散策
宿で旅の荷を解き、特にすることもないので町を散策することになった。
正直俺は、ここ10日ほど歩きづめだったし、疲れを取るためにも明日まで寝て過ごしたかったけど、クレアに町へ行きたいとと云われれば、行ってらっしゃいという訳にもいかない。一応、護衛だからな。
ということで、市場までやって来た。宿に行く途中でちらっと通り過ぎはしたけど、じっくり見てないし、クレアも立派な女の子なので、買い物とか好きなんだろう。お上りさん特権のキョロキョロをスキルアップさせながら、心なしか目もキラキラしているように見える。
俺だって、こういうのを見るのは嫌いじゃない。むしろ好きな方だけど、いかんせん疲れてるのもあってクレアほどワクワクもしてない。
しかし、こうやって市場を見ていると色々判ることもある。
例えば、食材などは現実世界とほぼ同じだなとか。村でも普通のパンとか出てたけど、如何せん種類が少なすぎて偶々そうだっただけという事もある。しかし、王国の食料ことも云われる町の市場なだけあって、此処には様々な食材が並んでる。それらを見た限りでは、小麦やジャガ芋、人参や玉ねぎ等見たことのある食材が目立つ。まあ、得体のしれない物も並んでるけど……あの人の顔が浮かんだ蕪はマンドラゴラかな? その隣のは……見なかったことにしよう。あれは食いもんじゃないだろ。逆に食われそうだ。
食料庫とも云われるだけあって市場には食品を扱う店が多かったが勿論他の店もある。薬屋らしき店とか木材店らしき店とか武器屋らしき店とか。
らしき、と言っているのは明記された看板が見当たらないからだ。売ってるものを見れば、なんの店なのかだいたい分かるけど、看板が無いのはな困らないのか? 売り物で判断出来ないような酒場とかの飲食店や宿屋とか見分けつかないだろう。そう思って市場で野菜を売ってたオッサンに聞いてみた。
「看板だあ? んなもん誰も読めやしねぇのに着けたって無駄だろう。この辺にはないが、大店の旦那が買い付けに来るような所にはちゃんとあるってぇ話だぜ」
なるほど。村長も言っていたように、この世界の識字率は高くないんだろう。
「でもそれじゃあ、皆さんどうやってお店を判断してるんです? 酒場で待ち合わせしたのに、どの酒場か判らなかったら困るでしょう?」
「そりゃおめぇ。アレだよ。ほら、あの店を見てみな。ドアの所に鮭の彫刻が彫られてるだろう? あの店は旨い鮭料理を出す酒場なんだが、ああやって店の特徴をわかりやすく入口付近に示すのさ。まあアレが看板代わりだな。俺たちゃ鮭の酒場って呼んてるよ」
言われた店を見てみると確かに、ドアに魚の彫刻が彫られている。鮭かどうかは判らないけど。
「なるほど。勉強になりました。有難うございます」
「なあに、礼はいらねぇよ。それよりなんか買ってくれよ!」
悪いな、無一文なんだ。
その後、クレアの後にくっついて、いろいろな店を冷やかしてまわり、そろそろ宿屋に戻ろうかという頃に、クレアが行きたい店があるというので、そこまでやって来た。
この店構えは……どうみたって武器屋だな。ドアの上にぶら下がってるレリーフも剣を模した物だし。
ずいぶんと物騒な物をご所望ですね。クレアさん? 私が護衛では不安ですか?
そう思ってたらさっさと中へ入るクレア。俺も後に続く。
「いらっしゃい」
接客と言うには無愛想な態度の店員だけど、クレアは特に気にした様子は無い。
「あの、剣が欲しいのですが、どれくらいするものなのでしょう?」
「剣と言ってもピンキリだな。うちで扱ってるのはゴブリン退治用の数打ち品だよ。コレなら銀貨5枚だ。もっと良いのが欲しいなら他をあたんな。といってもこの町にはここ以上の物は置いてないがね」
カウンターに置かれたショートソードを覗きこむクレア。
「コスモさん。これ、どう思いますか?」
え、俺!? 俺に振られても、剣の良し悪しとか判らんよ!? まあでも、聞かれたからには応えますがね。
クレアに替わりカウンターの前に立って剣を見てみる。
これといって特徴の無いショートソード。ゲーム開始時に初期装備として持ってそう……。うん。さっぱり分からん!
「持ってみても?」
「かまわんよ」
柄を握って持ち上げてみる。
ずっしりとした重みが手にかかる。ああ、武器だ。今俺は武器を手にしている!
幾多のゲームでプレーヤーの友としてあり、幾つもの苦境をともに乗り越えてきた戦友。数打ち品とか初期装備だとか関係ない。これを手にしているだけでどんな敵とも渡り得る! という勇気というか冒険心というか、そういうものが湧き上がってくるような気がする。
クレアに少し下がってもらい、剣を構えてみる。前プロジェクトで散々デバックした剣の基本モーション。
脚を肩幅程度に開き、軸足を半歩前へ。剣を片手で持ち、中段で構える。
慣れればその限りではないが、この体勢から剣を振ることで、色々なアクションスキルを発動させることが出来る。初心者向けのスキルモーションアシスト機能――スキルが発動すると身体が勝手に動くシステムの発動キーにもなっており、その部分の開発を担当していたので散々構えていたのは記憶に新しい。というよりも夢の中でも構えてたくらい覚えている。あれは悪夢だった。
閑話休題、店内で実際に振ってみせるわけにもいかないが、かまえた剣を軽く持ち上げてみたり、左右に振ってみたりする。
特に違和感も感じないし、VRゲームで扱ったそれらと変わらないように感じるな。良品かどうかは判らないけど、少なくとも俺には問題ないように思える。
「悪く無いと思うよ。重いには重いけど、扱えないほどじゃないし、女の人――クレアでも慣れればちゃんと扱えると思う」
そういいながらカウンターに剣を戻す。
「……あんた。傭兵かなにかかい? 妙に様になってたけど」
「いえ、そんな大層なもんじゃないですよ。ちょっと覚えがある程度です」
散々色々なゲームで振って来てはいるが、スキルアシスト等が全く無いこの世界でまともに扱えるとも思えない。精々かまえるのが精一杯だろうな。
「それで? 買うのかい?」
俺に聞かれても、無一文ですし。そう思ってクレアの方を見たらクレアも俺を見ていた。なんで?
「それを使うのは私じゃなくてコスモさんですよ。この前助けていただいた私とターニャからのお礼です」
山賊のことだろうか。お礼と言われても、あれ以降、散々世話になりっぱなしだし流石にもらい過ぎな気もする。相場がどれくらいか判らないけど、銀貨5枚って結構なお値段なのでは? 宿の支払いも銀貨で払ってお釣りが返ってきてたよね?
「それに、仮にも護衛なのに、腰に下げているのが木の棒では情けないではないですか。領主様に会うのに武器は必要ないかもしれませんが、それでも、護衛としての格好くらいつけないと説得力がなさ過ぎます」
その通りすぎて反論できない。
そういうことなら貰っておこう。俺は無愛想な店員に向けて、買いますと告げた。
腰に剣を下げ、大通りを歩く。なんだか一端の冒険者になったような気分に浸りながら宿屋に戻る。
宿に戻り夕食を食べた後、クレアは身体を拭きたいと云うので、付いて行くわけにもいかず俺は自分の部屋へ戻った。
腰に下げていたショートソードをベッドの脇に立てかけ、横になる。
貰い物だけど、やっと、まともな武器を手に入れたぞ!
不折の棒きれや、小石シリーズと比べてどっちが強いのかと聞かれれば答えに窮するけど、そういうことじゃない。
これが、武器に見えるということが重要なんだ! これで敵を斃しても不審がられたり驚かれたりしなくて済むな。
これで後は革製の防具でも手に入れれば立派な冒険者になれる。流石に防具までクレアに頼むのは気が引けるし、自分で買わないとな。その為にはまず稼がないとダメなんだけど、その方法が判らない。明日にでもマルグリットに聞いてみよう。
翌朝、新しく手に入れた剣を実際どれくらい扱えるのか確かめるために町の外に出た。
クレアは宿にいるように言ってある。クレアも今日は休むつもりだったらしく頷いていた。
門を出でてすぐ脇にそれ、門番から見える程度の距離に陣取る。
離れすぎて門番から見えないと、交代などで知らない門番になった時町へ入れなくなるかもしれない。ここで剣を振ってれば目立つし、町を出る時にも告げてたので問題ないだろう。
武器屋でもかまえたように脚を軽く開いて剣を正面に。
そこから、剣を振り上げ、上段からの振り下ろし。斬り上げ、袈裟斬り、水平斬りと試していく。
筋力が足りてないのか、若干剣に引っ張られるような感覚があるが、スッポ抜けたりする様子はない。ふむ。
身体を反らし、剣が背に隠れるほど振り上げ、一歩前に出ると同時に一気に振り下ろす! 剣が勢い良く空を切り、止めきれずに鋒が地面に刺さる。
前プロジェクト……いや、どんなゲームにも登場する基本剣技のパワースラッシュ。
発動条件は敵と自身の体、剣が一直線に並ぶようにかまえてから剣を振ること。
当然、この世界はゲームじゃないのでパワースラッシュのスキル補正は発生しないけど、そのモーションだけでも強力だ。
斬撃を飛ばしたりするような非現実的な剣技を再現することは出来ない――いや、魔術がある世界だからな。魔術がどんなものかわかれば再現できるかもしれないけど、今は無理なので、こういうモーションだけでも強力そうな剣技を再現出来るか試しておきたかった。ぶっつけ本番では何が起こるかわからないからな。実際一番シンプルなパワースラッシュですら、空振りすれば地面に刺さるという欠点が有った。
やっぱり、剣が少し重いかな。パラメータ弄ってちょっとだけ軽くしよう。
太陽が真上に登る頃、覚えている限りの剣技を試し終え、俺は宿に戻った。
剣のパラメータも調整し、軽く、手に馴染み、折れず、曲がらず、よく切れる代物と化した。見た目はシンプルな数打ち品のままだけど、その中身は伝説の名剣も裸足で逃げ出す高性能っぷりだ。
初めての武器だし、感謝の気持ちの篭ったプレゼントでもあるので大切にしていきたい。
そうして宿でクレアと共に昼食を食べているとマルグリットがやって来た。
「クレアちゃん、コスモさん。領主様と面会の日取りが決まりましたよ! いやあ中々の領民思いな方のようでして、麓の村から使者が来ていると伝えると直ぐに応答がりました。詳しい話を伝えたわけではないので、実際に合ってから詳しく説明してもらう必要はありますが、麓の村の一大事と云うのは伝わっておりますので、どんな話をしてもすんなりと行くでしょう」
おう、それでその面会の日とやらは何時になったんだ。
「マルグリットさん。面会の日は何時なんです?」
俺が気になっていた事をクレアが代わりに聞いてくれた。いや、使者は彼女の方なので実際気にしていたのは彼女の方か。
「これは私とした事が面目ない。面会の日取りは2日後ですよ。急いだのですがね、どうもご多忙のご様子で。これは行商仲間から聞いた話なのですがね、どうもゴブリンの出没率が上がっているようで、領内の各村からも陳情が来ているようですな。その対応に負われているのでしょう」
それって、大丈夫なのか。クレアが面会出来た時には既に兵が出払っていて迷いの森調査に駆出せる人材がないとか云うオチじゃないよね?




