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血戒の心臓  作者: 天野地人
第一章
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第14話 ジルオールとの面会

 いつの間にか朝になっていた。


 ルヴィスはベッド脇で眼を覚ます。

 睡眠不足と発作の影響で、頭が疼く様に痛んだ。


「くそ………」

 頭を押さえて呻く。自分で掻き毟った体の傷は、きれいに消えて無くなっている。


 間もなく部屋のドアが開く音がして、レーヴァテインが入って来た。

「主様……大丈夫、ですの?」


 彼女の顔の片側がうっすらと腫れているのを見て、昨夜のことを思い出す。正常な判断能力を失いかけていたとはいえ、とんでもないことをしてしまった。激しい後悔と自己嫌悪が湧き上がってくる。


「レーヴ……。悪かったな。お前にあんな事、するつもりじゃなかった。……許してくれ」

 レーヴァテインは眼をうるませ、ルヴィスの胸に飛び込む。

「私のことはいいですの! それより……このままじゃ、主様が………‼」

 ルヴィスは震える小さな背中をゆっくりと撫で、呟いた。

「………。今日は確か、ジルオールの屋敷に向かう予定だったな……」


 身支度を終え、一階に降りる。いつもの軽装に身を包んだユナがルヴィスとレーヴァテインを待っていた。

 ユナはルヴィスに何か言いたげな表情をしたが、結局何も言わなかった。


 朝の王都は生活する人々の活気にあふれていた。

 いつも通りの穏やかな光景だ。

 ジルオールの滞在する屋敷は王都の郊外に位置する。

 大きく、豪華な屋敷と立派な庭園。ジルオールが王都に滞在する時は、いつもその屋敷を使用する事になっているらしい。


 入り口にある巨大な鋼の扉を私兵が固めている。ユナはその一人に近づいていった。

「聖騎士ヴァルキリーのユナハイム=ブリュンヒルデだ。ジルオール様にお目通りを願いたい」


 しかし私兵は表情を微塵も変えず、それを制止した。

「ジルオール様は体調が優れない。今日は誰ともお会いにならないそうだ」

「何……本当なのか? この間お会いした時はお元気そうでいらっしゃったぞ! それに、これから面会の約策が……」

 ユナは粘るが、私兵の態度は変わらない。装備していた槍を戸口で交差させ、こう宣告した。


「我々は誰も通すなと命令されている。お引き取り願おう」

 私兵の態度は頑なで、どうあっても通れそうにはない。


「……ユナ、行くぞ」

 今にも爆発しそうなユナを連れ、ルヴィスはその場を離れる。

 そして屋敷の裏側に回った。

「どういう事だ……? 先日面会を申し込んだ時は、体調を崩しておられるというような話は一切なかった。快く約束を取り付けてくださったのに……」

 不服そうなユナにルヴィスも頷く。


「確かにな。ジルオールは武人だ。健康管理には人一倍気を使うだろうし、仮に少々体調を崩しても、そのくらいで面会謝絶までするとは思えない」

「どういう事だろうか。何か……後ろめたいことがおありなのだろうか……」

 ユナの声のトーンが落ちた。ルヴィスも黙り込む。嫌な予感がしていた。


「………。時間が無いかもしれない。強行突破するか」

「何? それはどういう……」


 首を傾げるユナの腕をルヴィスは掴む。

「レーヴ、ついて来いよ」

「あ、主様⁉」

 慌てるレーヴァテインに構わず、ルヴィスは魔術式を発動させた。


 奇妙な浮遊感が体を包み、視界が歪む。そして体が後方に強く引っ張られた。足の感覚が麻痺し、急激な落下感が襲う。


 次の瞬間、ルヴィス達はジルオールの屋敷の中に移動していた。


 静まり返った廊下。天井がいやに高い。

 ユナは激しく眼を瞬かせると、驚いた様子で呟いた。

「ここは……ジルオール様の屋敷の中、か……?」


「空間制御による瞬間移動ですの。主様、いつの間に……?」

 ルヴィスに次いで瞬間移動してきたレーヴァテインは、驚きの声を上げる。


「この間フレイアが使っているのを見て、見よう見まねでやってみた。てっきり失敗するかとも思ったが、案外うまくいくもんだな」

 ルヴィスはニヤリと笑った。フレイアの魔術式を何度かこの目で見ているので、式の内容は分かっている。

 やられっぱなしは面白くない。パクれるものはパクってやろうと思ったのだ。

 レーヴァテインは血相を変えて慌て出した。


「危ないですの! 失敗したら壁に激突か、永遠に時空の狭間をさまよう事になるですの‼」

「何⁉ 貴様、もっと慎重に動け‼」

 事の重大さに気づいたユナも抗議の声を上げる。ルヴィスは面倒臭そうに片手を振った。


「いいじゃねーか、成功したんだからよ。それよりジルオールの元へ向かおうぜ」


 ルヴィスとユナは入り組んだ廊下を進んでいく。大きな屋敷だけあって、迷いそうなほど広い。しかしユナは屋敷の構造には詳しいようだった。何度か足を運んだことがあるのだろう。


 途中、侍女や見回りの兵を隠れてやり過ごした。階段を上り、二階に上がる。そしてさらに歩を進め、一際立派な作りの木製の扉の前に辿り着いた。


「レーヴ、お前は外で待機だ。何かあったら、すぐ知らせろ」

「はいですの!」

 レーヴァテインはそのまま姿を消す。ユナは扉をノックした。


「……誰だ?」

 すぐに返事があった。良く響く、威圧的な声。ジルオールのものだ。


「ジルオール様、私です。聖騎士ヴァルキリーのユナハイム=ブリュンヒルデです」

「入りなさい」

 ジルオールの招きで、ルヴィスとユナは部屋に入る。質実剛健を絵に描いたような、簡素な部屋だ。ジルオールは自室の書斎の机の上で、書類に目を通していた。


 思いの外元気そうだ。顔色もいい。ユナもそれを見て安堵の表情を浮かべていた。

「体調を崩されたと聞きました。お具合はいかがですか?」

「体調……? 私はいつも通りだぞ」

「……? しかし、門番が……」

 首を傾げるユナ。一方ジルオールはルヴィスに気づき、意外そうな顔をする。 


「君は……確か数日前、宮殿で会った……」

「ルヴィス=レギンレイヴだ」

 ルヴィスが名乗ると、ジルオールの表情はすぐさま険しくなった。


「ルヴィス……? やれやれ、噂は本当だったか。弟があの吸血鬼王を使役していると……!」


 ユナは慌てて説明する。

「違うのです、ジルオール様! 彼は我々に協力しているのです!」

「吸血鬼は敵だ。……それは事実だ! 有史以来、人類が何度奴らに脅かされたことか……! 連中の手を借りるなど、それがどれだけ有益であっても許されることではない! 国民と王権に対する冒涜と裏切りだ‼」

「ジルオール様……」

 ユナは返す言葉が見つからない。何しろジルオールの主張は僅か数日前までユナ自身が考えていたことと全く同じなのだ。

 おそらく、それは王都に仕える軍人ならば誰もが当然の様に考える事だろう。

 だからこそ、生半可な説得は全く意味が無いこともよく分かっていた。


 狼狽えるユナ。

 だが、ルヴィスは逆に不敵な笑みを口元に浮かべていた。


「……それであんたはジークフリートに対して強い不満を持っていたってわけかよ」

「何……⁉」


 不快さを露わにするジルオールに、ルヴィスは尚も挑戦的な態度で続けた。

「ギュミル広場での騒ぎは耳に入っているか? 今、王都では吸血鬼騒ぎが起こっている。だがどうにも不自然な点が多い」


 ルヴィスは一連の事件の経過を手短に話した。ジルオールは不愉快な様子ではあるが、興味は持ったのだろう。机の上で両腕を組み、黙って話に聞き入っている。


「……何より腑に落ちないのは、新王政は安定している筈なのに、どうやって下級吸血鬼たちはこの王都まで侵入してきたかという事だ。ジークフリートは神聖魔術に長けている。それは即ち、王都アースガルズを守る結界が強固であることを意味する。

 連中が勝手に王都の中に入って来たというよりは、誰かが手引きをして中に招き入れた――そう考えた方がしっくり来る。

 そう思わないか?」

 ルヴィスはそこでジルオールに向かい、含みのある表情でにやりと笑った。


「………。それをやったのは私だと言いたいのかね?」

 ジルオールはルヴィスの意図を敏感に察したようだ。机の腕で両腕を組み、ルヴィスを見据える。軍人特有の射竦める様な鋭い眼光がルヴィスの赤い瞳と激しく交差した。


「ルヴィス……!」

 ユナははらはらしながら二人を見守っていた。今までのユナであれば、真っ先に激怒し、ルヴィスにクルースニクを突きつけていただろう。しかし今は違う。


 何より、ユナ自身にジルオールを説得する術がない以上、ルヴィスに任せるしかないことをよく理解していた。


 ルヴィスは言葉を続ける。

「目撃情報もある。昨晩、ギュミル広場で複数の兵士を見たという奴がいるんだ。その兵士の身に着けていた鎧が丁度あんたの私兵のものと同じ型だったらしい」


「私が部下にそれを命じたという訳か。下らんな。夜間の話だろう。そんなあやふやな情報だけで私を疑うつもりか? 大体何故私がそのような事をしなければならんのだ⁉」


「あんたは王位を狙っていた。……違うか?」


 ジルオールの表情が固まった。


 次の瞬間、みるみる怒りへ染まっていく。

「何……だと………⁉」


「ルヴィス、よせ!」

 ユナも流石に慌てた。しかしルヴィスは構わずに続ける。


「あんた、魔術が使えないそうだな。第一皇子であるにもかかわらず、生まれついた時から弟に王位を奪われることが運命づけられていたってわけだ。あんたがそれに不満を持っていたとしてもおかしくないし、少しでも才や野心があるならこう考えるだろう。

 『どんな手を使ってでも王位継承権を手に入れたい。父親のジークムントだって魔術の才が無いにも関わらず王座に就けたではないか』……ってな」


「黙れ‼ それ以上の侮辱は許さんぞ‼」

 

 ジルオールは目を剝き、憤怒の形相で机を殴りつけ、立ち上がる。ユナがびくりと身を震わせるほどの激しい音だった。


 凄まじい威圧感。緊張が走る。


「侮辱……? そう感じるのは、それが図星だからじゃないのか? そもそも何故、このタイミングであんたは王都に入ったんだ。 あんたが丁度王都を訪れたのと機を同じくして事件は起こった……まるであんたが犯人だと言わんばかりに、だ!」


「それは王から登城の命が下ったからに決まっているだろう! 命があればそれに従い、王都に入るのは当然だ‼」


「成る程……それであんたは前々から準備していたってわけか」

「馬鹿を言うな! 王命が下ったのは今から三週間前……急いで兵をまとめ、準備させたのだ! そんな暇などありはせん‼」


「………」

 ルヴィスは暫し黙考する。


 ジルオールの言には不自然さが無い。しかしその代わりに、疑いが晴れるほどの決定的なものも無かった。


 三週間というのも微妙な線だ。兵を連れ、物資を運びながらヴァナヘイム領から王都まで移動するのにおよそ一週間。残りの二週間弱で用意するとなると確かに余裕はないが、前々から計画を進めていたと仮定すると、不可能ではない。


 ヴァナヘイム領はミズガルズ大陸の外れに位置し、ヨトゥンヘイムとも近い。王政が交代したばかりのこの時期なら、吸血鬼の捕獲もそれほど難しくないだろう。事前に王都まで運んでいれば、犯行は可能だ。

 ジルオールはそれを可能にする財力も兵力も兼ね備えている。

 

 ジルオールは激しく憤り肩を震わせていたが、やがて体の力を抜き大きく溜め息をつくと、冷ややかな視線をユナに送った。

「……お前には失望したぞ、ユナハイム=ブリュンヒルデ! 帰れ‼ これ以上妄言につき合う暇はない! ……私も忙しいのだ‼」


「ジルオール様………!」

 ユナは激しくショックを受けたようだった。その場で肩を落とし、項垂れる。


 ジルオールはこれ以上話すことなど何もないと言わんばかりに、どかりと椅子に座った。こちらを見向きもしない。心証を著しく傷つけたのは間違いないだろう。このまま粘って情報を引き出そうとしても、私兵を呼ばれてつまみ出されるのがオチだ。


「……行くぞ、ユナ」

 ルヴィスは愚図ついているユナを連れ、部屋を退去する。


 廊下でユナは深く溜め息をついた。

「ジルオール様……怒っておられたな……」

「気にすんな。わざとけしかけたんだ。普通、感情が激しく昂ぶった時の方が人間は本音を口にしやすい。ジルオールは単純な性格だ。さっき奴が言ったことにほぼ嘘は無いんじゃないか?」


「そうか……! それなら、ジルオール様は犯人ではないのだな? あれだけはっきりとご自身で否定されたのだ。ジルオール様が犯人であるはずがない!」

 自らを励ます様に明るい声を出すユナ。しかしルヴィスは別の事を考えていた。


「俺は、門番の私兵とジルオールの話が食い違っていることの方が気になるな。門番は確かにジルオールの体調が悪いと言っていたのに、本人はけろりとしていた。

 何故、そんな嘘を……?」

 

 彼らは確かに誰も通すなと命令されている、と言った。しかし、先ほどの様子からするとその命令はジルオールから発せられたものではないようだった。

 

 では、一体誰が。


 考え込むルヴィスの元に、レーヴァテインが慌てた様子で姿を現す。

「主様! 大変ですの‼」

「レーヴ?」


 同時に、ジルオールの使用人と思しき男が廊下を走って来た。激しく取り乱し、足取りすら危うい。まるで屋敷が火事にでもあったかのように、慌てふためいている。


 無断で侵入したルヴィス達は家人に見つかったことに焦った。隠れようにも、場所が無い。

 しかし使用人は三人の不審者には目もくれず、ジルオールの部屋へと駆けこんでいった。

 

「ジルオール様、大変でございます! ジルオール様‼」

「何事だ⁉」

 開け放たれた部屋の中から使用人の狼狽した声とジルオールの声が聞こえてくる。


「そ、外に……王都軍と聖騎士ヴァルキリーが……‼」

 

 使用人の声にジルオールが声を失う。


 ルヴィスとユナも一瞬硬直状態に陥った。


「な……?」

「何だと⁉」






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