27 求婚
信じられないようなことを言われた気がした。
「この国を帝国にしたいんだ。重税を廃止し、法を整備し、貴族のものだけでない公立の学校を作って、官立の病院や銀行を置いて――やれることはたくさんある。本当に豊かな国を作るんだ。戦が避けられないなら、せめて被害が最小限になるようにしよう。そのためには、今の革命派じゃだめだ」
「ロイスに刃向かう者はみんな、処刑されるのですって?」
「ああ。しかも、あいつら法律を変えたから、目をつけられた人間は裁判なしに処刑される。貴族が貴族だからって理由で、何人も断頭台に送られている」
「ジュール。あなたはそれを……変えようっていうのね」
「罪の無い罰など無価値だ。国の意思決定は議会で決まる。もしも過半数をとってロイスを失脚させることができれば……俺は皇帝になる」
「皇帝……」
「独裁者と言われてもいい。権力を一手に担う。そして、短期間で一気にこの国を立て直す」
それはつまり、反乱を起こすということだ。
「あなた、死ぬかもしれないわ」
と、アスタリヤは率直に言った。
ロイスにバレれば、即刻断頭台に送られるだろう。
しかし、ジュールは怯むことなく、白い歯を見せて笑った。
「物言わぬ石のように生き続けるなんて、死んでるのと同じだ」
アスタリヤは密かに息を呑んだ。
それは、そんな台詞はまるで、自分の心の中から湧き出てきたようだった。
「全てがうまくいったら、アスタリヤ。どうかあなたに、冠を被せたい」
「私……?」
「そうだ。皇帝ジュールの皇后として」
思ってもみなかった言葉にアスタリヤは絶句した。
「皇后って……あなたの正妻ということ?」
「そうだ。皇帝の正妻はあなた一人でいいし、他は要らない」
「自分が何を言っているか分かってるの?」
「もちろんだ。あなたが嫌がることはしないと約束する」
「私、離縁したてよ? あなたより年上だし」
「そう言われて俺が諦めるとでも? アスタリヤ、あなたこそもう諦めてくれ。俺は前世からずっと、あなたのことが好きなんだ」
アスタリヤはじわじわと頬に熱が上がってくるのを感じていた。
これまでどの男にも、羞恥を感じたことはなかったのに。
「アスタリヤ、俺と婚約してくれ。俺を愛さなくてもいい。ただ、あなたが別の男にさらわれたら、反乱どころじゃなくなってしまう。昨日だって、あなたと初めて出かけることを考えたら、書類も作戦会議もどうでもよくなってしまった」
「……それは、部下の方々に同情するわね」
「もし俺に使命があるなら、ロイスを倒して成り上がることだ。この国の行く末は、俺にかかっている。そして、俺の行く末はアスタリヤ、あなたにかかっている」
「……王を破滅させて、ヴァグダリアを滅ぼした私が、今度はあなたと一緒になって、ヴァグダリアを救うっていうの?」
「あなたはただ破滅させたんじゃない。腐敗した王制を壊して、ただ戦のない世界を作りたかった。自分の命をかけて、王制を終わらせたんだ」
「……かいかぶりすぎだわ」
「返事はすぐじゃなくてもいい。だけど、せめて俺に黙って他の男と付き合ったり、結婚したりしないでくれ。アスタリヤはこの国で唯一、首を振るだけで、将校ジュールを屍にできるんだ」
ジュールはいたって真剣だった。
アスタリヤの心は、そのとき既に決まっていた。
「それなら、頷いたら将校はどうなるのかしら」
「は」
「これからずっと一緒にいるのなら、慣れて頂戴ね」
ジュールの首にすっと腕をかけて、小鳥が触れるように優しく弱い力で、唇に一瞬触れるだけの短いキスをした。
「皇帝の勝利の女神になってあげるわ」
ジュールは何が起こったのか分からない顔をしていた。
が、言葉の意味を把握すると、ひまわりに囲まれたあぜ道の真ん中で、ズシャアッと膝をついた。
「やったぁ……」
と、うわごとのように呟いた。
力が抜けたらしい。
アスタリヤは腑抜けになったジュールに手を貸しながら、気付けば笑っていた。
自分に骨抜きになった男性を見るのは初めてではなかったが、ジュールは特別だった。
皇帝になるなんて夢物語のようなことを、大真面目に言うような男には出逢ったことがなかった。
今日から一緒に寝る? などと言えば、もっと面白い反応が返ってくるのではないだろうか。
アスタリヤは湧き上がる悪戯心を堪えながら、迎えに来ている馬車が待つサン・ジュストの大通りのところまで、ジュールを支えながら歩いていった。
こうして、将校ジュールとパジェリ伯爵家の令嬢アスタリヤは、めでたく婚約の運びとなったわけである。
数週間後、通い妻ならぬ、通い夫になってせっせと古城に赴くジュールのことを、貴族たちも平民たちも同じ位の熱量をもって噂した。
が、これに納得していない者がいた。
「何……!? 婚約だと!? ばかな」
樽に入れられて水に流された男、フィリップだった。
事情通の子爵が薄ら笑いで言っていた噂だったが、おかしな冗談だという前に、彼は街で買ったというゴシップの記事を見せてきた。
『あの将校ジュールが首ったけ!? 古城の美女との熱い密会』
新聞を持つフィリップの手は震えていた。
「許さん……絶対に許さん!」




