リターン
マルグリットと共にティエストの町を出て十日の昼過ぎ。
麓の村まで戻ってきた。
こちらに来る時、すれ違ったりしなかったので、調査団がまだ滞在中のはずだけど、村の様子は以前と変わりない。
クレアとターニャは何処だろう? この時間帯だと野草採りに出かけてるのかな。
まずは荷物を置きたい。
でも、こういう場合ってまずは村長に挨拶か? 出迎えられることばかりだったから作法が判らん。
「ふう、ようやく着きました。やはりこの村は遠いですな。コスモさんのおかげで山賊が始末され、道中少し安全になったとはいえ、この道程はこたえますな。ハッハッハ」
マルグリットに付いて行けばいいか。
見知った顔を見かけるも、マルグリットが一方的に挨拶を交わすくらいで、特に挨拶されるようなことはなく村長の家に到着した。
何だか少しさみしい気もするな。
短くはない期間この村で世話になっていたのに、あの二人と一緒じゃないとこんなにも無味無感な雰囲気なのか。
「こんにちわ村長さん。野草の買い付けに参りましたよ。森の様子はどうですかね。この辺りに現れていた山賊は無事捕縛されたとのことですが、以前のように野草が取れなくなっては私としても困ってしまいますからな。どうなのか気になってしまうのです」
それは俺も気になっていたところだ。
野草の採取は彼女らの貴重な収入源だし、この村の特産と言っても良い。
山賊の脅威が取り除かれても、その収入源が失われては元も子もないからな。
「……お前さんか。調査してくださっている魔術師様の話じゃと、霊峰から降りてくるマナの量に変わりないそうじゃ。森のマナが減少した原因は不明だそうじゃが、このまま様子を見て、何も起きなければすぐに元通りの姿に戻ると、そう仰っておったよ」
「それはそれは、重畳ですな」
たしかに、朗報だ。
脅威は去り、いつもと変わらぬ日々が続く。
物語で言えばハッピーエンドってやつだな。
「……ふん、重畳なもんか。お前さん、何しに戻ってきた? 村を出ると言っておったじゃろう」
「え? 俺ですか? 何しにって言われても……。山賊の捕縛が上手く行ったことの報告と、クレアとターニャにちゃんとした別れの挨拶をしようと思いまして。前回はドタバタとした出立になってしまいましたからね」
何だか感じ悪いな。村長ってこんな人だったっけ? 霊峰に登るときは心配してくれたりして、けっこう気にかけてもらってるもんだと思ってたんだけど。
「そうか。あの二人ならば、そろそろ森から戻って来る頃じゃろう。用事を済ませて、さっさと立ち去ってもらいたいのじゃが」
「村長、いくらなんでもそれは。コスモさんは村のために山賊の捕縛に協力したのですよ。謂わば恩人でしょうに、らしくありませんな」
はっきりとした拒絶の言葉に戸惑ってしまう。
何か仕出かした覚えはないし、恩を着せるために山賊の捕縛に協力した訳じゃないけど、マルグリットの言うように、村長らしくないというか、言い方ってもんがあるだろ。
「そんなことは解っておる。これはお前さんの為でもあるのじゃ。魔術師様の説明を聞いた儂らは森の異変の原因はお主ではないかと疑っておる。クレアとターニャは必死に否定しておったがの。しかし、原因不明の異変に、時期を同じくして突然現れた謎の客人、疑るなという方が無理な話じゃ。無論、お主が村の恩人であるということも理解しておる。じゃが、森は儂らの様な元巡礼者にとって特別なものじゃ。それに変調をもたらすやも知れぬ者を受け入れることは出来ん」
何も言えなかった。
そんな言い掛かりのような理由で! って思う気持ちもあるけど、村長たちの気持ちもわかる。たしかに、あやしすぎるな俺。
長居するつもりはないと村長に告げ、その場を後にした。
村はずれの宿舎。
前は一人で使っていたけど、今は調査団が泊まっている場所。
村長から森についての報告を又聞きしたけど、きちんと聞いておきたかった。
原因不明の理由で疑われているのは気持ちの良いものじゃない。
長居しないといった手前、原因究明に至るまで留まることは出来ないだろうけど、せめて自分の中で折り合いがつくようにはしたい。
「こんにちわ。イグランゲーアさんはいらっしゃいますか?」
「……お前か、なんのようだ」
相変わらず無愛想な爺さんだな。魔術の才能を完全否定されたの思い出して、ちょっとへこむ。
「森の調査結果を聞きにきました。村長からも伺ったんですけど、より詳しく聞いておこうと思いまして」
「そうか。まあ座れ。話してやろう」
進められるがまま中に入り、テーブルを挟んで腰掛ける。
「村長から聞いたと言ったな、どの程度知っている?」
俺は村長から聞いた話をそっくりそのまま、イグランゲーアに伝えた。
「概ねその通りだ。それで? 何が聞きたい」
「マナ減少の理由です。原因不明ってことですけど、なにか進展がないか、少しでも判っていることがあれば教えてもらいたいです」
少しでも、情報があれば推測することが出来るだろう。
それに、俺には森を彷徨いていた時に収集した解析用のデータがある。
イグランゲーアに伝えることは出来ないが、そのデータとすり合わせれば何かわかるかもしれない。
「今現在、森を調べて判っていることは二つ。一つは、マナの減少――いや、消失は複数の場所で断続的に発生したということ。もう一つは、霊峰から降りてくるマナの量がが一時的に減少したという事だ。しかし、二つ目は恐らくだが霊峰でもマナの消失が起きたのではないかと考えている」
「その、マナの消失が発生した場所っていうのは何処なのか判っているのですか?」
「ああ、植物の繁茂状況から、おおよその特定はできている。時系列順に、森の奥、お前たちが捉えた山賊の塒であったであろう洞穴付近、次にこの村、丁度この宿舎の辺り。そして、霊峰だ」
何処も行ったことがある俺、縁の場所じゃないか。時系列も一致するし、これは村長がいうように俺が原因かも知れないな。
「根本的な質問ですけど、マナって何なんです?」
「判らん」
結局、俺はマナが何なのか判っていない。
魔術師なら感じ取れると言われたくらいしか知らない。仮に俺が原因だったとしても、なんでそんなことになったのか把握してないと、今後も知らない内にやりかねない。
だというのに、この返答。
仮にも筆頭魔術師でしょう!? もしかして、答えるのめんどくさくなっちゃった!?
「宗教家に聞けば『女神様の大いなるお力』と答えるだろう。学者は『万物を構成する物』だと言う。魔術師ならば『力の源、魔術の根源』だと答える。しかし、学者の言うように万物、つまり人の体もマナで作られているなら、お前の様に魔術の才能が無いものなど存在しないはずだ。故にマナの正体など判らん。言えるのは、マナはあらゆるものに作用し、魔術を行使するのに必要な力ということくらいだ」
マナの正体はよく判ってないって意味の『判らん』だったのか。
女神様のお力で万物を創造する魔術の根源か……。なんか共通点有りそうな感じはするんだけどな。
「マナの消失って考えられる原因は何だと思います?」
「マナを消費する現象と言えば魔術だろう。失われたマナの量からして、かなりの規模の魔術だったはずだ。しかし、この村でそのような大魔術が使われていれば誰かが気がついたはず。マナ以外に魔術を使った形跡が残っていないのも不自然、よって原因は不明だ」
「イグランゲーアさんが知っている魔術でいうと、どんな魔術が使われれば同等量のマナの消失が起きると思いますか?」
「そうだな……。神降しと云われる教会の祭司が使う降霊術、他には領地に雨を降らせる雨乞いの儀ならば同等量のマナが消費されるだろう。しかし、どちらも使われればすぐに分かるほど派手な結果をもたらす魔術だ。今回の件には該当せん」
「神降しってどんな魔術なんですか?」
神託を受けるだけの、所謂チャネリングの様な魔術だったら違うけど、俺の思ってる様な魔術だったら一つの仮説に行き当たる。
「一種の精霊召喚、高位の精霊をその場に顕現させる。精霊とは意思を持った自然現象、教会が云うには女神の力を宿した神族なのだそうだ。精霊の中でも害の少ない光の精霊を呼び出し崇めるのが教会の神降しだ」
やはりそうか。
マナとは女神の、万物を構成する力の源。そして、精霊を呼び出すのと同等量消費されたマナ。
マナをリソース、精霊をAIと言い換えれば……完全に一致する。
俺が、AIをロードした場所とマナの消失した場所も同じだし、これは確定だな。
俺の能力である開発用コンソールで何かを創りだすとマナを消費する。
村長たちの言う通り俺が迷いの森の異変を引き起こした犯人だったわけだ。
素直に白状して謝るか? しかし、どうやて説明する。
クレアとターニャは俺の能力について知っているけど、それ以外には知られていない。
今後もバラすつもりはないし、説明した所で信じてもらえるはずもないので、今回も隠し通したい。
「もう良いか? 話が逸れている。原因は不明のままだが、マナの消失は調査開始以降発生していない。今後も発生しないのならば森は元の姿を取り戻すだろうと言うのが我々の出した答えだ」
「あ、はい。有難うございました」
次はクレアとターニャに捕縛の件の報告だな。
事情をしている二人にちゃんと話をしてどうするか相談しよう。
席を立ち、宿舎の外に出ると後ろから声をかけられた。
「用がないのならばこの村から早々に立ち去ることだ。なにを思いついたのかは知らんが、疑われているお前が何か行動を起こせばそれは確信に変わる。立ち去ることが穏便に済ませる最善策だ」
「忠告ありがとうございます。イグランゲーアさんは俺の事を疑ってないのですか?」
振り返りそう尋ねる。
俺が疑われていると知っているということは、村人から色々聞いているのだろう。
マナの消失した場所と俺の関連性にも気がついているはずだし、疑われていても不思議じゃない。
「……ふん。儂は森の調査に来たのであって、犯人探しをしに来たのではない」
そういってイグランゲーアは宿舎の戸口を閉じた。




