4 厨房
厨房は予想通り一階の奥にあった。
まだ灯りがついている。
「幸運だわ」
と、アスタリヤはうっそりと微笑んだ。
うとうとしながらじゃがいもの皮むきをしていた若いメイドは、いきなり背後から口を塞がれて、心臓が止まりそうになった。
悲鳴が起きる前に、アスタリヤが耳元で
「騒がないように」
と、半ば脅迫に近い形で告げたために、かわいそうなメイドは目を白黒させながら、涙目で頷いた。
「おっ奥様!? ど、どうなさったのですか、もう夕飯はお済みに……」
この様子からすると、毒殺の経緯は知らない様子だ。
見るからに純朴そうな田舎娘で、赤毛の三つ編みを肩まで垂らしている。
大量の野菜の皮むきを一人でやっているところを見ると、先輩の使用人たちには辛く当たられているのだろう。
(ちょうど良いわ)
と、アスタリヤは思った。
純粋であれば純粋であるほど、使用人は忠実になる。
手癖のついた小賢しい者たちよりも、ずっと信頼できる。
(この子は気力もありそうだし)
大量の皮むきを終えたじゃがいもにまみれながら、夜更けまで仕事をしているところを見ると、判断力と行動力はいまいちだが、根性だけはあるようだ。
アスタリヤは甘やかに囁いた。
「あなた、名前は」
「ヒェッ、わたくしですか? ジェインです」
「そう、ジェイン。一人なのね? 他の使用人たちは?」
「えっ、あの、はい、私だけですが、この間、孤児院から引き取ってもらったばかりですし、まだまだ新参者なので……新人がする仕事だと言われましたから、頑張ります」
「頑張り屋さんは好きよ。さあ、ジェイン。良い子だから私の手足になってね」
「てっ手足ですか」
「ええ。さっそく動いて欲しいことがあるの。読み書きはできる?」
「はい、一応は……いえ、しかしですね、この皮むきがまだあと半分残ってまして」
「いいこと、これからは他の誰でもなく、私があなたの主人よ。今は芋も人参も放って、とにかく案内して頂戴」
「えぇ、と言いますと、どこへ?」
アスタリヤはじっとジェインの茶色い瞳を見つめた。
これが悪女のやり方だった。
相手が揺らぐまで、見つめ続ける。
(お、奥様ってこんなにお色気ムンムンな方だったっけ!? なんか、前から美人でいらしたけど、今は強い感じの美人っていうか、目に力があるっていうか! 逆らえない!)
どきまぎするジェインの耳に、色気に満ちた女性の囁きが落ちる。
「ーーわ」
「わっ?」
「ワインセラーよ」
「えっ、ワインセラーですか?」
「拠点にするの、明日までのね。さあ、お馬鹿さんたちが乳繰り合っている間に、幾つか集めてもらいたいものがあるの。羊皮紙と、もちろんペンもね。それに朝一番で下人を一人起こして、急ぎで街まで使いを出して頂戴。これから包むものを、ある店に渡しに行って欲しいのよ。あと、何か飲めるものを頂戴。喉が渇いて仕方ないの」
「お水でよろしいでしょうか」
「そうね。それもいいけど、やっぱりせっかくセラーに行くのだから、ついでに一番美味しそうなのを空けましょう。ワインで殺された肉体はワインで生き返らせなければならないわ」
「え、ええと……それは貴族の方のことわざでしょうか?」
「今私が思いついたのよ。さ、急いで」
ジェインは目を丸くして、コルク抜きを探しに、厨房の奥へ飛んでいった。
その後、アスタリヤは一本でブドウ畑が買えそうな値段のワインを躊躇いなく空けた。
そして、ワインセラーの前に小さなカウチとテーブルを移動させると、いくつかの作業に取り掛かったのだった。




