異世界トリップⅪ
「ふうん。なかなかいい武器を持ってるじゃない、レン」
「当然だ、ゲームをクリアしていけばこれくらいは序の口だよ。まさか、スキルを無効にしてくるとは思いもしなかったけどな」
僕らは薄暗い寝室で、ろうそくの火を灯しながら、ちゃぶ台でご飯を食べているところだ。
ご飯の内容は、和風旅館お馴染みのお刺身で、味はとても美味しい。
「まあ、これであなたの実力が分かって、大満足だわ。これで勝てていたら、最高なのだけれど」
「そう簡単にはいかないよ」
「次こそは勝ちたいわね」
僕らは視線を合わせ、互いに戦慄した火花を散らせる。
「ところで、少し気になったことがあるんだが、この部屋……布団は一つしかないのか?」
「ええ、もちろんよ」
ネコミミは満面の笑みで答える。
くそっ……、あの女将。
なかなかのやり手だ!
「そうなると、僕はどこで寝ようか?」
僕は一瞬、気が遠くなりそうな表情で彼女に尋ねる。
「それなら、あの布団で寝たらいいと思うわ。私と一緒にね」
私と一緒に?
僕は一瞬、彼女の言葉から良からぬ妄想を思い浮かべてしまう。
僕の想像の中には布団で裸になりながら、僕に戯れるネコミミの姿があった。
もだえ苦しむように何度も喘ぎ声を上げ、そのふっくらとした白い肌を僕の身体に何度も密着させる。
そこで、僕は心地良さげなだらしない表情で、眠りにつくわけだ。
年頃の男の子なら普通だよね?
…………うん。
「いや、さすがに一緒に寝るというのは色々とまずいんじゃないか……?」
「大丈夫よ、レンなら信じているから」
一体、僕は何をネコミミから期待されているだろうか?
「そうだ、それならここの人に頼んで布団を持ってきてもらえばいいんだ!」
僕はふと思いついたように、声に出して言ってみた。
「駄目よ、さすがにみんな眠っている時間だから。そんなわけでここで寝るしかないわね。一緒に寝ましょ、レン」
彼女は僕の身体に抱きついて、耳元で低く囁いた。
決してアルコールを含んでいるわけでもないのに、彼女の吐息には妙な熱がこもっている。
ネコミミの大きな胸が僕の身体に押し付けられる。
現在のネコミミは、ノーブラなのかどうかはよく分からないが、ダイレクトに胸の柔らかさが僕の身体に伝わってくるのが分かる。
彼女の胸はとても柔らかい。それに、生温かい。
彼女の体温が、ぬくもりが、大きな胸が密着した僕の身体を通じて、ティッシュがじわりじわりとこぼれた水を吸い取っていくように、僕の身体全体に浸透し始めていた。
一歩間違えれば、とても危険な状況が僕の目の前にはある。
しかし、惑わされるわけにはいかない。
そう決断した僕は何とか気を紛らわせようとして、
「何だ、どうした? まさか、まだ血を吸い足りないなんていうんじゃないだろうな?」
ネコミミに問いかけてみることにした。
「そういうのじゃないわ、ただ一緒に寝たいだけよ。別にいいじゃない?」
すると、ネコミミは少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら、こう言ってくるのだった。
「でもなあ、年頃の異性二人が一緒の布団に寝るなんて、どうにも不安なんだよな……」
現実の女子とすらまともに話をしたことのないゲーマーの僕にとって、この状況は対応しきれる範囲を大幅に超えている。
出来る限り、上手く対処しなければならないところだ。
「お願い……レン、私、一人じゃ寂しくて眠れないの」
ネコミミは瞳に涙を浮かべながら、必死に僕に訴えかけてくる。
僕はその姿をあろうことか、可愛いと感じてしまう。
「分かったよ、仕方が無いなあ……」
僕はそっぽを向いて、照れくさそうに答えた。
仕方が無いに決まっている、あんな顔を見せられちゃ、男なら誰だってこうせざるを得ないはずだ。
何て、魔性の女だろう。
相変わらず、反則級の可愛さだ。
「ありがとう、レン」
再びネコミミは僕に思い切り抱きついた。
その嬉しそうな表情を見て、僕はこの笑顔をずっと守り続けたいと素直に感じた。
* * *
お互いに一緒の布団に入り、どうにかしてでも僕は眠りにつこうとするのだが、どうしても眠りにつくことが出来ない時間が続いた。
僕らは互いに顔を合わせることなく、反対向きに身体を倒しながら、眠っていた。
正確には、僕はなかなか寝付けず目をつむっているだけで、ネコミミだけがすやすやと平和な寝息を上げながら、熟睡していた。
今日は、ゲームをやっていたら急にネコミミ美少女に異世界に連れて行かれたり、森で遭難しそうになったり、ネコミミにバトルを仕掛けられたりと実に色々なことがあって、身体はクタクタなはずなんだが、どうにも眠ることが出来ないらしい。
緊張しているのだろうか? それとも、まだこの世界は僕にとっては不安だらけなのか?
きっと両方じゃないかと僕はそう考える。
何しろ、異世界だ。未踏の地だ。
状況だって、違う側面から考えてみれば、言葉巧みに騙されて異世界に連行されたようなものだ。
それが不安でないはずがない。
昨日までは当然だったはずの食事も風呂も、これからは全部自分一人で用意していかなければならなくなる。
それに、食べ物だって今日はたまたま魚の刺身だったから良かったものの、これからはまだ見たことのない異世界の料理を食べていかなければならないはずだ。
自分がこれまで学んできた習慣、文化、生活……それら全てをこの世界の色に染め直さなければならない。
それが、一体どれほど大変なことなのか、僕はこれまでで一度だって考えたことはなかった。けれど、今になって考えてみれば、何て自分は無謀な挑戦をした
のだろうということに気づく。
今の僕には、この世界の右も左も何も分からない。
それは、つまりどういうことかと言うと、食料も水も、地図も方位磁石も、何も持たずに太平洋の上を航海するようなものだ。
僕は何て愚かな選択をしたのだろう……。
「何か不安でもあるの、レン?」
物音一つしない完全な静寂を守りきった寝室の中で、ネコミミの小さな声が室内全体にこだました。
「何だ? もう眠っていたんじゃなっかたのか?」
僕は驚いたように目を見開いて尋ねる。
「ええ、少しだけ、あなたのことが気になったのよ。ちょっと話でもしない?」
ネコミミは反対側に向けていた身体を少しだけ僕の方に寄せた。
「そうだな。僕も色々も気になることがある」
僕も反対側に向けていた身体を少しだけネコミミのほうに寄せた。
お互いに目と目が合い、ネコミミは恥ずかしそうに顔中を真っ赤にするのだった。僕もちょっと恥ずかしくなって、視線をそらした。
そんなお互いが恥ずかしそうな仕草をする中で、僕とネコミミの会話が始まった。




