7 商会
エスター商会は老舗中の老舗だ。
革命の混乱にも負けず、手広く商売を広げている。
そのエスター商会の本部の裏口へ、馬車が止まった。
重厚な造りの建物の中へ、目の玉が飛び出るくらいの貴重な品々が次々に運び込まれていく。
幻のパジェリ伯爵家の秘宝だ。
「これはこれは! 初めてお会いいたしました、アスタリヤ様。若頭のティルトです」
直接出迎えたのはウェーブした髪が洒落た青年だった。
(あのときは跡継ぎはいなかったけれど、十年で産まれたのかしら。それか、養子ね。良い子を選んだようだわ)
ティルトはパリッとした背広が似合う美男子だ。
まだ幼さもあるけれど、たたずまいや身のこなしに品の良さと誠実さが滲んでいる。
女のように端正な顔をしていて、すらりと伸びた手足に長いまつげ、物腰が柔らかく品がある。
これでは、ティルト目当てに買い物に来る女性も多いだろう。
「馬車をありがとう」
と、アスタリヤは微笑んだ。
「いいえ、たいしたことはしておりません。。それよりも、わざわざのご来店を誠に感謝いたします。門外不出の伯爵家のコレクションは、知る人ぞ知る伝説でしたからね。本当に存在したことだけでもセンセーショナルなのに、まさか売却先をうちに考えてくださったとは、光栄の至りです」
アスタリヤは堂々とティルトのエスコートを受けながら、商会の裏口へ入っていった。
背はアスタリヤより少し高いくらいだ。
ダンスのパートナーならばちょうどよい身長差だろう。
ティルトの腕をとったアスタリヤは僅かに目を見開いた。
「どうかされましたか」
「いいえ、何でも……良い靴を履いてるのね」
「さすがですね。飴牛の革で作った、商会の特製です。ご興味があれば婦人物もござぃす」
「いいわね。後で見せてもらおうかしら。時に、ティルト様は何歳におなりになったの」
「僕ですか。今年で十七です」
「まあ、もうすぐで成人の若さで若頭なんて素晴らしいわ」
「いいえ、まだまだです」
その後ろから、ヒエエッとまぶしさに目を細めながら、赤毛のメイドのジェインが続く。
広さだけでいえば、伯爵家どころの騒ぎではない。
ここは伝統から一歩飛び抜けた、生きた美が広がった空間だった。
「アスタリヤ様ッ、見たこともない生き物の皮が絨毯になっております……!」
「あれは東洋の国に伝わる白虎という生き物よ」
「なんと……ヒィ、信じられないほど、全てがキラキラしています……何が何だか」
それが一般的な反応だろう。
しかし、アスタリヤにとってみれば、久々の古巣といったところだ。
トイレの位置まで知っている。
ティルトは特別な貴賓室へと案内した。
が、アスタリヤは途中で足を止めた。
「奥様、どうなさいましたか」
「軽く見られたものね」
「申し訳ありません、何か当方どもが不手際を?」
「『花瓶』」
ティルトの笑顔が固まった。
「『花瓶』には誰かいらっしゃるのかしら」
若頭の顔色が変わった。
「……どうしてそれを」
アスタリヤはそれには答えず、若頭を試すように見つめた。
「エスター商会の貴賓室の上には、もう一つ。最高貴賓室がある。特別客の中でも、最上級の者のみが入ることを許されるサロン……特別なサロン・フロア。スタッフはよく『花瓶』と呼んでいたけれど、今もそうかしら」
「……ッ、失礼いたしました。アスタリヤ様」
「伝説の門外不出のパジェリのコレクションを売る気になったのよ。地下の芸術品を全て持ってきたわ。そんな上客を、二階に通さない判断をした理由を聞かせて頂戴」
ぴりり、と部屋の空気に緊張がはしる。
「申し訳ございません」
ティルトは深々と頭を下げた。
商人の息子らしく、潔い。
「私ではなく、父の命です。大変申し訳ないのですが、父は今二階である方のお相手をしております。実は……これは極秘なのですが」
「国外の貴族でも来ているの?」
「……将校様がいらっしゃっています」
「将校?」
「ええ。あの、将校様です」
「どの?」
「えつ」
ティルトとアスタリヤはしばし見つめ合った。
お互いに理解していない目をしている。
王制が崩壊してからの十年。
将校というのはただの一兵卒ではないのか。
助けになったのは、後ろをぽてぽて着いてきていたメイドのジェインだった。
「まあ! 将校様ですか!? まさか、あの!?」
ようやく予想通りのリアクションを見ることができたというので、ティルトはほっとしたようだった。
やにわに相好を崩して、歯を見せた。
「ええ。そうですよ、大変な騒ぎになるでしょう。ですから、一般のお客様とは別のフロアでお選びいただいていたというわけなのです」
「まあっ、すごいわ!」
事情が分からないアスタリヤは、少し苛立ちながらジェインに囁いた。
「ねえ、いったい何がすごいのよ」
「まあ、奥様っ」
「その奥様というの、やめてくれる? もう離縁したのだから、ただのアスタリヤよ」
「アスタリヤ様! 寝不足でどうにかなってしまわれたのですか? 今をときめく将校様、ジュール様ですよ。伍長から最前線に立って勝利を挙げて、どんどん昇進なさったのです」
ティルトが頷いた。
「ええ、もう連日、ここいら一帯は将校様の話題で持ちきりです。素晴らしい戦果に加えて、魚村の平民からの成り上がり。それにご自身の見目麗しさも相まって、ジュール様のご愛用品となれば矢でも紙でも飛ぶように売れるのです」
そんな便利な、いや、皆に憧れられるような兵士がいるのかとアスタリヤは内心感嘆した。
その時、ドンドンドンッと激しい木を叩くような音がした。
「……ん?なんだ。騒がしいな」
ティルトが眉をひそめると同時、扉から珍客が乱入した。




