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血戒の心臓  作者: 天野地人
第一章
17/36

第16話 王墓

「そうだね……とりあえず聞こう。王墓が何のために存在しているのか、君たちは知っているかい? 勿論、ただの遺体安置所などでは無い事は分かるだろう。」

 一つ深呼吸をすると、シェリーの方に向き直る。


「……そんなわけで、シェリー、すまん‼」

「へ……?」


 目を瞬かせるシェリー。ルヴィスの周囲に魔術式が浮かぶ。そして小さな爆発が起こり、シェリーの店の床に再び直径一メートルほど大穴がぶち抜かれた。

「い……いやああああああああ‼ アタシのお店が‼‼」


「後で直しに来る! ……行くぞ、ユナ」

「……これに飛び込むのか?」

 ユナは床の下を覗き込む。中は意外と深く、底が見えない。


「俺が先に行く」

 顔面蒼白で悲鳴を上げるシェリーを店に残し、ルヴィスとユナは穴の下へと身を躍らせた。


 穴の空洞は想像以上に深く、ルヴィスはすぐさま魔術を発動させた。一瞬がくりと衝撃が走り、浮遊感に包まれると、後から遅れて落下してきたユナの腕を掴む。二人はそのままゆっくりと降下していった。


 暫くして、地面に足がつく。感触で石畳だと分かった。空気は湿気を帯び、肌を冷たく撫でる。靴音の反響音からすると、空間にはかなりの広さがあるのだろう。


 ルヴィスは魔術式を浮かべ、火球を二つ作り出す。火球は周囲を明るく照らし出した。そこにあるものに、二人は目を見開く。

「これは……!」


 それはかまぼこ型のトンネルの様な空洞だった。


 横に長く伸びているが、その先は暗闇に包まれ見通す事が出来ない。高さは三十メートルはあるだろうか。壁面は同じ大きさに切り出された石で美しく組まれ、等間隔にせり出した柱やアーチには細かな装飾が施されている。


 その荘厳なつくりは、まるで何かの遺跡のようだった。


「地下道ですの。かなり古いですの」

 遅れて上から降りてきたレーヴァテインも感嘆の声を上げる。

「へ~、スラム街の地下にこんな空間があったなんてな」


 ルヴィスの魔術による火球が滑るように空を飛び、周囲の景色をくまなく浮かび上がらせる。通路のどちらに向かおうかと考えていると、暗闇の向こうから小柄な人影が近づいて来た。


「何じゃ、何じゃ。 見覚えがあると思ったら、ルヴィスか!」

 ギルはルヴィス達の姿を認めると、破顔してひょこひょこと駆け寄って来た。


「爺さん! 探してたんだ。頼みがある。……王墓に連れて行ってくれ!」

「王墓、じゃと?」

 ギルは怪訝そうな表情をした。

 無理もない。


 王墓とはその名の通り、アースガルズの歴代の王たちが死後埋葬される場所だ。ミズカルズの中でも最も神聖な場所の一つであり、庶民が簡単に足を踏み入れていい場所ではない。

 ユナもそれを聞いて血相を変えた。

「待て! ……何故王墓に向かうのだ?」


「フレイアが言っていた『木を隠すなら森の中』って言葉の意味を考えていたんだ。ジークムントは俺が心臓を取り戻すことを何より恐れた筈だ。そして、絶対そうとは分からない場所、そして容易には立ち入れない場所に隠した……」


「それが王墓だというのか?」


 ああ、と頷く。ユナの表情は半信半疑だ。しかし、ルヴィスは確信していた。


「アースガルド王は代々、死後王墓に納められる。その権威を世に知らしめるため、その遺体は魔術で保護され、およそ千年は腐る事が無いそうだ。そのために、神聖魔術で莫大な魔力を集め、遺体の維持に充てているらしい。

 まあ……俺も実際この目で見たことは無いがな。


 吸血鬼の心臓は最も魔力の集まる部位……魔力を探知する能力がある者なら、その存在の在り処を察するのは難しい事じゃない筈だ。だが俺の心臓は、この五十年誰にも見つかることは無かった。勿論、俺自身にもだ。

 王墓は巨大な魔力で満ちている。王都の中で最も魔力の集まる場所だからな。その中に俺の心臓もあるとすれば……」


 それなら、今まで気配すら感知できなかったのも納得できる。


「確かに、王墓は王都の中で最も警備の厳重な場所の一つだ。地上からでは王墓に入り込むことはおろか、近づくことすらできぬだろうな」

 ユナは眉をしかめたまま呟く。ギルの表情も複雑そうだった。

「この地下道とワシの掘った道を使えば、王墓に向かうこと自体は難しくないぞ。しかしのう……」


 禁域に足を踏み入れれば、それだけでどんな罰が待っているか分からない。その事を気にしているのだろう。ルヴィスにも勿論、そんなリスクを負わせるつもりは無かった。


「分かってるって。爺さんは道を教えてくれればいい。巻き込むわけにゃいかねえからな」

「………」

 ユナはまだ迷っているのか、無言で考え込んでいる。ルヴィスは敢えて話を振った。

「お前はいいのかよ?王墓に潜り込んだことがばれたら、流石のお前もただでは済まない

ぞ」


「……一つ聞いておくことがある。

 心臓を取り戻した後、お前はどうするつもりなのだ?」

「………!」

 ユナの問いに思わず言葉に詰まる。


 心臓を取り戻した後――完全なる自由を得た後に、どうするのか。


 そこまでは考えていなかった、というのが正直なところだった。

 フレイアへの対応に意識の大部分を割いていた事もある。

 

 ルヴィスの返事を待たず、ユナは言葉を続けた。

「お前がもし完全な吸血鬼となって王都を襲うというのなら、私はお前を殺さなければならない。……でも、そうはならない気がするんだ。お前は《ルヴィス=レギンレイヴ》であると同時に《ヴィルヘルム=シグムント》でもあるのだから」


「ユナ……」


「……私には、何が正しいのか分からない。正しいと思っていたものがこうも簡単にひっくり返るものだとは思いもしなかった。

 ただ……確かに私達が王墓に行くことは罰せられる行為かもしれないが、お前が自分の心臓を取り戻すことは正しいことなんじゃいかという気がするんだ」


 ユナの深い青の瞳がルヴィスを真っ直ぐ見つめていた。


「……行こう、ルヴィス。お前の心臓を取り戻すために」


 ルヴィスは「ああ」と頷く。


 何となくだが、ユナから信頼されたようで嬉しかった。

 本人にその自覚は無いかもしれない。彼女は間違ったことが嫌いだ。単に自分の主義主張に従って行動しているだけかもしれない。


 だが、いずれにせよ出会った頃の事を考えれば大きな変化だ。あの頃はルヴィスが何かしたいと言う度に、ユナは怒って大剣を突きつけて来たのだから。

 

 彼女が自分の意思を尊重してくれた。それだけで充分だった。


 ギルに先導され、三人は広い地下道を進む。地下道は余程古い物なのか、時折激しく崩れていた。やがて壁面にびっしりと神話を象った壁画が見られるようになる。名前も分からない古代の神々の物語が、そこには濃密に描かれていた。


 ギルは迷うそぶりもなく、歩を進めていく。一キロ近く進んだ後、地下道は壁の大規模な崩落によって行き止まりになっていた。ギルが掘ったものだろう、そこから伸びる細い通路に入り、枝分かれした道をいくつか曲がっていく。


「それにしても……意外じゃなあ、お前の好みも」

 唐突にギルに話題を振られ、ルヴィスは「はあ?」と面食らった。

「吸血鬼と聖騎士ヴァルキリー騎士団長のカップルなんて、前代未聞じゃぞ。あれか。不良がクラスの優等生に惹かれるみたいなもんか」


 ドワーフの老人は目に嵌めたゴーグルを額に押し上げ、ニヤニヤとこちらを振り返る。

 反応したのはユナとレーヴァテインだった。

「にゃっ……⁉ な、な、何を……‼」

「な……何ですってぇ⁉」

 ユナは真っ赤になってどもり、レーヴァテインは聞き捨てならないとばかりに眉を吊り上げる。


「あのな……どこをどう言う風に見たらそういう話になるんだよ?」

「隠さんでもええじゃろう。いやー、青春ってええなあ」

 ギルはヒュウと口笛を吹く。茶化す気満々だ。この色ボケじじい、とルヴィスは呆れた。


「だから違うって! こんなん、全っ然俺の好みじゃね―し!」

「そうですの! こんな『脳みそまで筋肉』を絵に描いたようなゴリラ女、主様にはふさわしくありませんの‼」

 レーヴァテインの言葉に、流石にユナも怒りを顕わにした。

「何だと⁉ ……それを言うなら、貴様だって、全く私の好みではないぞ、ルヴィス!」

 そして何故だかそれをルヴィスにぶつけて来る。


「いいか、良く聞け! 私の好みは《ヴィルヘルム=シグムント》将軍なのだ‼」

「いや……だからそれ、俺なんだけど……」

「だから、貴様ではないと言っている! 士官学校の教科書で見た憧れの《ヴィルヘルム=シグムント》将軍の肖像画は涼しい目元に立派な口髭の、背の高い精悍な中年男性だったのだ‼」

「誰だよ、ソレ⁉ つーかオッサンかよ!」


「私にとっては今もシグムント将軍は、あの肖像画の中の将軍のことだ! 貴様はその劣化版……いや、最早ただのニセモノだ‼」

 こちらに自信たっぷりにびしりと指を突きつけるユナ。


 ルヴィスは思わず脱力した。

「……。勝手にしてくれ……。っつーかお前の趣味って一体……」


 そういえば、ジルオールも『背の高い精悍な中年男性』だったけな、と思い出す。年上が好きだというのは個人の好みとしては大いに結構だが、それが偶像化された中年の自分だというのは何とも奇妙な感覚だった。


「変な趣味ですの。でも、少し安心したですの……!」 

 レーヴァテインは誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。              


 道は徐々に狭く、低くなっていく。人ひとりが中腰でやっと進める程度だ。石畳もとう に消え失せ、剝きだしの土が肌を晒している。

 しかし一方で、進むに従ってルヴィスは前方に大きな魔力の存在を感じるようになった。


 レーヴァテインも同様らしく、緊張した声音で話し掛けてくる。

「主様……!」

「……ああ。近いな………」


 それから更に十分ほど進んだ頃、行き止まりが見えて来た。道は分厚い岩で塞がれている。

「……王墓はこの向こうじゃ」

 ギルは足を止めた。


「分かった。連れてきてくれてありがとよ、ギル爺」

 ドワーフの老人はルヴィスの謝辞に何も言わず、ただ片手を振って来た道を戻っていく。


 それを見送ると、残された三人は前方の岩に向き直った。

 ルヴィスの眼が真紅に光り、 魔術式が浮かぶ。小さな爆発が起き、行き止まりの壁がガラガラと音をたてて崩れた。


 その瞬間、崩れた部分から強い光と魔力の奔流が流れ込んでくる。


 思わず息を呑んだ。


 ルヴィスとユナは手を翳して光が目に直接入るのを避けながら、慎重に中に足を踏み入れる。


「これは……凄まじいな……」

 ユナは圧倒された様な声で呟く。普段魔力を感じないフェンリル族でも、その存在を感じるのだろう。

魔力が凄まじい勢いを成して、肌をビリビリと震わせている。勢いに乗ってそのまま吹き飛ばされそうなほどだ。ルヴィスは目を細め、呟いた。

「ああ、間違いない。ここが王墓だ」


 ――そして。


(俺の心臓もここにある……。感じる……!)


 ルヴィスは施設の内部に視線を巡らせた。

 王墓はヴァルハラ宮殿の真下に位置する地下施設だった。高さ二百メートル、幅八十メートルほどの巨大な筒状の空間で、天井付近はドーム型をしている。

 部屋に光源は無いが、空間に満たされた魔力がまばゆい光を発し、内部は昼間のように明るい。


 ルヴィス達が足を踏み入れたのは丁度その中間ほどの場所だった。


 壁伝いに人が一人通れるほどの、細い螺旋階段が設えてある。ユナがそこから下を覗き込むと、筒状のカーブした壁面に、びっしりと棺が縦に嵌め込んであった。丁度石組みの壁面と交互になっている。それは壁の上部まで続いていた。


 一つひとつの棺をつぶさに観察し、驚いた。


 その中には歴代の王の遺体が収められていた。


 その証拠に、どれもアースガルド王を示す王冠を頂いている。それぞれの王冠には、それぞれの王の名が刻まれていた。どれも真っ白の長いローブを纏い、胸元で手を組んでいる。


 年をとった王も、まだ年若い王も年齢は様々だった。

 だがいずれにしろ、状態は綺麗だ。それどころか、どれも昨日亡くなったばかりのようにしか見えない。


 確かに荘厳さを感じさせる光景ではあった。しかし、王墓と聞いて想像していたものとは随分違う。何より埋葬目的にしては、施設内に飾り気が無さ過ぎるのではないか。普通王族の墓と言えば豪華な供物が捧げられるはずだ。


 棺しかない空間。

 簡素なローブ。


 これでは、王家の威厳、というより何か異様さや不気味さの方を強く感じさせる。


「それにしても、すごい魔力だな……」

 思わず呟きが漏れた。

 想像はしていたものの、遺体の維持だけ、というにはあまりにも魔力が兄弟過ぎるのではないか。それに他にも気になる事がある。


 ルヴィスが王墓について耳にしていたのは、王墓の維持の為に神聖魔術で莫大な魔力を集め、遺体の維持に充てている――という話だ。しかし実際この場に立ってみると、魔力の奔流は王墓の外側ではなく、内側から発生しているものの様に感じる。


 どういう事なのだろうか。


「あれが歴代の王の棺か。深いな……」

 ユナは下を覗き込んだ。足が細かく震えている。確かに高所恐怖症にこの高さは辛いだろう。


「あ……主様!」

「あれはっ……‼」


 レーヴァテインが天井付近の上空を指差す。ルヴィスも突如身を乗り出した。

「どうした、ルヴィス⁉」

 ユナも釣られるようにして上空に目を向ける。


 施設の上部、ドーム型の天蓋の丁度中央付近に他の場所と比べても一際魔力の濃縮している場所がある。


 幾重にも魔術障壁が張られ、箱型になっているその中心。


 赤みを帯びた小さな塊があった。


 どくん、どくんと定期的な鼓動を繰り返している。


「あれはまさか……心臓………?」


 ルヴィスは目を見張った。間違いない。

 見つけた。ようやく取り戻す事が出来る。


 ――自由になれる。


 吸血鬼であることを止める事はできないかもしれないが、少なくとも誰かの意思で動かされ、強制的に服従を強いられることは無くなるのだ。


 歓びが胸を衝かんとした、その時だった。

 ふと、違和感が胸を過る。


 ――何か、おかしい。


 虚空に浮かぶ自らの心臓を見つめ、違和感が急速に、湖面に浮かんだ波紋の様にじわじわと広がっていく。

 しかしその正体が何であるかを掴むまでには至らない。


「……やれやれ。まさかここまで来てしまうなんてね」

 不意に冷然とした声が響き渡り、ルヴィスら三人はそちらに視線を移した。


 天井付近に設えられた螺旋階段の入り口。

 そこにはジークフリートとフィーネの姿があった。


「ジークフリート……!」

「それに……フィーネ⁉」


 ジークフリートが出て来ることはある程度予想できた。しかし、何故ここにフィーネの姿があるのか。 ユナが激しく動揺しているのが分かる。


 フィーネはルヴィスとユナに、憐れむような視線を投げた。

「ユナ……あれほど関わっては駄目だと言ったのに……」

「どういう意味だ、フィーネ! まさか……全てを知っていたのか⁉」


「ええ、勿論よ。だって吸血鬼王の体から心臓を取り出したのは私なんだもの」

 碧眼がゆっくりと細められる。フィーネの笑みは、こういう時ですら艶やかだった。


 ルヴィスにとっても、それは初耳だった。吸血鬼王との戦闘によって意識を失い、次に目覚めた時にはすでに心臓は体の中から取り出されていたのだ。誰がそれを取り除いたのかなど、知る由もない。


「フィーネ……!」

 ユナは言葉を失い、立ち尽くす。ルヴィスはジークフリートを睨みつけた。


「そんなことはどうでもいい! 俺の心臓、返してもらうぜ‼」

「……うん。こちらとしても、そうしたいのは山々だけどね。そんなことをしたら、大変なことが起きてしまうんだよ。最悪、このミズガルズは滅んでしまうんじゃないかな」


 ルヴィスは眉間にしわを寄せる。

「何……? どういう事だ‼」

「さて……どこから話そうか」


 そう言うと、ジークフリートは王墓の棺に納められた嘗ての王たちに視線を移した。





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