商談
宿を出て大店へ向う。
大通りを抜けながらマルグリットから幾つか注意事項を受け取る。
「いいですかコスモさん。大店との商談は私がおこないます。コスモさんは交渉事は不慣れでしょうし、このあたりの常識にも疎いようですからね。なので、基本的に私の隣に居てくださるだけで結構です。ですが、私がする質問には答えてくださいね。その際は、出来るだけ具体性を省いて相手に情報を与えないようにお願いします。こちらが大金を用意していると先方に知られて吹っかけられでもしたら大損ですからね」
それは有り難い。
根っからの技術者で、営業とかしたことがないから、いきなり大店へ行こうなんて言われてちょっと焦ってたけど、マルグリットに任せられるなら大丈夫そうだ。
「それでですね。勢いで宿を出てしまいましたが、コスモさんは出来るだけ早くとご所望されてますが、具体的にはどのようなの内容の本をお望みですか?」
そう言えば、本が欲しいしか言ってないな。
AIに学習させるためってちょっと変わった理由で欲してるから、内容なんかなんだって良いんだけど、どうしようか。
「実は文字を覚えようと思いまして。領主様より地図を頂いたんですけど、地名などが読めなくて。なので、特に内容にこだわりが無いんです」
覚えるのは俺じゃないけどな。でもAIが覚えるんだから嘘じゃない。
「なるほど、そういう事ですが。しかし、文字を覚える為ならば、あまり小難しい物は避けたほうがよいですね。私も本に詳しくはないのですが、高貴な方々が幼少の頃に文字を覚えるために読む本があると聞きます。子供に与えるものですから、それほど高額なものでもないでしょうし、そういった本を手に入れられるよう交渉しましょう」
なんとも都合の良い本があるんだな。童話とかかな?
人が覚えるなら簡単な文字や単語から覚えるのがセオリーだけど、AIに限っては単語の難易度とか関係ないので、小難しい本でも良いんだけどな。
あ、でも辞書とかはダメだ。あれは単語とその意味を覚えさせるには都合がいいけど、文脈を理解させることが出来ないからな。
「その辺はお任せします。多少難しい本であっても構いませんから」
そうこうやている内にマルグリットの足が止まった。
どうやら大店に付いたようだ。
マルグリットが丁稚らしき少年に声をかけ何やら話している。
「主人を呼んでくるそうです。しばらくすれば中に通されるでしょうが、しばしここで待ちましょう」
大店の応接間に通された。
高貴な方々を相手取って商売しているだけあって、かなり豪勢な応接間だ。
領主館と比べても遜色が無いというか、派手さだけならこちらの方が上かもしれない。
なんだろうな、領主館の応接間はシックで上品にまとめられている感じで、リラックスできる雰囲気だったんだけど、ここはお金かけてます、って感じがひしひしとして落ち着かない。
もしかしたら、この部屋に通された時点ですでに商談の心理戦が始まっているのかもしれない。
「いやはや、お待たせしてしまって申し訳ない」
「いえ、こちらが突然押しかけてしまったのです。突然の訪問にもかかわらず商談の席を設けていただきありがたく思います」
部屋に入ってきたのは、マルグリットといい勝負なずんぐりむっくりな体型のおっさんだった。
しかし、マルグリットのプロレスラーみたいな力強さを感じさせるソレと違い、あちらは完全にマシュマロボディ。さぞ良い物食ってんだろうなって感じ。
「なに、商人であれば商談の機会を逃すような真似は致すまい。なんでも大口のお客様を紹介してくださるとか、有り難い話です」
「ええ、急ぎ欲しいものがあると仰られまして。私に用意できる範疇を超えているので、こちらにおじゃましたのです」
ちらりとこちらを伺うマシュマロボディのおっさん。
マルグリットとこのおっさんは知り合いなんだろうし、ここは俺が自己紹介する流れなんだろうけど、マルグリットには黙ってろって言われているし、どうしよう。
「さて、さっそく商談に移りましょう。その先方がご所望の品とはどのような物ですか?」
「本が欲しいそうです。お急ぎとのことで内容にこだわりは特に無いと伺っておりますが、なんでも、文字を覚えるのに使用するとの事なので、それに見合ったものを用意して頂きたく思います」
あれえ? 俺のことはスルーですか。
マルグリットの隣りに座ってる俺がその先方ってやつなんだけど、もしかして気がついてない?
いやいや、さっきちらっとこっち見たし、そんな訳ないか。
まあいいや。無視されたみたいであんまり気分は良くないけど、最初から商談はマルグリットに任せるって事になってるし、大人しくしてよう。
購入者不在のまま商談が進み、目の前に並ぶ四冊の本。
これが今すぐにでも売ってもいい本らしい。
本というのは基本的に注文を受けてから、取り寄せたり、写本を依頼したりするそうで、突然押しかけても早々手に入らないと言われた。
では、この四冊は何なのかというと、ドタキャンされた売れ残りやおめがねに適わなくて返品された品だそう。
それなら安く買えそうだと思っていたら、全然そんなことなかった。
一番安いので金貨十枚ですって!
現物が出てくる前に値段を告げられたので、足元見てんじゃねぇよ! って思ったけど、出てきたの物を見て納得した。
もうすんげぇ豪華!
分厚い表紙は金細工で縁取られてるし、宝石なんかも埋め込まれていて、一つの芸術品というか美術品の域だ。
これは金貨十枚しますわ。貴族様の嗜好品てのはすげーな。
「これは、素晴らしい本ですな。このような立派なものを商えるとは、いやはや、羨ましい限りです。中を拝見してもよろしいですかね?」
「ええ構いませんよ。このような品を扱えるのは私どもとしても誇りなのですが、如何せんこうして売れずに残ってしまった場合の痛手が大きくて難儀します。この機会に手放せれば良いのですが」
中を検める許可を取って、マルグリットがこちらを見て頷いた。
あ、ここで俺の出番なのね。
一番近くに置いてある本を引き寄せる。
植物から作られた紙じゃなく、動物の皮から作られた羊皮紙でできているので一枚一枚が分厚い。ページ数は漫画本より少ないくらいなのに、その分厚さは週刊の漫画雑誌並。重さに至っては辞典並ときている。
傷つけないようにそっと中を見る。
当然、なんて書いてあるかなんて読めない――と思ったけど、ページの上にポップしたウインドウに『翻訳中...』と出る。
それから、『女神』、『宗教』、『霊峰』、『巡礼』、等々、部分的に単語が略されてゆく。
ページをめくっていくと、最初は『オレ、オマエ、マルカジリ』みたいな継ぎ接ぎのぎこちない文章だったのが段々と精度を増していき普通に読めるようになってきた。
どうやら、この本は女神教という宗教について書かれた物らしい。
ふーん。へー。創造の女神様がこの世の全てを作ったからその被創造物である霊峰や、ドラゴンを崇め奉るのも女神教の一部であると。随分懐の深い宗教だな。ってかドラゴンいるのか! スゴく見たい! どこに行けば見れるんだろう!?
あ、今はそれどころじゃないな。どうしよう。読めちゃったよ。学習し終わっちゃったよ。
金貨十枚の出費を覚悟してたけど、もう買う必要性が無いな。
でもなー、本屋で立ち読みして全部読んでしまった様なもんだし、後ろめたい。
買っちゃう? 金貨十枚だよ? 本屋で売ってる雑誌感覚で読んじゃったから買うって訳にもな。
んー、もうどうにでもなーれっ!
「この本は女神教について記された物のようですね。非常に興味深いです」
驚愕するマルグリットと、マシュマロのおっさん。
マシュマロが驚いた理由は判らないけど、マルグリットには文字を覚えたいから本を買うって言っていた。その俺が本の内容をいきなり言い当てたのだ。そりゃあびっくりするわな。
マルグリットは気がついてくれるだろうか。
文字を覚えたいと言った俺が本の内容を言い当てた意味を。先ほどの言葉に込めた『目的は果たされたので本はいらない』という意味を。
「失礼、マルグリットさん。そちらの方はいったい?」
「おっと、私とした事が紹介が遅れてしまいました。こちらの方はコスモさんです。今回本をご所望されたご本人様です」
驚愕していたマシュマロが更に驚いている。
「これは、失礼致しました。とてもお若く、そのようなお召し物でしたので、私はてっきりマルグリットさんのお弟子さんだと勘違いをしておりました。申し訳ございません」
慌てて、姿勢を正し、礼を尽くし始めるマシュマロ。
なるほど、弟子だと思われていたのか。それでスルーされたと。謎が解けてスッキリした。
「 」
気にするな。と言いかけて止める。そういや、喋るなって言われてんだった。
チラッとマルグリットの方を見る。
意味深に頷くマルグリット。
「どうやら、今回はご縁がなかったようです」
「……そう、ですか。それは残念ですな、又の機会を得られるよう祈っております」
どうやら、マルグリットさんに先ほどの副音声は通じていたようだ。
そうして、俺とマルグリットは大店を後にし、宿への帰路を辿った。
宿に続く通りを歩いているとマルグリットが話しかけてきた。
「いやあ、コスモさん。貴方には驚かされてばかりです。文字を覚えたいと仰っていたのに、突然あのように本の内容を言い当ててしまうのですから。本当にびっくりしましたよ。どこかで多少なりとも習っていたなら、そう仰ってくれれば良かったのに。まさか、あの一瞬で読めるようになってしまわれた訳ではないでしょう」
いや、あの一瞬で読めるようになったんだよ。こっちも誤算だったんだけどね。
「ええ、まあ。忘れていたのですが、あの本を開いた時に思い出したというか、まあそんな感じです。それより俺もマルグリットさんに、聞きたことがあるんです。なんで、商談が始まる前に俺の事を紹介しなかったんですか?」
あっちは俺の事を弟子だと誤解していたのは解ったけど、マルグリットが紹介しなかったのが判らない。
まさか、本当に紹介するのを忘れていた訳じゃないだろうし、なにか理由があってそうしたはず。
「交渉を上手く進めるには、聞かれないことは答えないのが鉄則ですからね。コスモさんはどう見ても大金を動かせる人物には見えませんから、あの場にいたとしても、客ではなく私の護衛か弟子だと思うでしょう。そうして相手に誤解させ、タイミングよく情報を出せば、相手から有利な条件を引き出すことが出来るというわけです。実に上手く事が運びました。まあ、本当は購入の際にネタばらしして、相手の無作法を理由に少しでも値引きしてもらおうと思っていたのですがね」
商人怖いな。
にこやかに商談しながらそんな情報戦をやってたのか。
そりゃ俺に黙ってろっていう訳だ。手元のカードを勝手にバラされたら溜まったもんじゃないもんな。
「そういえば、マルグリットさん。今回の代金はどうしましょう?」
宿を飛び出す流れになってすっかり忘れてたけど、こういうのって仲介料みたいなのを払う必要があるよね?
「はて、代金ですか。コスモさんは何も買われておりませんし、代金と言われましても」
領主様と顔つなぎをしてもらった時は、マルグリットにも利益のあることだからって受け取らなかったけど、今回はそうじゃない。
大店のメンツを潰してしまうような後切れの悪い終わり方だったし、けっこう迷惑をかけてしまった。タダ働きさせてしまうのは申し訳ない。
「仲介料ですよ。買わなかったのは俺の都合ですし、マルグリットさんはしっかり仕事を果たしたでしょう」
「そう言われましても、コスモさんの望む商品を用意できなかったのは確かですし、今回のような仕事は普段の行商と違うので、値をつけろと言われましても困ってしまいます」
何だこのおっさん。人が良すぎるだろ。
よく喋ることを除けば、凄く良い人だな。麓の村で初めて合った時も、仕事の予定変更して町まで連れて来てくれたし、その後も何だかんだ世話になってる。
これで、商人としての腕前は大店を相手取ってもやり合えるって云うんだから凄い人だな。
「では、こうしましょう。私の旅支度をしてくれませんか? テントや水筒なんかは、麓の村で貰ったものがあるので、足りているのですが、食料なんかの消耗品がこの町と村を何度か行き来したのでもう無いのですよ」
これの代金を払う時に色を付けて払うことにしよう。
金銭感覚をやしなうためにも節約しようと思うけど、こういうお金の使い方なら許せる。
「ええ、承りました。私もそろそろ行商に戻らねばなりませんからな。すぐに用意したしましょう。それで、コスモさんはどちらへ行かれるご予定ですか? それによって用意する量なども違ってきますので、お伺いしたいのです」
ああ、そうか。行き先決めないと旅支度もままならないのか。
地図を読めるようになってるはずだから、帰ってからどこに行くか決めようかな。
んーでも、そうだな……。
「麓の村へ向うので、その往復分をお願いします」
最後に村を離れた時有耶無耶な感じで出て来てしまったし、クレアとターニャに山賊の影に怯えなくても良くなったことを自分の口から伝えたい。
あの二人は俺の出自と秘密を知っている。謂わば特別な人だし、さんざん世話にもなったので、ちゃんと挨拶をしておきたい。
「あい承りました。どうです、コスモさん。私も支度が済み次第、麓の村へ行商に出るのでご一緒しませんか? 一人旅というのはどうにも侘びしい物ですからな。旅は道連れ、と申しますか、一人より二人、多いほうが負担も減るでしょうし、道中も華やぐでしょう」
おっさんと旅して華やぐかどうかは疑問が残るところだけど、それ以外は概ね共感できるので頷いておいた。




