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報奨

 数日後の領主館。

 既に三度目となるこの館の応接間も随分と慣れた。

 初めて入室した時はガチガチに緊張し……てたのはクレアだったな。

 俺はその隣でいつも通りだったわ。領主様って言われてもいまいちピンとこないし、市長くらいの感覚だったな。

 市長といえばガキの頃、近所のおじさんがやってたな。よく家にあげてもらって、市長夫人、つまりおばちゃんから柿とか貰ってた。市長とかやってるだけあって立派な佇まいのお宅でちょどその家の応接間もこんな感じだった。妙に緊張感を抱かないのはそのせいだな。


 閑話休題、今回の訪問は山賊の捕縛に尽力した事への報奨の話だ。

 報奨といえば、報奨金って言葉もあるくらいだしパッと思い浮かぶのはお金。


 だが、ちょっと待って欲しい。

 俺は、領主様に元石ころの金塊を買い取ってもらっている。

 一つ金貨二枚という原価からしたらすさまじい暴利ではあるけど、それなりの数……えっと全部で何個だっけ? ほら、えっと、一袋分だよ。体積で換算したから、同程度の量の金貨、つまり一袋分の金貨を支払ってもらえることになってる。


 金貨一枚あれば、単純計算で、今泊まっている裏路地の宿に五十泊できる。

 実際には、素泊まり料金がそれなので、さらに飯代、風呂(ぬるま湯と手拭い)代が必要になるけど、それでも一月は泊まれる。

 それが一袋。既にお金持ちだ。

 ここへ更に報奨でお金を積まれたとしても、ちっとも嬉しくはない。

 嘘です。

 沢山お金があるのを見るのは嬉しいです。いや、そういう事じゃなくて。

 これ以上お金があっても旅をする上で邪魔になる。


 やはり異世界、本物の異世界だ。冒険したい。

 沢山お金が手に入ったから何処かに定住して慎ましく暮らします。

 そんなことが出来ようか。 否! 断じて否!

 冒険者という言葉が無い世界で、当てどない放浪を続けるのは酷であると言われようとも、俺はこの世界で冒険者になる!

 その為には沢山のお金よりも、少しでも正確な地図がほしい。


 でもこのご時世、地図といえば重要な軍事機密のはずだ。

 精密な地図になればなるほど、それを所持する人も身分が高くなる。

 領主様は俺が知り合えた中では、最も身分の高いお方。そこらで手に入る子供が書いた様な『宝の地図』並の物よりも、より高度で精密な物をお持ちのはず!

 そっくりそのまま写させてはくれないだろうけど、『宝の地図』よりマシなものが手に入るならそれに越したことはない。

 という訳で、報奨について聞かれたら地図を強請ねだりたい。聞かれなかったら諦めるしかないけど。


 そんな風に交渉のシミュレーションをしてたら領主様のご登場だ。


「まずは礼を言う。君のおかげで迷いの森に巣食う無法の輩の一端を捉えることが出来た。これは初めての快挙であり、大きな一歩でもある。奴等は森が決して安寧の地ではないと思い知ったであろう」


 そう言いながら領主様は対面のソファに腰掛け、後ろに控えた執事さんから巾着を受け取り、テーブルの上に乗せこちらへ寄せた。


「金の代金だ。確認してくれ」


 確認するっても金貨何枚分かちゃんと覚えてないし、持ち上げた感じ同じくらいの重さだったからそのまま懐に収めた。

 ずっしりとした重さがその存在感を主張しているけど、なんか金持ちになったっていう実感が沸かないな。苦労したお金じゃないからか、まだこの世界の通貨相場に疎いからかも知れない。


「ふむ。次いで報奨の件についてであるが、要望を聞こう」


 おお! 褒奨金で解決じゃなくて、要望を聞いてくれるって!

 なんだか見透かされていたようで、恥ずかしいような怖ろしいような気もするけど、こちらの要望を聞いてもらえるなら問題ない。


「では、地図を貰えないでしょうか。実は世界を見て回りたいと常日頃思っていたのです。こうしてその資金も得ることが出来ましたし、この機にそれを実行しようかと」

「地図か。そのような物は市井であっても手に出来よう。わざわざ報奨として望むようなものでないと思うが?」


 はやり感触は良くないな。軍事機密を寄越せと言っているようなものだし訝しむのも当然。ここは相手を納得させるだけの理由と誠実さを見せるべき。


「今回の山賊の塒の場所が解ったきっかけでもあるのですが、何も知らずに迷いの森へ踏み込んでしまった事があるのです。世界を巡る上で、危険なモンスターの出る地域や、知らずに踏み入るべきでない場所を事前に知っておきたいとそう思ったのです」

「なるほど。確かに世界を巡るというのならばそれなりの地図が欲しくなるのも必然か。用意するに吝かではないが、この領外のことに関しては私も詳しくは知らぬ。それこそ市井の商人が使う地図と大差はないであろう。それでも良いか?」


 全然問題ない。

 なにせこの領地の事すら麓の村とこの町しか知らないんだし。少しでも正確な地図であるならそれでいい。

 大きく頷いて肯定する。


「地図を用意するのには、しばしの時間が必要だ。後日使いを出すので取りに来るように」






   §   §   §






 領主様との報奨についての話し合いから四日後、地図が出来上がったというので貰いに来た。

 領主様は所要とのことで出会うことはなく、何時も後ろに控えている執事さんから報奨を受け取った。

 正確な地図と、更に小さなメダルのようなもの。メダルっていうかコレ、勲章だな。


「これは?」

「それは、退役した兵などに贈られる勲章でございます。別段効力のあるような物では御座いませんが、領主ティエストが恩賞を与える者であるという証明、と言いましょうか。他の町へ赴いた際、門兵に誰何すいかされた際にお見せになれば多少の優遇を受けることが出来ましょう。領主ティエストは地図だけでは報奨に足りぬとお考えになり、ソレを付け加えられました」


 なるほど、つまりこの勲章はパスポート代わりになると。

 これは中々いいものを貰った。

 後ろ盾がないと町にも入れないかもしれないとマルグリットに言われていたけど、コレがあれば領主様が後ろ盾になったも同然って事になるのか。


「強制力は無いので、過信なされぬよう。門兵がソレを知らなければ意味のないものになりますし、村などでは先ず知られておりませんので便宜を引き出すのも難しいでしょう。旅をなされるようですが仮に国外へ赴いた際には逆効果になるやもしれません」


 パスポートって言うよりお守りって感じか。

 それでも十分に有り難い。丁寧にお礼を述べて宿屋に戻った。






   §   §   §






 宿屋に戻ってすぐ、貰った地図を広げる。

 ふーむ。

 ど真ん中に描かれているのがこの町か? いやでもそうなると麓の村はどれだ……? あーこれは、違うな。真ん中のは王都ってやつか。

 だとするとこの地図はフロール王国の地図ってことになるのか。

 駄目だ、全然判らん!

 注釈が書かれているけど、当然この世界の文字で書かれているから読めない。

 これは困ったな。今までは文字がない生活圏にいたから問題なかったけど、今後もそうだとは限らないし、何よりこの地図が理解できないのが拙い。


 そうだ、字幕をつけよう!

 翻訳AIを軽量化した際に削った部分だからもとに戻すだけでいい。

 文字を取り込んで……、出力先は、チャット欄……は無いから、取り込み先に重なるようにVRウインドウをポップさせてっと。

 よし出来た。


 改めて地図を見てみる。

 注釈部分に現れるウインドウには解読不能の文字。

 あんれぇ? 何かミスったかなー。AIのログ見てみよう。


 あー、データ不足か。

 この世界の学習データなんか無いからな。会話ならそこら辺で収集できるから問題なかったけど、文字に関してはそうもいかないし。今参考にできるのはこのマップに書かれてる文字だけでは翻訳も無理か。

 本とか有ればな。童話とか英雄譚なら手に入らないかな。マルグリットに聞いてみよう。






「んー……本ですか。私は村々を廻るしがない行商の身なので、そういった高貴な方が好む嗜好品とは縁がないですからな、難しい話です。や、無理ではないですよ、これでも商人の端くれ、お客様の求めるものなら何とかしてみせましょう! さいわい、高貴な方相手に商いをしている大店にも縁がないわけでは無いですからな、そちらに話を通せば何とかなるでしょう」


 さすが商人マルグリット、よく喋る。

 あ、いや、頼りになるやつだ。


「それで、いつ頃本は手に入ります?」

「コスモさん。本というのは高貴な方の嗜好品です。市井の人間がおいそれと購入できるような額ではないのです。私も商人として仕入れることは出来るのですが、流石に仕入れ値が膨大です。失礼ですが、前金としていくらかご用意していただきたいのですがね」


 前金か。どれくらいの額を用意すれば良いんだろう? ってか本てそんなに高いのか。


「本ってどれくらいの値がするのもなんです?」

「そうですな。物にもよりますが、安いものでも金貨二枚からといった所でしょう」


 高っ! 防具の四倍の値段か。全然払えるけど、こんな事ばかりだと金銭感覚がおかしくなりそうだな。注意しないと。

 とりあえず、前金だから半値の金貨一枚出せばいいかな? でも安いものでって言ってるし、その安いのがすぐに手に入るとは限らない。出来るだけ早く手に入れて翻訳できるようにしたいし、ここはドーンと行こう!


「マルグリットさん。資金ならこれだけあります。どんな本でも良いので、出来るだけ早く手に入れてくれませんか」


 領主様から受け取った金貨の詰まった袋をそのままテーブルに出し、マルグリットに中身が見えるようようにする。

 するとマルグリットは中身をちらっと見ると目をぎゅっと瞑り、そのまま固まったかと思うと徐ろに立ち上がった。


「コスモさん。あなたの本気は伝わりました。それは閉まって下さい。商人にとってそれは甘美な毒だ。そう簡単に人に見せてはいけません。しかし、それだけの資金がお有りならば話は早い。今から私と一緒に大店へ行き本を仕入れましょう」







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