実だ。

 

 すると意外にも、ジークフリートはさして興味も無さそうな、ぞんざいな反応を示した。


「ああ、あれか。君は一切、関わっていないのだろう?」

「当たり前だ!」


「だったら問題は無いよ」


「何だと……!?」


 ルヴィスは耳を疑った。ジークフリートの返答は、想像以上に冷淡なものだった。現実に事件は起こり続けているというのに、一体、何が問題ないと言うのか。罪のない娘たちが殺されたことも、人型の吸血鬼の脅威に対しても、まるで何も感じていないかのようだ。


 この年若き王は、人として重要なものが抜け落ちてしまっているのではないか。ルヴィスは、ほとほと呆れ返る。


 しかし、ジークフリートは何食わぬ顔で発言を続けた。


「……こちらの要件はそれだけだ。ルヴィス……大事に至る前に、賢明な行動を取ることを期待しているよ」 

 ジークフリートの凍てつくような瞳がルヴィスを正面から射る。

 

 アースガルドを守るためなら何でもする――王墓で見せた、ジークフリートの狂気が脳裏に蘇る。


 このまま自分が弱り続ければ、どうなるか。ルヴィスはそれを想像して戦慄した。


 前王であるジークムントは、ルヴィスの魔力不足を補うために、何度もルヴィスを瀕死状態になるまで痛めつけた。生命力の強い吸血鬼は、大抵の傷は自然に治癒する。その際、魔力も一時的に回復するのだ。レーヴァテイン曰く、それは吸血鬼の本能のようなものだと言う。

 だが、事ある毎に瀕死状態にされるルヴィスにしてみれば、それは地獄以外の何ものでもなかった。

 

 ジークフリートはおそらく、平然とそれ以上のことをやってのけるだろう。いざとなったらどんな手段を取ってでも、ルヴィスの魔力を回復させようとするに違いない。そして、心臓を人質に取られたルヴィスには、それに逆らう余地はないのだ。


(あの時、無理にでも心臓を取り戻しておくべきだったか……?)


 心臓が王墓と一体化し、無理に引き離そうとすると世界が崩壊しかねない――そう知った時、ルヴィスは迷わず心臓をそのままにしておくことを選んだ。

 確かに心臓も大切だが、それよりは世界が安定することを願ったからだ。


 しかし、ジークムントやラーズグリーズは、ルヴィスのその選択に思う存分つけ込み、利用している。


 あの時の選択が間違っていたとは思わない。しかし、支配者気取りのジークフリートを前にすると、僅かばかりの後悔が胸を過るのだった。



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