出立
倒した熊を引きずって村に帰る。
あの村にとって肉は貴重だ。年寄りしかいない村で動物を狩るには罠くらいしか無い。
肉が手に入るかどうかは時の運。この熊を持って帰れば喜ばれるだろう。
しかし重い。すごく重い。背負おうとして潰された時はやっぱ置いて帰ろうかと思ったくらい重い。
それでも、うつ伏せに倒れた熊の脚を両脇に持ち、リアカーのごとく引っ張ると何とか動かせたのでずりずり引きずって帰る。
後ろを確認すると血の道が続いている。あ、そうだ。
一旦おろして、テレポ小石を使って熊の首――頸動脈が通ってそうな場所をえぐり取る。
これで、更に血が抜けて進む度に軽くなっていくんじゃね?
再び足を持ち上げ引きずる。最初はだらんとしていて持ちにくかった熊の肢体も時間が立ち、血が抜けていくと硬直して多少引きずり役なったけど、その頃には俺がヘロヘロになってたのであんま変わった気がしなかった。
そして、太陽が真上に来る頃、ようやく村までたどり着いた。一時間もかからない距離とは何だったのか。
村に着くとクレアとターニャが待ってくれていた。
「コスモさん! 良かった、戻ってきたんですね」
「うわ、でっかい熊! これどうしたんですか!」
朝方に戻って来るはずだった俺が、何時までたっても戻ってこないので心配してくれたらしい。
巡礼者が森に入って、予定よりも帰ってくるのが2、3日遅れるのは通過儀礼の様なものなので他の村人は特に心配等はしていない。けれど、この二人は俺がたとえ夜の森であろうと迷うこと無く出てこれることを知っているので、何かあったのではないかと心配になたそうだ。
……村を出る時に妙なフラグも立てちゃったもんね。ホント、スミマセンでした。
「まあ、色々あってね。聞きたいこともあるし、宿舎に戻ってから話すよ」
ターニャの声に様子を見に来た村人に熊を任せて、俺は二人と一緒に宿舎まで戻った。
二人に、昨日森へ入ってからのことを順番に話していった。
「……コスモさん。村から離れるのに、何も持たずに出るなんて、ただの自殺行為です。幾ら特殊な力が在ったとしても、過信したりせず、しっかりを準備をするべきです」
全く、クレアの言う通り。しっかり頷いて、反省の色を示す。ホント気をつけます。
「熊も危ないけど、山賊がそんなに近くにいるなんて……。村には近づいてこないはずなのに、一度村長やおじいちゃん達に相談したほうがいいかも」
ターニャの心配も尤もだ。一度拐われた身でもあるし、二度目がないなんて言い切れない。
何とかすべき問題だ。頷いて同意の意を示しておく。
「そう言えば、帰りに気がついたんですが、森の中に生えてる草が結構萎れてたんですよ。マナが濃すぎるとそういう事もあるんですかね? 二人はなにか知ってますか?」
山賊から水を頂戴したし、熊を引きずっててそれどころではなかったのでその後萎れた草があったかどうかは判らないが少なくとも森の奥地ではそうだった。それとなく二人に聞いてみたら首をかしげた。
「草が萎れていた、ですか? いえ、そんな話は聞いたことが無いですね」
「うん。うちのお爺ちゃんも、お婆ちゃんも、霊峰へ行った巡礼者だけど、そんな話は聞いたことがないよ」
あれ、そうなのか。霊峰の麓で森がぱったり途切れてたし、てっきりマナが濃すぎると栄養過多で植物が育たなくなる様な事が起きるのかと思ったけど、そうじゃないらしい。
「……そういえば、最近、野草の採れる量が減ってきている気がしますね。気のせいかとも思ってたのですが、その話を聞くとどうも気のせいでは無かったのかもしれません。はやり、山賊の件も含めて一度、村長に報告しましょう。コスモさん、お疲れでしょうけど村長の家まで付いて来てもらえますか?」
ふたつ返事で了承し、二人について村長の家に向かった。
「……そうか。他の者からも森の様子が可怪しいという話は出ておる。もう少し様子見をしてから決めようと思っていたのじゃが、これは一度森へ入って確かめる必要がありそうじゃな」
深刻そうな表情で頷きながら話を聞いていた村長はそう言って立ち上がった。
「ほれ、何をぼさっとしておる。さっさと準備せんか」
え、今から行くの? っていうか俺も行くの?
「何をキョトンとしておる。お主が森が萎れておると言ったのじゃろう。そのお主がついてこないで誰が、そこまで案内するんじゃ」
えー。朝から熊を引きずって疲れてんのに、マジかよ……せめて明日にしてくれよぉ。
とはいえ森に異変があるなら早く調べたほうが良いのはたしかだし、仕方ない。もうちょっと頑張ろう。
村長と村の男衆数人を伴って、熊と山賊に遭遇した場所まで戻ってきた。
途中、楔の道筋から離れた時は止められたけど、足元に薄っすら残ってる熊の血と引きずった跡を指して、コレを辿れば戻ってこれると納得させた。
「こんな近くに山賊がおったのか……。それに確かに、草が萎れておる。コレはいよいよもって一大事やもしれん」
「村長、町の領主に使いを出して、調査の依頼をした方がいい」
男衆が色々調べたりしている間、俺は木に腰掛けて弁当の残りをもぐもぐしていた。だって、朝から重労働だったのに昼飯抜きとか耐えられないよ!
調べ回る男衆をボーッと眺めながら干し肉をかじっていると村長に声をかけられた。
「よう見つけてくれたな。草が萎れるなどこれまで無かったことじゃ」
この森はマナが豊富で植物がよく育つとは聞いていたけど、生存競争に負けた草が萎れてしまうなんてことは普通のことなんじゃ?
「この森ではな。どういうわけか、生命を全うして枯れる草はあっても、途中で萎れてしまうということは無いのじゃ。いつだったか、森の調査だと町からやって来た魔術師様がそうおしゃっておった。実際、我らもそういった草木を見たことがない」
「それに、ほら。あの木を見てみろ。葉が落ちて枯れ始めておる。この森の木は長い年月を経て魔木に変わる。ああやって枯れてしまうような事はない。これは明らかに可怪しい。森からマナが失われているとしか思えん」
調査していた男衆の一人がそう付け加えて教えてくれた。
言われた木を見てみると、確かに葉が少なく枝が目立つ。あれで枯れ始めているのか。さっぱりわからん。
男衆による森の捜査が終わり村まで戻ってきた。
村の入口で各自解散となり、散り散りに帰路についた。俺も村はずれの宿舎に戻る。
すげぇ疲れた。今までこんなに疲れることが在ったかというくらい疲れた。今時の現代っ子は外で運動する事なんかないからな。全部、仮想世界で済む。肉体的に疲れるなんてことがない。帰ったら、夕飯まで一眠りしよう。そうしよう。
宿舎についたら知らない人が居た。なんぞ?
「あ、こんにちは。貴方が最近この村にやってきたというコスモさんですね。私は、行商を生業にしている者でして、名をマルグリットと申します。以後、お見知り置きを。
今夜一晩この宿舎にお世話になることになってます。いやあ、驚きましたね。此処しばらく巡礼者など居なかったもので。あ、巡礼者もだいたい私がこの村まで案内する事が多いので、この村に来てから宿舎に泊まってる人がいると聞いてビックリしました。
しかも話を聞くとクレアちゃんとターニャちゃんを山賊の元から救い出したとか! いやあ、お強い! その若さでさぞ苦労なさっておいでなのでしょう、あ、いえ、詮索しようなどということはないのです。生まれ育った場所を捨て、旅に出るというのは大変なことです。かく云う私も、外の世界に憧れて飛び出したものの、一度露頭に迷いましてね。今ではこうして行商などをして身を立てておりますが。いやあ、あの時は苦労しました。
あ、それでですね、クレアちゃんから頼まれたのですが、コスモさん町へ行きたいとか。大丈夫! 私に任せて下さい。この村からだいたい10日程かかりますがね、私はもう何度も行き来しているので、慣れたものです。コスモさんを必ず町までお連れいたしますよ。それにしても、いつもと逆で新鮮ですね! 町からこの村へ巡礼者を案内する事は何度かあったのですが、この村から町へは初めてです」
そういって、ハッハッハと軽快に笑うずんぐりむっくりなおっさん。
あまりの勢いに思わず身を引いてしまった。
「あ、すみません。森へ入ってたんですよね。なんでも、森の様子がいつもと違うということで、調査をしに出ているとのことでしたが、何かわかりました? や、その前にお疲れでしょう。中へ入って座りましょう。さあ、どうぞどうぞ。といっても、ここに住んでるのは貴方が先でしたね。いやあ失敬! ハッハッハ」
なにこのおっさん。誰か助けて。
その後、促されるままに宿舎に入りマルグリットとか云う行商人が一方的に話すのを聞いていた。曰く、クレアとターニャを連れてきた巡礼者を案内したのがこのおっさんで、あれが初めての仕事だったとか。そんな小さい頃から知っている二人が盗賊に拐われたと聞いてビックリしたとか。この村へは塩とか小麦とかを届けに来て、代わりに迷いの森で採れる野草を買い取っている。
迷いの森の野草は他のと違い、ポーションにした際の効能が高く、非常に高品質で町でもよく売れるとか。しかし、往復で一ヶ月近くもかかるため、他に買い付けに来るライバルもおらず、ほとんど独占できてうはうはだとか。
そういったどうでもいい話を延々と聞かされて、夕食の時間まで過ごした。ツライ。
そして夕食。ようやくこのおっさんから開放されるとおもいきや。
「そうそう、実はここに来る途中、兎を仕留めましてな。いや、あれは実に運が良かった。干して帰りの食にしようと思ってたのですが、これは何かの縁なのでしょうな、是非ご馳走させて下さい。こう見えて中々、料理の腕には自身があります。道中、保存食ばかりでは味気ないですからな。自然と身についたのです。大丈夫、この事はクレアちゃんにも伝えてあるので、夕食がだぶることも無いですよ」
ハッハッハとそう告げられた。もうこれは笑うしかない。ハッハッハ……。
夕食後、やることがあるとマルグリットに告げ、宿舎から逃げ出した。
兎肉のステーキは確かに美味かったが、これ以上あのマシンガントークに付き合っていたら鼓膜が消滅する。
適当に散歩して、時間つぶしてから戻ろうとぷらぷらしていたらターニャに見つかった。こんな夜に珍しい。
「あ、いたいた。 もう、コスモさん探しましたよ! なんで宿舎に居ないんですか! いや、理由は判りますけど。村長が呼んでますよ」
ふむ。村長か。森の件かな。何の用だろう?
ターニャは伝言を伝えた後、もう寝るから家に帰ると言ったので、家まで送った後、村長の家までやって来た。
「遅れてすみません。村長が俺を呼んでるって聞いたんですけど、何か用ですか?」
村長の家には森へ調査に入った男衆数人とクレア、それにマルグリットが居た。
「やっと来たか。急に呼び立ててすまんの。実はお主に頼みたいことがあっての。
森の調査を領主に依頼することになったのじゃが、儂らはこの通りもう歳じゃ、この村を出て町まで行くのは酷での。そこで、領主への使いをクレアに任せる事になったのじゃが、山賊の件もあるじゃろう? どうにも不安でな。そこで、お主にクレアの護衛を頼みたいのじゃ。どうじゃ、引き受けてくれんかの」
「町へは元から行くつもりだったので護衛の件は問題ないのですが、クレアを使いに出さなくても、書状とか用意してもらえれば俺が代わりに引き受けますよ?」
町まで10日もかかる。クレアは一度も村から出たことが無いという。女の身でそんな旅をするのは辛いのではないか。本人が町へ行きたいのであれば別だけど、そんな話を今まで聞いたことがない。
「これは村の問題じゃ。村の者ではないお主には頼めぬ。それに、書状と言ったか、そんなものが書けるのはお貴族様くらなもんじゃ。儂らは自分の名前が辛うじて読み書きできる程度にしか文字を知らん」
そうか。ならば仕方ないな。クレアも頷いているし。
「そういうことなら。大丈夫、クレアは何があっても守ります! 俺に任せて下さい!」
俺がそう告げるとマルグリットが後に続いた。
「私もコスモさん程では無いですが、腕に覚えはあります。そうでなければ野盗から荷を守れませんからな。これでも若い頃は……」
「そうか、ならば安心じゃな。お主の腕は信頼しておる。山賊から二人を助けだしたこともそうじゃし、今朝も熊を狩ったそうじゃな。頼もしい限りじゃ。出立は明日じゃ。急な話で悪いがしっかり頼むぞ」
村長がマルグリットの話に割り込んでそう告げた。
なるほど、そうやって話を止めればいいのか。って、明日!? ほんとに急だな!
よく喋る商人。お約束ですよね。




