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逆襲のファムファタル 〜傾城傾国の悪女、(殺)サレ妻に転生する〜  作者: 丹空 舞


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6/17

6 逆転


「誤解、ですって?」



この期に及んで、どうにかなると思っているのか。

マリアは言い訳を重ねた。



「ええ。本当に、ただ仲良くしていただけなのよ。あなたを心配させたのなら謝るわ。ほら、同じ貴族の令嬢として、昔から私たち良いお友達だったでしょう?」


アスタリヤは微笑みを絶やさず、しかしピシャリと言ってのけた。


「いいえ。違うわ。私は生まれついての伯爵令嬢。あなたは若くして何十歳も年上のキングリー伯爵に嫁いで身分を得た、ただの平民でしょ」



マリアの顔色が変わった。

弱いところを突かれたらしい。


「ちょっと! 言葉を慎みなさいよ!」


「慎むのは貴方の方よ、マリア。こんなことをして、どうなるか想像しなかったの? 昨夜のうちにあなたの夫のキングリー伯爵には既に書状でご連絡済みよ。まさかご自慢の若妻が、他人の夫とどうこうなっているだなんて。醜聞にもほどがあるわね。早く帰った方がよろしいんじゃない?」


「そんな、あんたがそんなこと、できるわけっ」


「ないと思った? 残念だったわね」



マリアは蒼白になっていた。



「ご存じかしら? キングリー家は十年前から病的に執拗なので有名なのよ。兎狩りに行ったときも、猟犬でひたすら兎を追い回して、撃たずに殺してしまったんだから……誰とも結婚しないと思っていたのに、あなたみたいな若い娘と、なんてね」


「ちょっと、何を言ってるの? 十年? 若いって、あなたと私は同い年じゃないっ」


「ああ、話が逸れたわ。昔のことよ」


「だいいち、あんた、なまいきなのよ! 何が伯爵よ、出会ったときから気に入らなかったわ。伝統、伝統って、ばかみたい! だからフィリップも奪ってやったのよ!」


「そう。それが本音ね」


アスタリヤは唇に親指を当てた。

流行遅れの紅の色がつく。

青と緑を混ぜたような、蒼い瞳に紅が映る。


「確かに伝統はバカみたいな色をしてるわ。私はもっと明るい赤が好きなの」


そして、やにわに立ち上がると、呆然としているフィリップに近寄り、羊皮紙に指を押しつけた。





「だけど捺印には十分よね? さ、それに署名して頂戴」


「おい、待て! 離縁なんて勝手に決められると思うな!」


「あら、離婚に同意ならさないおつもり?」


「当然だろう! 夫の浮気くらい大目に見ろ」


アスタリヤはにっこり笑ってみせた。


「貴方が納得しないなら、伯爵邸に出向くわ。マリアに夫を寝取られたので、と言って示談金を要求します」


「何……」


「あの悋気りんき屋で有名な伯爵ですもの。あなたたちの裏切りが、長年続いたおぞましいものだってことを聞いて、このまま平穏に過ごせるわけはないわ。さあ、どうなさいます? 羊皮紙を渡すなら、私は何も言わずにそっと姿を消すわ。運が良ければ、一日限りの過ちだと思って見逃してもらえるかもしれないわよ」


「ぐぬぬぬ……お前は最低な女だな」


ジェインが羽ペンとインクを持ってきた。

苦々しげにフィリップは羊皮紙に署名した。


アスタリヤは離婚申請書を貰い、ジェインに渡すと、用は済んだとばかりにモーニングドレスの裾を翻した。



「広大な土地と屋敷、きちんと管理なさってね。男爵様」




フィリップが爆発する前に、アスタリヤはすっと食堂を出た。


あとは手はず通り、用意させた荷馬車で出ていけば良い。



少しばかりやつれたジェインがよたよたと近寄ってきた。


「お、奥様っ……! 奥様がおっしゃった通り、街から大きな荷馬車が三つも来て、地下から美術品と、昨日奥様が準備された荷物を乗せて、先にどこかに出発しました……!」


「それでいいのよ。さ、ジェイン、行きましょう」


「ほえっ? えっ、どこにです?」


「三つ目の馬車が残っているでしょう」


「え、え、奥様、あの」


「あなたはどうするの? 私と一緒に行くか、それともあの脳味噌下半身男と使用人たちに、ここで雑巾のようにこきつかわれるか」




ジェインは押し黙ったが、何度かまばたきをして覚悟を決めたようだった。




「行きましょう、奥様! 行き先が氷河でも、砂漠でも、ジェインは奥様について参ります!」




社交界にはもうすぐ醜聞が巻き起こるだろう。


浮気の末、妻に出て行かれて降格した落ちぶれ貴族のフィリップ。


体裁を気にするあの男には良い薬になるはずだ。


マリアは友人を裏切って、不義を通した女として有名になる。


老境にあるものの、少し病的な気質のキングリー伯爵がどのような沙汰を下すかは、神のみぞ知るといったところか。







「でも、まさか手紙一つで馬車が来るなんて。どんな魔法を使われたのです、奥様」

と、早足になって玄関ホールを歩きながら、ジェインが尋ねた。


「昔の知り合いをちょっと思い出したのよ」


そして、地下のコレクションの一番小さなものを包んで送りつけたのだ。


エスター商会は十年経っても信頼がおける素晴らしい店だった。


あの会長が、たかが革命ごときで商売を畳むわけはないと思っていたが、全く予想通りで面白い。




「さ、急ぎましょう」




アスタリヤはジェインを連れて、馬車に乗り込んだ。


エスター商会お抱えの御者が、丁重に頭を下げてから扉を閉める。


馬車は田舎道を一路、都へ向かった。


離縁したここまでが一区切りですが、まだ続きます。

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