異変
俺はクレアとターニャに見送られ、村を出て霊峰へと向かう。
男は背中で語るもの! 振り返らないぜ! とカッコつけて歩き出したけど、最後にチラッと振り向いて二人に手を振る。今度こそ、振り返らないぜ!
迷いの森に入って少し。縦長な、丁度お地蔵さんくらいの石がぽつぽつと立っている。前にクレアが言っていた特別な楔と言うやつだ。結界を張って迷わなくする効果があるとかそう言うスゴイものではなく、霧が出るほど濃いマナに晒されると、ぼんやりと光るらしい。
その光さえ見失わなければ森で迷ってしまう事を避けられると言うことだが、それを過信して霧の中を強行突破しようとするとあらぬ場所に出てしまったりして結局迷ってしまうとか。
霧が出始めたらこの楔をすぐに見つけて、霧が晴れるまでじっとしてるのがベストだと説明を受けた。
閑話休題、この楔は霊峰の麓まで一定間隔で立っているので、これを追っていけば霊峰まで辿り着ける。ヘンゼルとグレーテルのパンくずみたいなもんだ。
今回霊峰を登るにあたって一つの目標というか目的がある。それはマナの調査だ。
霊峰が吹き出すマナ、そのマナを蓄える迷いの森。マナのおかげで生い茂る草木と、この世界にきてから要所々々でマナというキーワードが頻出しているけど、その実態は謎だ。
マナってなんぞ? クレアやターニャに聞いても魔法的な何か、不思議な力。といった曖昧模糊とした答えしか無く、要領を得ない。
いま絶賛試行中の物質の解析を進めればその正体を掴めるかもしれないが、今のところはまだ何もわかってない。マナが吹き出す霊峰に行けば何かヒントが得られるかもしれないと淡い期待を抱いている。
楔を辿ってさえいれば霊峰にたどり着けると判っているので、道中暇だ。日帰りで往復できるところを一泊するというかなり余裕なスケジュール構成なのでのんびりパラメータの収集と解析を行いながらのんびりと行こう。
そこらに転がっていたただの小石を一つ拾って、解析を進めていく。幾つものパターンから導き出したおおよその効果を確かめるべくパラメータを弄る。
無機物についてはだいたい解ってきた。滑らかな質感に変えたり、ゴムボールみたいな弾力性を持たせたり、つきたての餅の様に伸びるようにしたり自由自在だ。
そろそろ、次のステップ、植物の解析に取り掛かっても良いかもしれない。
しかし、無機物から植物――つまり有機物に替わっただけでそのパラメータの数は跳ね上がる。
正直一人で試していくのば無謀だ。ヒトの解析に取り掛かれる頃には老衰でしおしおになってる気がする。
生き物の解析をするに当たって、慎重を期す必要があるという認識は変わらないけど、無機物や植物、動物の死体で検証するなら、俺が自分でやらなくてもAIに任せればいい。
なので早速……やる気のないスライムのごとくデロンデロンに伸びた小石を放り捨てて、三つ目のAIの作成にとりかかる。
指定した物質を使って、これまで取得したサンプルからおおよその検討をつけたパラメータを解析、実際の効果とその適応可能な数値を記録するAI。
翻訳AIと集積AIを作成した時の関数群を使ってサクッと作成。
やらせたいことが明確なAIは作成が楽でいいな。ロードする。と、久しぶりのリソースエラー。
なんで? リソースが足りないって……てか、リソースって何。
現実世界では、メモリやHDDの容量、またプログラムで使用するグラフィックなどが、資源と呼ばれていた。それらが不足している時に出るのがリソースエラーだ。
では、この世界では何をリソースにしている? 山賊に捕まった時に翻訳AIをロードしようとしてこのエラーが初めて出た。その時は肥大化した学習データが原因だと思って、削りに削ってAIのサイズを小さくしてエラーを回避したけど、今回は削れる学習データなど無い。
AIを改良してエラーの回避ができない以上、別の方法で回避する必要がある。
現実世界でこのエラーが出た場合の対処法は、足りなくなったメモリやHDDを増設してリソースを増やすこと。もう一つは使用しているリソースを開放することだ。
この世界でのリソースが何なのか判らない以上、足りなくなった分を補ってやるのは無理だ。これが出来れば、一番手っ取り早かったんだけど無理なものは仕方がない。
もう一つの方法である使用しているリソースの開放。リソースが何かは解らないが、AIをロードしようとして出ているエラーなので、AIがリソースを使用しているのは間違いない。
稼働中のAIを停止させる? どれを?
翻訳AIを停止させた場合、会話ができなくなる。村に帰る前に再稼働させれば……、いや、根本原因が解ってないのに、停止させて再稼働出来なければ目も当てられない。却下。
集積AIを停止させて、解析AIを稼働させても解析に必要な情報が得られず、すぐに待機状態に移行するだろう。それでは無意味だ。
あれ? 詰んだ? あ、いや詰んでないわ。
これまで通り自分で解析すればいいだけじゃん。何も問題ないな! 俺が、しおしお爺になるだけだ。やっぱだめじゃん!
解析AIの事は一旦保留して、手動で解析、パラメータ集積しながら霊峰までたどり着いた。
既に日が落ちている。なぜ! のんびり来たとはいえ、日帰りできる距離って言われてたのに! おやつの時間過ぎくらいには到着して、色々調べてまわろうと思ってたのに! 俺の時間をかえして!
ひとしきり心の中で喚いて、急いで野宿の準備をする。
準備と言っても特に何もない。俺が間借りしてる宿舎はこの霊峰に向かう巡礼者の為のもので、なんか色々置いてあったけど、置いてきた。たった一泊だし、霧が出ても迷わないから、そんな重装備無くても良いかなって。それにほら、俺にはクレアがくれた外套があるし!
ほんと、雨が降ったらどうするつもりなのかと、支度をしている俺を小一時間問い詰めたい。馬鹿かな? 馬鹿だな。
町に行くときはテント必須と心のメモに書き込んで、森で拾ってきた木の枝で焚火を熾す。
ライターやマッチなんて便利な道具はないけれど、俺にはチートがある!
焚火用に組んだ枝の下の石のパラメータを開き、温度を上げる。グイーンと2500℃!
確か、マッチがこれくらいの温度だったはず。
「これぞ名づけてマッチート! なんちゃって、って、熱っ! 焼ける! 皮膚が焼ける!」
慌てて温度を下げる。0を一つ削って250℃。
一瞬で白化して溶岩化した石が焚火に火をつけた後、温度を下げられ一瞬で固まる。
一安心。危うく俺も燃えるところだった。まさかマッチの温度で溶けるとは予想できなかった。ま、まぁでも、焚火に点火できたし結果オーライ! 次は気をつけよう……。
ターニャに貰ったお弁当を取り出す。包を開けると、堅く焼いたパンと干し肉。それと、ターニャお手製の焼き菓子が入ってる。
お弁当を用意してあげると言われた時に一つお願いをした。それは、野営時に一般的に食べられているような保存食が良いと。
お昼に出発して、その日の夕方に食べる分なので、保存食である必要性は全く無い。無いが、一応村を出るための予行演習なのでお願いして保存食にしてもらった。
焼き菓子は、まぁアレなんだろう。うん。宴の時に褒めたのがよほど嬉しかったんだろう。
干し肉は炙って温めてから食べると良いと教えてもらったので炙る。不折の棒きれに突き刺して炙る。適度に温まったら、そのまま行儀悪く口に運んで頬張る!
ホフッ、熱ッ! 辛ッ! 塩辛ッ! パン! パンを食べるんだ!
堅ッ! え、こんな堅いの!? あ顎が疲れる……そうだ、水! 水で柔らかくすれば……そんなものはない! 水筒は置いてきた。これからの戦いに……ってそうじゃねーよ! 馬鹿じゃないの!? なんでそんな重要なものまで置いてきてるの!? アホなの? 死ぬよ!? この先、生き残れないよ!?
ほんともう、準備してた時の俺を正座させて小一時間問い詰めたい。
あ、そうだ。
味覚エンジンのテストで使ったコーラをロードすれば良いんじゃね? 俺、頭良い!
早速呼び出して一気に飲み干す。ウマい!
美味いけど、口の中のパンが柔らかくなる気配がない。流し込もうとしたけど口の中に残ったまま。不思議な感じ。
口の中を何とか空にして、もう一本コーラを飲む。はぁ、美味い! ふむ。
さらに、もう一本ロードして、一気に煽る。爽快感がたまらないな! って、そうじゃなくてこのコーラ、お腹が膨れない! ついでにゲップも出ない。これはアレだな。VR世界の仕様と全く同じだな。
これさえあれば水いらないかと思ったけど、そんなことはなかった。水大事! 心のメモに書き込んだ。
そうそうに保存食に見切りをつけて、焼き菓子に手を伸ばし、腹を満たした。
ターニャの好意を有りがたく感じながら俺は、クレアに貰った外套に包まって横になった。
霊峰。マナを吹き出す山。何かしらヒントがと思っていたけど、特に変わった様子もない。
森の木々が突然途絶えて岩肌になり、ゴツゴツした肌を晒しているのは不思議かもしれない。
不思議かもしれないが、これがマナか! みたいなのは感じない。
切り立った崖になっていてこれ以上は登れないけれど、この上に何かがあったりするんだろうか? 気にしても仕方がないか。眠気が襲ってくるまで解析AIをロードできるように改良してみよう。
ダメ元で解析AIをロードしてみたら、あっさり成功した。あるぇ?
リソース足りた? 何もしてないのに。増えた? リソースが増えた?
レベルが上がったとか? なんのレベル? はあ。さっぱり分からん!
まあ良いや。ロードできたならそれでいい。さっそく目の前に転がってた石を使って解析するように指定して、俺は眠りに落ちた。
徹夜も辞さない生活をしてたのに、健康的になったもんだ。
翌朝。
村に戻る支度をする。支度といっても焚火がちゃんと消えていることを確認して、外套を羽織るだけだ。一瞬で終わった。
さっさと下山して迷いの森の入り口に立ち、振り返る。
霊峰。確かに、そう言われるだけのなにかは有りそうな巌とした雰囲気を感じる。しかし、収穫は無かったな。あ、いや。テント大事。水筒大事。
自分の至らなさを思い知ったという意味では非常に良い経験でした!
迷いの森に踏み込んでマップを確認する。
行きは霊峰の場所が判らなかったので楔を頼りに進んできた。その結果、森の中を大きく弧を描くように進んできたのが判る。しかし、帰りは村の場所をマップにより把握できているので楔をたどる必要はなく、まっすぐ帰ることが出来る。正直、喉がカラカラなので早く帰りたい。早く帰って水飲みたい。
朝露に濡れる葉っぱを舐めて少しでも水分補給をしながら帰路につく。
水滴の付いている葉っぱを探しながら歩いていると萎れている草が多いことに気がついた。
迷いの森はマナが豊富なので草木が覆い茂っている。その為、森の浅い所で頻繁に野草を採っても獲り尽すような事はなく、何度でも採取できるとクレアとターニャは言っていた。
実際俺も、二人にくっついて森に入り、2日と経たずに復活している野草の群生地を見て唖然とした。迷いの森すげぇ! ってなったのを覚えている。
なんで萎れてるんだろう? マナが濃すぎて根腐れ的ななにかを起こしてるとか?
あの二人はこんなに深く森に入ることもなかったから知らなかったとかかな。帰ったら聞いてみよう。
その後、順調に? 草をペロペロしながら歩き、マップによれば丁度中間、折り返し地点にさしかかった。
突然響く獣の咆哮。身体が竦んだ。何事! テレポ小石Mk5と不折の棒きれを取り出して身構え、周囲を警戒する。
聞こえてくる人の怒声。誰かが何かと戦ってる?
慎重に音のする方へ進む。
木の影から覗き込むと、熊と山賊が戦っていた。
どうしよう。このまま放っとく? いや、どっちが勝っても村にとって脅威になる。ここら村までもう一時間も掛からない距離だし、放っとくわけにはいかない。始末しないと。
どっちに加勢しよう。見たところ熊が優勢だ。パワーもリーチもスタミナも熊が勝ってる。
唯一山賊が勝ってるのは数くらい。といっても3人だけだ。
うーん。熊の味方しても熊が味方になることは無いだろうけど、言葉の通じる山賊ならばその後の展開次第では味方になりうるかもしれないな。
不本意だけど、山賊を助けてやろう。
テレポ小石Mk5を握りしめて熊の後頭部を見つめる。
ロックオンマークが表示されたらすぐにテレポ小石Mk5を放り上げる。
熊の後頭部に穴が空き、手元にテレポ小石Mk5が戻って来る。べちゃり。べちゃり?
目線をさげ、手元を見やると戻ってきたテレポ小石Mk5は真っ赤に染まっていた……。え、なにこれ。
倒れ伏しビクビクと痙攣する熊。孔の空いた後頭部から灰色の肉片と血が溢れ出している。え、なにあれグロい。
もう一度、手元を見る。
熊を見る。
手元。
胃が収縮し、なにかが込み上げてくる。
あぁ、コレはまずい。此処で醜態を晒せば確実に山賊味方ルートは消滅する。何としてでも耐えねば!
とうの山賊は突然倒れた熊を見て唖然としている。此処で颯爽と姿を表し、自分が倒したことを証明して見せれば、恐れをなしてこちらの言うことに従ってくれるかも……
「ッオエェェェェェ」
セーフ! 出てない! えずいただけ!
しかし、山賊には見つかってしまった。閉まらないけど、仕方がない。
「熊のようになりたくなければこちらの言う通りにしろ! ……ォェッぷ」
棒きれを持った方の手で口をふさぐ。顔を逸らして熊を視界から追い出す。熊を視界に入れてはいけない。
唖然としたままの山賊。よし、大丈夫このまま押しこめば行ける! あっでも、どうしよう。ロープとか無いから縛って連行とか無理だ。
仕方がない。もうこの辺には近づくなと警告して見逃してやろう。次はないぞ。
「……み、水を置いて、すぐに立ち去れ! 次に見かけたらあの熊のようになると思え!」
あ、山賊が立ち直った。
「な、何を……てめぇ! 舐めてんじゃねぇぞ!」
「たかが一人、俺達に勝てると思ってんのかっ! えぇ?!」
「お前……この前の……ッ!」
ん? ああ、よく見たら山賊の一人はファーストコンタクトの時に俺を殴った奴じゃないか。良かった、死んでなかったか。
しかし、あれだな。お約束? 分かり易い反応で大変よろしい。
「俺は、立ち去れと、言った!」
山賊の一人が握っていた短剣をテレポ小石を使って根本から破壊する。
ちょっと威嚇してやれば尻尾巻いて逃げるんでしょ? ほれ、ほれ。行った行った!
案の定、突然折れた短剣を見て驚いた山賊。そして、横目でようやく痙攣が治まってきた熊を見やり、撤退していく。
良かった。上手く行ったな。張り詰めていた息を吐き、肩の力を抜く。
扱いやすい奴らで助かった。
テレポ小石を握っていた手を見る。小石と同様、熊の血で真っ赤に染まっていた。
まさか返り血ごと戻って来るとは予想してなかった。性能的には何の問題もないが、心情的には大きな問題があった。
戦うことに抵抗はない。
VRゲームで何度も体験したことだし、たとえ相手が人であっても殺しさえしなければ、刃を向ける事だって出来る。そう思っていた。
しかし、実際はどうだ。
熊の血で濡れた石を握った時動揺した。倒すつもりで攻撃したし、倒すとはつまり殺すことだということも解っているつもりだった。しかし、殺すとはどういう事なのかを理解してはいなかった。
覚悟が足りていなかった。そういう事なんだろう。
勿論これが必要なことも理解している。この熊は人を襲うよな熊だ。村にも近い。もし放置してクレアやターニャが襲われたら。……ちゃんと解っている。
山賊があのまま撤退せずに、戦いになれば俺はテレポ小石を使えなかっただろう。
いや、もうこれ使えないな。いくら殺すことを理解して覚悟が足りたとしても、心臓に悪すぎる。
緊張の糸が解れたら喉が渇いてきた。
あ、水! そこまで、お約束じゃなくてもいいのよ!? と、思って振り返ったら、俺を殴った奴が居た所にちゃんと革袋が置いてあった。
……あいつ、なんで山賊なんかやってんだろう。




