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逆襲のファムファタル 〜傾城傾国の悪女(殺)サレ妻に転生する〜  作者: 丹空 舞
間男、断罪される

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33 絶望

 


 フィリップは蒼白になっていた。


(い、イズリー・オズウェル? なぜ? どういうことだ? 亡霊か?)



 イズリーといえば、今はヴァグダリアに併合された元・サンカ帝国の武人だ。

 大国ラーシェンと戦った際、百人を右手で、二百人を左手で振り払い、敵国の幹部の幕内まで単独で突進して奇襲をかけ勝利したという伝説がある。

 ヴァグダリアがサンカ帝国に戦勝した後、地下牢に収監されていたはずだが――。


(いや、あんな奴が一人入って来たところで、軍部にはかなうまい)




 ばくばくする心臓を落ち着けるように、フィリップは深呼吸した。

 砂埃の中、二台目の馬車が止まった。



「あっ……?」


 後ろの馬車のドアが開き、中から小柄な女性が走り出てきた。

 使用人のようだが、スカートが短くブーツを履いている。

 まるで少年の兵士のようだ。


「アスタリヤ様! どちらですかっ」


「ジェイン。こっちだ!」




 ジェインと呼ばれた女性は、素早く走り寄ってイズリーの肩に乗りあげた。

 肩車をしている親子のようだが、イズリーの圧倒的な体格が可能にしている。



「イズリーさん! アスタリヤ様はっ」


「あの長椅子のどこかにいるらしい」


「アスタリヤ様ー!」



 女が来たと見て、兵士のうちの一人が警戒を緩めた。

 イズリーは無理でも上の女を狙えばいい。


「止まれぇぇっ!」


 兵士はイズリーに向かって槍を振り上げて襲いかかった。

 イズリーが槍を掴む前に、肩の上のジェインがキッとにらみ付けた。




「下がっていてくださいっ!」




 ジェインは開いた掌を兵士に向けた。

 すると、掌からすさまじい勢いの炎が噴き出した。

 火を直撃され、燃やされた兵士は声もなくその場に倒れた。

 ある意味、イズリーよりもえげつない。


「え……ジェイン、お前そんな……マッチの火くらいしか出せないって言ってたんじゃなかったのか……?」


 イズリー本人も引き気味である。

 ジェインはふんっと鼻息を荒げて言い放った。


「わたし、どうやら怒りが頂点に達すると、攻撃魔法の威力も強くなるようなのです。あまり怒るような性格じゃなかったのですが、今日は別です! さあ、アスタリヤ様を助けに参りましょう!」


「お、おう!」



 イズリーを率いる女が、アスタリヤ様と言いながら火炎放射を続けている。



(な、な、なんなんだ!?)



 フィリップは今や顎だけでなく、膝も震わせていた。

 生まれたての鹿のようだ。



「こっちよ、イズちゃん。ジェイン」

「アスタリヤ様! まあっ、うちの大切なアスタリヤ様を縄で縛るだなんて!」


 ギラッと光ったジェインの目に、受刑者に付いていた役人が怯んで腰をぬかしてへたり込んだ。


「ちょっと待ってくださいね、よいしょ……はい、解けました! さあ、参りましょうアスタリヤ様」


「ま、待てっ、受刑者が勝手にここを抜け出すなどあってはならん!」

 尻餅をつきながら、役人が震え声で叫んだ。

「ロイス様にばれたらどうなるか……!」



 アスタリヤは後ろ手に縛られ、カチコチになった体をぐーんっと伸ばした。



「十年前より悪くなったわね。ニワトリじゃないのだから、こんな流れ作業のように首を斬られたらたまったものじゃないわ」


「だ、黙れッ」


「大丈夫よ。もうそろそろ、議会あちらでも決着がつく頃でしょうから」




 フィリップは、凜と立つ元妻の姿を目にして、初めて恐怖を感じた。




(おかしいだろ! あいつは……あいつは今日、斬首されるはずだったんじゃないのか!? ロイス卿は何をやっているんだ!?)



 ふとアスタリヤが顔をこちらに向けた。

 バチッと目が合う。

 フィリップは雷に打たれたように固まった。


 アスタリヤは、しばらくじっとフィリップを見ていた。

 が、口紅もひいていないのに紅い唇をふっとほころばせた。



(な、なんなんだ、あの余裕は!?)




 フィリップが言い知れない恐怖を抱いたその時、議会場の方から喧噪と何かが崩れるような音が聞こえてきた。




反乱クーデターだ! 議会場が占拠されたぞ!」

「革命派は取り押さえられた!」


 広場の役人たちの動きが変わった。


「まさか……」

「ジュール将校がついに動いたか!」

「どうする」

「議会には革命派の幹部がいるが……掌握した、ということか?」

「我々は……もはやロイスの奴隷ではない……」

「そうだ! 怯えなくていいんだ」

「よし、俺は加勢するぞ。ジュール様につく」

「解放だ! 広場の囚人を解放しろ!」


 役人たちが、革命派の紋章のついたジャケットを放り投げる。

 紅いジャケットが青い空を舞う。

 爆炎と喧噪の中で、フィリップは誰よりも混乱していた。



(なんだなんだどういうことだ!? 今日はアスタリヤの……邪魔者が消えるめでたい日になるはずじゃあ……)



 議会の決議が降りた、と遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえた。


「過半数の賛成で、ロイスを追放! 新政府が発足! 最高司令官はジュール様だ! ジュール将校がやったぞ!」



 広場の歓声の中、フィリップは半信半疑で絶望していた。

 まさかそんなことが……。



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