14 疑惑
予約投稿できておらずすみませんでした~。今週も日々更新予定です。
ある日、居間でリラックスした様子のアスタリヤのところにジェインは興奮気味で駆けつけた。
「アスタリヤ様! あのジュール将軍から、面会の要請が来ております!」
アスタリヤは、日課のヨーガをしながら柑橘のパックを頬に貼って、美容にいそしんでいた。
今までできなかった、太陽神のポーズができそうなのだった。
アスタリヤは興味なさそうに言った。
「ジュールって?」
「以前、商会でお会いしたじゃないですか。ジュール・ヴァンデミエール様。凜々しいお顔と、アメジストのような瞳。すらりとした長身。革命後の国を率いて戦に連勝している、今をときめく将軍様ですよ!」
「ああ、あの――、商会の客寄せ珍獣のような、大男」
「えっと、ものすごく否定したいところではありますけれど! とにかく、どうなさいますか。一両日中に伺いたいと書かれているのですぐにお返事をしないとっ」
「せっかちねぇ。急かす男は嫌われるって、士官学校で習わなかったのかしら」
「アスタリヤ様、差し出がましいことを言うようですが……あのう、私のような小娘でも理解できるので言うのですが」
「なあに?」
「将軍って、も・の・す・ご~く、偉い方なのですよ……? え、だって将軍ですよ? 軍部の中で総司令官の次に偉い方ですよ? エリートの中のエリートというか、もう雲の上のようなお方ですよ? 王の存在しない今、国のトップはロイスとなっていますが、実際は軍の頂点のあの方ですよ? 人気も人望も並々ならないのですよっ?」
ストレッチをしていたアスタリヤは、つまらなさそうにジェインに視線を向けた。
「そうなのね」
床にマットを敷いて横たわった状態で上体だけがねじりロールパンのように反対側を向いている。
ジェインは主人が常識の枠外にいるのを察した。
しかし、献身的なジェインは、若さでもってすぐに自らを奮い立たせた。落ち込んでいる暇はない。
主人が常識をもたないならば、筆頭メイドたる自分が代わりにもてばいい。
アスタリヤが日傘を差さないなら、ジェインが代わりに隣で持てば済む。常識だって似たような話だ。
ジェインは微笑みながら、アスタリヤに尋ねた。
「あのう、先ほどからそれは何をしてらっしゃるのです?」
「東洋に伝わるヨーガよ。美容に良いの」
「ようが? はあ……ええと、あの、それでですね……ジュール様が、すぐにでもこちらにいらっしゃるとのことなのですが」
「分かったわ。じゃあ明後日の二時にいらしてくださいとお伝えして。ケーキでも用意しましょうか」
ジェインは、おそらく将軍はお茶をしに来るわけではないだろうと感づいていたが、少しばかり遠い目をしただけで黙っていた。
何が起ころうと、主人の傍を離れない覚悟だ。
「あちらはすぐにでもと言ってますけど、明後日でよろしいのです?」
「いいのよ、少し焦らすくらいで。オステリア産の最上級の羊皮紙があったでしょう。あれに私の纏っているフレグランスを一吹きして贈りなさいな」
*
対して、ジュール邸。
従者のレイクが頬を紅潮させながら入室してきた。
軍隊の者らしくきびきびしているが、少年っぽさが残るオレンジの髪の小柄な男だ。
「ジュール様、古城の持ち主のアスタリヤ嬢から返答です。明後日の二時ならば可能だと。近年見たこともないような美麗な字ですよ。そして何やら、とんでもなく良い香りがします! クンクン……なんだろう、これ……」
「貸せ」
羊皮紙を受け取り開いたジュールは奇妙な顔をした。
「これは……」
「というか、羊皮紙を持ってきた従者を見て驚きました。あれは王族の騎士団にいた若手のジョナサン隊長ですよ。絶対です! いや、俺が見間違えるわけありません! もう革命から十年も経っているので、もう若手とはいえない年齢かもしれませんが……俺、ファンだったんです。いや、今だってそうです! 顎髭が生えてましたし髪も伸ばして染めていたけど、あれは絶対に疾風のジョナサンでした! 俺は分かります! いったいどこにいたんでしょう? 外国に逃げたのかもって思ってましたけど、ああ、やっぱり、ファンですって言えばよかったですかね? だけど素性を知られたくないみたいな感じだったらどうしようかと思ってですね」
「落ち着け。疾風の何とかはともかく、残念だが、これでますますあの女性の疑いは強まったな」
ジュールは長身を折りたたむようにして、軽くこめかみを押さえた。考え事をするときの癖なのだ。
「何の疑いです?」
「伯爵家の莫大な価値のある絵画コレクションを手に入れたレディ・アスタリヤ。その名の元に、有力な訳あり者たちが使用人として集まっている。これが何を意味するか分かるだろう、レイク」
「うーん、そうですねえ。魔女の古城に、独り身の女性が住んだら、たまたま色んな分野のスペシャリストが大集合しちゃったって感じですかね! 魔女の魔法っすかね! あっはっははは」
ジュールは冷たい目をしてレイクを鼻で笑った。
「そんなわけないだろう。お前は戦場のとっさの判断では重宝するが、こういうことはさっぱりだな」
「えー、そうですかね? アスタリヤ嬢っていうのはパジェリ伯爵家の一人娘でしょう。そういう伝手があってもおかしくないんじゃないですか」
「いいや、それは難しいだろう。調べたところ、レディ・アスタリヤはずっと社交界でも沈黙を守っていた、どちらかというと地味で目立たない女だったそうだ。伝手どころか、他の貴族たちとの交流もそこそこに、屋敷の切り盛りをしていたようだ」
「それが、入り婿のフィリップと一悶着あったと」
「ああ。どうやら友人のマリアという女、あのキングリー伯爵の奥方と、アスタリヤ嬢の夫のフィリップが――まあ、そういう関係だったらしい」
レイクがパッと顔を晴れやかにした。
「そういうってのは……ああ、不倫ですか!」
ゴシップは軍も民間もなく、一番の娯楽なのだ。
ジュールは気持ちは理解できるものの、あまりに露わな表現に溜息をついた。
「お前は情緒も風情も何も無い奴だな。とりあえずはそういうことだ。レディ・アスタリヤから突如、キングリー伯爵に書状が届き、そこには包み隠さずこれまでの二人の関係が記録されていたらしい。キングリー伯爵は激怒して、妻のマリアは一歩も屋敷から出られないそうだ」
「大変ッすねぇ。束縛してくるオジンの相手なんて俺だったら絶対嫌だな」
「だから浮気したんじゃないのか。そんなことはどうだっていいんだ。今はレディ・アスタリヤの疑惑についてが最重要だ」
「アスタリヤ嬢が王党派で、有力者や実力者の支持者を集めて、俺たち革命軍を転覆させようとしてるって思ってらっしゃるんですか?」
「まだ疑惑だ、と言っている。明後日、何があってもいいように、兵隊を用意しておけよ」
「はあ……ですが、ジュール様。相手は十名ちょっとの使用人と離縁したばかりのレディですよ? 何しにいくんです」
「だ・か・ら! 疑惑を確かめにいくのだと言っている。お前は平和ぼけしすぎているんだ」
レイクは納得していない表情ながらも、しぶしぶ頷いて出て行った。
ジュールは一人残された司令室で溜息をついた。
自分でも何故ここまでむきになっているのかと、滑稽に思えた。
しかし、ジュール自身はこのこだわりの理由に本当は気付いていた。
それは勿論、当然と言えば当然だった。
『生まれ変わった』今でもまだ覚えている。
あの時の自身の生涯でただ一人、心から何よりも美しいと圧倒された。
顔貌だけでない。
処刑の間際になってまでも、凜として強く、誰よりも気高く、死にさえも動じることのない柔らかな微笑み――。
「死んでなお人間を魅了する。全くとんでもない悪女だ」
司令室の大きなスクエア窓からは、靄に包まれた丘の上の古城がぼんやりとけぶって見えた。
あの古城だけは、守らねばならない気がしていた。




