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血戒の心臓  作者: 天野地人
第二章
26/36

第4話 ハイノ=メルフェゴール

「あいつら、何なんですの? 言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいですの! 感じ悪いですの!」


「放っとけ、雑魚の吸血鬼ですらびびって逃げ出すような奴らだ。んな度胸があるとも思えねえしな」


 ルヴィスとしては、聖騎士たちのような態度をとられることには慣れきってしまっている。どうせ大半は、お上品なだけが取り柄の、貴族のボンボンたちだ。面と向かって喧嘩を売るような真似もすまい。

 無視してしまえば、それでいい。


 そしてユナの到着を待っていたルヴィスだったが、先に姿を現したのは副騎士団長のグラニだった。

 グラニはルヴィスに目を止めると、いつもの飄然とした様子で声をかけて来る。


「おっと、吸血鬼王。お早いご到着で」

「お前らが遅いんだろ。ユナはどうした?」


「さあて、宰相殿にでも呼び出されたのでしょう」

 そしてグラニは、口元を吊り上げて皮肉を飛ばす。

「それにしても……ブリュンヒルデ騎士団長にも困ったものだ。訓練に熱心なのはいいが、寄りにもよって吸血鬼王の手を借りようとは」


「……ああ?」

 ルヴィスはグラニをじろりと一瞥する。しかし、狸面の男は臆した様子もない。全く、小憎たらしい奴だ――そう思っていると、反応したのは聖騎士たちだった。どうやらグラニの言葉で、不満が爆発したらしい。


「副騎士団長の仰る通りだ! 我々は聖騎士だ。吸血鬼と戦うのが職務のはずだ!」

「それなのに、何故、その吸血鬼から教えを請わなければならないんだ……⁉」

「吸血鬼は、しょせん吸血鬼だろう。いつ裏切るともわからぬ輩と訓練するなど、言語道断ではないか!」

「何故、騎士団長はあんな輩を重用するのだ……?」


 などと、口々に不平や不服を言い始める。どれもルヴィスに直接、啖呵を切ったりはしない。あくまで聞こえよがせに、というところが、何とも情けない。


 騎士たちはみな、惜しみなくルヴィスに敵意と憎悪を向けている。ルヴィスが王墓をフレイアから守ったことは周知の事実のはずだが、だからと言ってすぐに打ち解けるほど、聖騎士たちもお人好しではないらしい。


 吸血鬼によって仲間が少なからず殺されているという事実もある。


 彼らにしてみれば、人型だろうとそうでなかろうと、吸血鬼は所詮吸血鬼なのだろう。


 だからと言って、敵意を煽られては堪ったものではない。ルヴィスはグラニに皮肉な笑みを返した。

「おいおい、迷惑してんのはこっちの方だぜ? なんせ、三流ぞろいのへっぽこ騎士団に付き合わされてるんだからな」


 あからさまな侮辱を受け、さすがのグラニも瞳に鋭いものが宿る。しかしルヴィスは気にせずに続けてやった。先に喧嘩を売ってきたのはグラニの方だ。


「俺が副騎士団長なら、迷わず部下にこう言ってるぞ。口より先に、手を動かせ、とな。俺と訓練するのが嫌なら、そうする必要が無くなるくらい鍛錬を積めばいいだけの話だ。そんでもって、さっさと結果を出すんだな」


 グラニのこめかみには明らかにひびが入っていたが、さすがにそれを表に出すようなことはしなかった。若干、引き攣った顔で、にこやかに告げる。


「これは、これは……ご忠告どうも。……おい、ランニングを始めるぞ!」


 そしてルヴィスの方を振り向きもせず、聖騎士に発破をかけた。そして一団を連れ、第二訓練場の方へと走り出していく。聖騎士たちは不満をありありと浮かべつつも、グラニの事は信頼しているようで、大人しくそれに従った。


 ルヴィスは聖騎士たちを壁際で見送りつつ、やれやれとため息をつく。

「何なんですの⁉ どいつもこいつも……嫌な奴ばっかりですの‼」

 レーヴァテインは怒り心頭といった様子で、唇を尖らせる。しかし、一方のルヴィスは軽く肩を竦めただけだった。

「放っとけ。ただの八つ当たりだろ」


 ルヴィスにしてみれば、こういった扱いは今に始まった事ではない。ジークムントに味わされた屈辱の数々に比べると、グラニの嫌味など痛くも痒くもなかった。


 グラニの号令で、聖騎士たちは整然と城の外周を走り始める。登城してから、かれこれ一時間は過ぎているはずだが、ユナはまだ来ない。


 すると、やや遅れて若い聖騎士が駆け込んできた。

 バーントアンバーの髪に、灰色の瞳。どこにでもいるような冴えない風貌の若者は、余りにも地味すぎて、それが一つの個性のようになっている。

 確か連絡係を務めていた筈だ。ハグバルド地区での吸血鬼退治の際、不審者を発見したとユナに報告していた。


 確か、名はハイノといったか。


「はあ、はあ……お、遅れてすみません‼ ……って、あれ?」


 ハイノは寝坊でもしたのか、息を切らせて訓練場に飛び込んで来るものの、そこにいるのかルヴィスのみであるのを見てとり、目を瞬かせる。放っておいても良かったが、不安そうにこっちをちらちら見るので、仕方なく教えてやった。


「他の奴らなら、ランニング中だぞ」


「えっ、あ……ホントだ! 急がなきゃ、副騎士団長に殺される‼」

 ハイノは第二訓練場を横切る聖騎士の一団を見つけ、慌ててそのランニング集団に加わろうとする。しかし途中ではたとルヴィスの方を振り返った。そして暫くもごもごと口を動かしていたが、やがて意を決したように切り出した。


「もしかして……あなたは吸血鬼王ですか?」

「ああ、それがどうした?」


「い……いえ、こうやって間近で見ると、人間と殆ど変わらないなあって……」

 それが嘘偽りのない率直な感想だったのだろう。ハイノは緊張からくる半笑いを浮かべてはいるものの、何気ない様子でそう言った。ところがレーヴァテインは、それが聞き捨てならないと怒り始める。


「あなた、失礼ですの! 吸血鬼王が人間なんかと同じなわけないですの‼」

「そ、そうですよね! すみません、すみません! 今のは聞かなかったことにして下さい‼ ……お願いだから、殺さないで‼」


 悲鳴交じりに声を上げ、大きく仰け反る若い聖騎士。顔は血の気を引き、完全にへっぴり腰だ。ルヴィスは半眼になってそれに答える。


「そんな事でいちいち殺したりしねーよ、面倒臭え」

「本当ですか⁉」

「お前……確かハイノとか呼ばれてたな」

 すると、ハイノはパッと顔を輝かせた。


「僕の名前、ご存じだったんですか? 確かに僕の名はハイノです。ハイノ=ベルフェゴール。あの……他の聖騎士のみんなは吸血鬼王のことを悪し様に言ったりもしますけど、僕はその……尊敬しています、吸血鬼王のこと!」


「……はあ?」

 何言ってんだとばかりに眉を吊り上げると、ハイノは再び青くなって大きく仰け反る。


「あ、あわわわっ! すみません、ナマ言いました! ごめんなさいぃぃ‼」


「いや、どっちかっつーと、そういう卑屈な態度取られるほうがムカつくんだが」


「そうですか? そうですよね、すみません……。でも、僕の気持ちは本当です! みんなは嫌うけど、僕にはどうしても吸血鬼王が悪い人には見えないんですよね。確かに人相はちょっとアレですけど……」


「……ああ? 悪かったな、目つきが悪くて」

 ちょくちょく引っかかることを言うな、こいつ――そう思って睨みつけると、ハイノはやはりびくりとして縮こまる。基本的には気弱で臆病な性質のようだ。内股でプルプルと震え、目には涙を浮かべて、悲鳴じみた叫び声をあげる。


「い、いえ、そういう意味では……ゴメンナサイ、殺さないで‼」

「それはもういいって」


 いちいちそんなリアクションを取られたのでは敵わない。うんざりとした気分を滲ませると、ハイノは少し驚いた顔をした。吸血鬼王と呼ばれ、恐れられているルヴィスが、ハイノに対して何ら危害を加えないことが、意外だったようだ。


 ハイノは気合を入れなおすように首をフルフルと横に振ると、こぶしを握りしめ、力説する。

「とにかく! 僕は吸血鬼王のこと、憧れてます! バッタバッタと吸血鬼たちをなぎ倒して本当にカッコいいです。僕もあなたを見習って早く強くなりたい……‼ 陰ながら応援していますね! それでは、失礼します‼」


 そうしてぺこりとお辞儀をすると、ランニングに加わる為に、慌ただしく駆け去っていった。ルヴィスは半ば呆気に取られて、それを見送る。


「……何だ、あいつ?」


「何だか、鈍臭いですの。でも主様に憧れているだなんて、殊勝な心掛けですの!」

 レーヴァテインは自分の事のように得意げだったが、ルヴィスは首を傾げるはかりだった。 


「確かに悪い奴じゃなさそうだが……あいつは聖騎士だぞ。大丈夫か……?」


 好意を寄せられること自体は、悪い気はしない。敵意を向けられるよりは、ずっといい。だが、ハイノは聖騎士だ。吸血鬼と戦って王都を守るべき聖騎士が、吸血鬼に憧れるというのは、それなりに問題であるような気もする。


(まあ、そのうち考えを改めるかもしれねーしな……)


 見たところ、ハイノはまだ新人のようだ。これから経験を積み、吸血鬼に苦戦したり、或いは仲間を殺され失ったりしたら、他の者達のようにルヴィスを憎むようになるかもしれない。そして、吸血鬼に憧れているなどと口にした事を、後悔する日がいつか来るかもしれないのだ。


 よって、ハイノの事はあまり気にしないことにした。


「それにしてもユナの奴、遅いな……」


 この時になっても、まだユナは姿を現さなかった。ユナは時間にうるさく、滅多に遅刻などしない。こんなに遅れることは、今までなかった。


(何かあったのか……?)


 訝しく思ったものの、今は辛抱強く待つしかない。

 吸血鬼であるルヴィスは血戒魔術でおよその事が事足りる。聖騎士たちのようにランニングなどする必要がなく、かといって他にすることもないので、訓練場の周りをぶらぶらしてみることにした。


 第一訓練場を後にし、地上に出てから間もなくの事だった。第二訓練場の端にある用具入れの隅に、誰かが潜んでいるのが見えた。

 特徴的な鮮やかな金髪は後頭部で綺麗に結い上げられている。それに、人間のものとは全く形状が違う、尖った耳。細淵の眼鏡をかけたエメラルド色の瞳が、恨めしげにこちらを向いている。


 ルヴィスはそれが誰だか、すぐに見当がついた。その人影に近寄っていって、声をかける。


「……お前、こんなところで何してんだ?」

「うるさいわね、あなたには関係無いでしょう? 放っておいてよ」

 これでもかと、刺々しい返事が返って来る。


「そうは言っても、思いきり不審者だぞ、フィーネ」


 ルヴィスは呆れる。物陰に隠れていたのは、フィーネ=セレスティアだった。

 彼女はハイエルフであり、高い魔術能力と豊富な知識、そして人間離れした聡明さを併せ持つ。その為か、ガラール紋章院の責任者を務めていた。


 だが、こそこそと隠れるようにして訓練場を覗き込む目の前の彼女に、そういった威厳は皆無だった。


「ひょっとして……ユナを探してんのか?」

 何げなく口にした言葉だったが、どうやら図星だったようで、フィーネはぎくりとした様子で目を逸らす。


(まあ、身から出た錆だわな)

 それがルヴィスの抱いた率直な感想だった。


 ユナはフィーネを親友だと慕っていたようだが、フィーネにはユナの知らない別の顔があった。ルヴィスの心臓を抜き出し、王墓とドッキングさせた張本人、それがフィーネだったのだ。王墓でその事実――  フィーネが黒幕の一人だったという事を知り、ユナはとてもショックを受けていたようだった。


「……あれ以来、ユナは私と話もしないし、ずっと避けられているのよ」


 フィーネは余程その事が気がかりなのか、そわそわと親指の爪を噛む。何とかしてユナと接触したいものの、後ろ暗い事をやらかしている手前、強く出られないのだろう。

 散々フィーネに痛い目を見せられてきたルヴィスとしては、同情するどころか、つい、いい気味だと思ってしまう。


「そりゃ、そうだろうな。友人が腹ん中まっ黒の、極悪非道ハイエルフだと知ったなら、誰だってそうする」

 肩を竦めて言うと、フィーネは眦を吊り上げた。

「極悪非道ですって? 言いがかりよ! 私は命じられたからそうしただけ。それに、あの時は他に選択肢が無かった。最善の方法だったのよ!」


「だったら、ユナの前で正々堂々そう主張すりゃいいじゃねーか。尤も、そんなことをしようものなら、ますます顰蹙を買うだけだろうけどな」

「くっ……それもこれも全てあなたのせいよ⁉」 

「知らねーよ。自業自得だろ」

 そして、思いきり底意地の悪そうな顔を作って、せせら笑って見せた。

 フィーネは悔しそうに歯噛みをし、こちらを睨みつけている。プライドの高い彼女の事だ。ルヴィスに言い負かされたのが我慢ならないのだろう。


 ルヴィスは、それを思う存分、堪能した。フィーネが唇を嚙む様は、どうにも愉快でならない。自分でも多少、意地が悪いとは思うが、彼女が自分にしたことを考えれば、これくらいの仕返しは許されてしかるべきだ。


 だが、少々、意外にも思った。相変わらずフィーネは高慢で嫌な女だったが、思いの外、ユナは大切にしているらしい。


「……っつーか、お前にも大切な人間がいるとはな」

「何よ、悪い? ……ユナは聖騎士団長として異種族を取り締まっているけれど、差別したことは一度もないわ。それは私に対してもそう。……私にとってユナは大切な友達なの」

「……ふうん?」


 フィーネは男に対しては容赦ないが、友達は大切にする性質らしい。どんな嫌な人間でも、一つくらいは美点があるものだ――心の中で密かにそう見直してやったというのに、フィーネは腕組みをして顎を上げ、挑戦的に食ってかかってきた。


「大体、あなただって人の事を批判できる立場なのかしら?」

「どういうことだよ?」

 ムッとして聞き質すと、フィーネは高圧的に続ける。


「あなたは随分、ユナと親しくしているようだけど、そこに下心がないと断言できる? あなたは所詮、吸血鬼。人の血が無ければ活動できない」


「てめえ……俺がユナの血を狙っているとでも言いたいのか⁉」


 それは、許しがたい暴言だった。それではまるで、ルヴィスが血を目当てにユナと接しているかのようだ。確かに王墓では彼女の血に助けられたが、それ以降、一度も彼女の血を口にしたことはない。ただでさえ吸血行為は、ルヴィスの中で非常に繊細(デリケート)な問題と化している。

 フィーネの言葉はルヴィスにとって、言いがかりを通り越して侮辱の域に達していた。


 しかしフィーネは、決して語勢を緩めない。

「もしそうだとしたら、私はあなたを許さないわ。ユナはあなたの事を信じているみたいだけどね」

 すっかり態勢を立て直し、いつもの調子を取り戻したフィーネに、今度はルヴィスが歯噛みする番だった。


「ちっ……どこまでも嫌な女だな」

 吐き捨てるようにそう言うが、フィーネは全く堪えた様子がない。


「私の事は好きに言えばいいわ。ただ……忘れない事ね。あなたが私たちに敵対しなければ、私たちもあなたの敵にはならない。でも、あなたが裏切るなら私は……全力であなたを潰すわ」


 そして、毅然とルヴィスを睨む。

 こういう時のフィーネは、ジークフリートと負けず劣らずの冷然とした空気を纏う。もともとハイエルフという事もあって整った顔立ちをしているフィーネだが、知的で高貴な印象である一方で、どこか冷たい雰囲気がある。


 今はそれに、ある種の自信と凄みが加わっていた。まるで、悪を倒さんとするヒーローのようだ。


 傍でやり取りを聞いていたレーヴァテインが、我慢の限界とばかりに声を荒げる。

「この女……言わせておけば、どこまでもぬけぬけと……‼」


 ルヴィスも言われっぱなしなのは癪に障る。おまけにフィーネはルヴィスを悪の権化であるかのように扱うが、ルヴィスにしてみればフィーネたちの方がよほど悪者だ。


「俺の心臓を奪っておいて、更に脅しか。本当にいい根性してやがるぜ。……俺は俺の意志で動く。例え心臓を奪われても、魂までは侵せない。そっちこそ、その事をよく覚えておけ」


 ジークフリートにしろフィーネにしろ、王墓にある心臓を存分に利用し、ルヴィスをうまく従えていると思っているかもしれない。だがこの状況は、ルヴィス自身が望んだことであるという事を忘れてもらっては困る。


 ルヴィスは無理に己の心臓を取り戻す事よりも、アースガルドやミズガルズの存続を願ったのだ。


 険悪な雰囲気と共に睨み合う、ルヴィスとフィーネ。するとそこへ、聖騎士のミスリル・メイルに身を包んだユナが駆けこんで来た。


「ルヴィス、ここにいたのか!」 


 鬼気迫るユナの様子から、ただ事ではないという事が察せられた。


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