34 勝者
クーデターによって、議会はあっという間に占拠された。
午後の鐘が鳴る頃には、現実と常識はいっぺんに変わってしまっていた。
独裁政治をしていたロイスは議会で満場一致で追放され、革命派の幹部たちは追い立てられた。
鍵になったのは、これまで沈黙を貫いていた将校ジュールの圧倒的なカリスマ性だった。
「我々は耐えてきた。しかし、もう限界だ。不当な裁判を終わらせる。酷い独裁を最後にする。独裁による処刑など許してはならない! 処刑制度を廃止する! 本当の革命の時が来たのだ!」
高らかに宣言したジュールの発議に合わせて、怒号のような賛成の声が響き渡った。
国家最高議会のトップベルチェに、ロイスは不当だとくってかかろうとした。
「どうなるか分かっているのか! お前も処刑するぞ。早くあいつを捕まえろ!」
茶色の髪をひとつにくくったベルチェは、冷静に眼鏡を押し上げた。
「ロイス卿、勘違いをしているかもしれませんが、ここはあなたが作った市民の国。平等の国です。ジュール将校はあなたがこの議場に不必要であり、処刑制度を廃止するのだと、法律にのっとって提言をしている。ここに稟議書も、ちゃんとあります」
稟議書は事前に提出された印が押してあった。
事前に計画されていたのだ。
ロイスは口から唾液を飛ばしながら叫んだ。
「お前ッ……! 最初からグルだったのか、ジュールと!」
「グルなどとは酷い言われようですね、いいえ、私は最高議長として、手順にのっとって書類を受け取っていただけです。本議会で提出する提言のための必要書類を。さあ、提言書がきちんとした手続きによって出され、議員の一人から提言が出された以上、議決をしなければ、議会を終わることはできません。さあ、お座り下さい」
「おのれ……!」
ベルチェは淡々と言葉を続けた。
「ロイス卿を続投させるという者はそのまま、議場から退陣すべきだという方は、首のスカーフを外して下さい」
次々と、議員たちが身につけていた紅いスカーフが外された。
床にスカーフが落ち、まるでそこだけ見ればあちらこちらに血だまりができたようだった。
「続投は25、退陣は……それ以外。つまりは75ですね。議決、ロイス卿は退任!」
「納得できんッ! お前たち、こんなことをしてどうなるか分かっているのか!」
ロイスは怒り狂っていたが、ジュールが喉元に剣を突きつけた。
「茶番はもう終わりだ、ロイス様。おとなしくしてくれ、俺は酷く気が立ってる」
「ジュール、お前、恩を忘れたか」
「ロイス様。恩があったので、今日まで沈黙を守っていたのです。あなたはアスタリヤを処刑しようとした」
「……は、はて、なんのことか」
「俺の愛する唯一の女性を害する者は、何人たりとも許さない! アスタリヤを害するものは、このジュールの全身全霊をもって攻撃する」
ジュールの覇気にあてられて、何人かの議員たちが怯えて後ろへ下がった。
「ピネと公爵は公爵家の財産を復活させた。おかげで莫大な資金で軍を整えることができた。最高の装備で突撃ができる。身内で戦争をするのは避けたい。革命派のしょぼい装備は歯が立たないのは分かりきっている」
「くっ……お前、処刑するぞ!」
「みんなそう言われるのを恐れていたんですよ、閣下」
「なんだと」
「裁判もなしに斬首がまかり通るなら、独裁国家とかわらない。私の妻の首をよくも切ろうとしたな」
ジュールの目に並々ならぬ怒りが宿る。
「覚えておけ。民を裁くのは民だ。それが平等というもの……お前はこれから民の前で厳粛に裁かれる。連れて行け!」
覇者の声だった。
後ろから入って来たレイクたちが、手早くロイスや革命派の議員たちをひったてて連れていった。
連行されるロイスの姿を捉えたフィリップはぎょっとした。
(な……! あれは、ロイス卿!? 嘘だろ!? じゃあ、それじゃあ……)
自分の身が危うい。
ここは一度退いて、自邸に引きこもった方が良い。
余計な火の粉が降りかからないとも限らない。
踵を返し、自邸に戻ろうと歩き出したその時。
「やはり、ここにいたか。フィリップ」
背後から声をかけられた。
聞き覚えのある低音。
ギクッとして振り返ると、そこには三白眼のジュールが立っていた。
「送ってきた書状について、少し話を聞かせてもらおう」
フィリップは慌てた。
あの書状が嘘だと知れたら……。
よく周りを見ると、軍部の連中がフィリップとジュールの周りを取り囲んでいた。
みんな紅いジャケットは脱いで、胸の記章を取っている。
ここに味方はいない。
いや、どこにも――。
フィリップはじわじわと、今自分の置かれた状況を悟り始めた。
「待ってくれ、アスタリヤは不義密通の悪女だ」
アスタリヤとティルトの間に隠し子がいる、というデタラメに縋るしか、ここを切り抜ける術はない。
フィリップはジュールの前に膝をつき、眉を下げて訴えた。
「ジュール殿ッ! 私はアスタリヤがしでかした罪と、あ奴めがとんだ悪女だということを貴方様にお伝えしたかっただけなのです。私をだましてパジェリ家の財宝を持ち逃げしただけでなく、ジュール殿のような新たな婚約者がいながら、あのティルトという若い男を古城に出入りさせて、けがらわしい真似をしていたのですッ」
「ほう。それで、アスタリヤがティルトの子を……?」
「は、はい! ですから、貴方様との婚約は破棄なさったほうが……」
ジュールの背後に控えていたレイクが、アッと小さく声をあげた。
「いけませんよ、ジュール様ッ」
「……なにがだ」
「魔法使おうとしてるでしょ! 右手光ってますよ! 精神に異常をきたす魔法なんか使ったらいけませんよ! こないだのでももみけすのどれだけ大変だったと思ってるんですか?」
「……」
「ジュール様ッ! アンタこれから皇帝になるんですよ!? こんなしょーもない魔法違反で捕まるなんてッ」
「……俺は名誉も称号もいらん。アスタリヤを苦しめたこいつがのうのうと逃げ延びるくらいなら」
「ああああぁ! ここまで来て! うわー、もう俺、誰を捕まえたらいいんだッ」
フィリップは跪き下を向きながら、にやりとほくそ笑んだ。
その時、人混みと軍の兵たちをかきわけて、ジュールたちに近付いてきた人物がいた。




