23 勧誘
「ティルト、あなたには休息が必要よ。こんなムチャなこと、いつまでも続けられるものじゃないわ」
アスタリヤはティルトの細い首を痛々しいものでも見るように一瞥し、そっと撫でた。
「確かに連日、発注をし続けたのは私だし責任があるわ。寝不足だけじゃなくて、そう――貧血気味のようね?」
「あ、はは、すごいな。よくあるんですよ」
「城の様子が整うまでの間の期間限定とはいっても、あなたをうちの専用の担当として商会から買っているのよ。ティルトがしっかり動けるようにするのは私の責務なの。これは命令です。ちゃんと寝なさい。そしてすっきりしたら、またしっかり働いて頂戴」
「……アスタリヤ様」
「受け取りの書類は、これからジョナサンに届けさせるわ。この門をくぐったからには、あなたも私のお願いをきいて頂戴。さもなければ、商会にパジェリの絵は貸せないわよ。いいわね」
遂にはティルトも折れて、バトラーに連れられて客間へ案内されていった。
ティルトが不在でも、荷馬車で届いた物品は、双子のメイドたちや他の使用人の細々した指示で、エスター商会の馬車に乗ってやってきた荷物夫たちがどんどん積み下ろしていく。
この調子であれば、問題ないだろう。
さて、片付いた、とアスタリヤは顔を横へ向けた。
躾の良い犬のように、大柄な男は壁際で直立して静かに待っていた。
「それで? あなたは何のご用事なのです」
ジュールが敬礼しそうな勢いで姿勢を正した。
「用事がなければ来てはいけないと?」
「普通はそうですね」
「あなたに普通を説かれるとは思わなかった」
確かにその通りなので、アスタリヤも何も言い返せない。
そして、これまで久しく感じたことのなかった苛立ちが心に芽生える。
前世、男性を知り尽くしたと思っていた。
しかし、この男を理解できない。
そもそもジュールの目的が分からない。
いったい何がしたいのだろう。
もう、カミラはアスタリヤなのに。
アスタリヤの前世が悪女カミラで、ジュールの前世がその処刑人だったということは、先日小屋で二人きりになった際に、偶然明らかになった。
しかし、だからといってそんなに執着する要素がどこにあるのか。
やはり、悪女カミラの強火のファンだったのだろう。
アスタリヤは淑女らしく細く長い溜息を吐いた。
「ジュール様。先日お話した通りで、私は『アスタリヤ=パジェリ』なのです」
「承知している」
していないから城まで来たのでは!? と喉まで出かかったが、アスタリヤはつとめて冷静を保つように努力した。
淑女は大声を出してはいけない。
「そして、あなたが感傷的な想いを抱かれていたことには同情いたしますが――あなた様は、軍のトップである将校ジュール・メルヴェネク様ですよね。私は単なる伯爵家出身の離縁した女に過ぎません。革命が起きようが、それで王が殺されようが、何の意思も、勿論恨みも憎しみも抱いておりません」
「ああ」
「と、いうことで、連日にわたって我が城を訪れて調査をされているようですが、無駄ですわ。ここには革命派を転覆させようとする剣士たちも、魅了や怨嗟の魔法を使う黒魔術師もおりません。いるのは哀れな、浮気をされた元人妻の私だけです。どうか本懐を思い出されて、ヴァグダリアのためにもっと有効にお時間を使われてくださいませ」
「元人妻、か……」
「重要なのはそこではありませんわ。兵士の皆様も、ジュール様が調査と称していつもこちらでショコラを食べていらっしゃる間、相当にお忙しいのではないかと」
一緒に来ていたライとフィガーが首がもげそうなくらい頷いた。
よく言ってくださった……! と涙を流している。
当のジュールは直立不動のまま、ヒールを履いても頭一つ分小さなアスタリヤの顔をまじまじと眺めていた。
そして、納得したように言った。
「問題ないのだ。今日は休暇申請を出してきた。調査ではない」
ジュールの部下のライが石の床に崩れ落ちた。
言いたいことが言えない苦労をする性分らしい。
「昨日、軍の幹部全員を緊急招集して決めた。俺には休暇というのが必要だというのが、幹部全員の意見だった。ということで、アスタリヤ嬢。突然ではあるのだが、一緒に来て欲しい。もちろん広場で首を落とすようなことはしないと誓おう」
アスタリヤを含むその場の全員が、笑って良いのかいけないのか分からずに押し黙った。
「じょ、冗談……ですよね?」
と、ジェインが呟いた。
「ジュール様って最強だけど、笑いのセンスは劇的にないんだよな……」
と、レイク。
「休暇申請が出てるからって仕事が終わるとは限らないんすよぉ……くっそ幹部メェ……」
と、地獄の山羊のようなうめき声をあげる部下が約一名。
そして、当のジュールは、大真面目に首を傾げた。
「本当です。あなたに危害は絶対にくわえません。俺を信じて馬車に乗ってくれませんか。行き先は東リュイーブルの山を越えた向こうの、サン・ジュノペの街です」
それを聞いて、アスタリヤの顔色が僅かに変わった。
戦に負け、ヴァグダリアに併合された、元サンカ帝国があった土地。
サン・ジュノペの街は――。
カミラ・バートリの産まれ故郷だった。
アスタリヤの胸元の宝石がきらりと光る。
「熱烈ね……」
諦めたように言って、アスタリヤはロマンの欠片も無い、やたらと豪華な軍用の馬車に乗り込んだ。




