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白虎の調律役  作者: gen.


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五、鷲に伽耶





 飛鷲(とびわし)家は六将家の中で最も新しい家門である。

 それは神州で他の五家が少ない耕作地を巡り神州で領地の奪い合いを繰り広げていた頃、最北端と思われていた後の三岐州からさらに海を北上して発見した大地(しま)、鎮北道を丸ごと手に入れたこと。さらに霊的存在との交信に秀でたかの地の先住民たちと交わることで、より強力な御霊具足を顕現できるようになったという歴史が関係している。

 川散丸(かわちりまる)はそんな飛鷲家の長男として生まれた。

 生母は先住民の出であり、川散丸も母によく似て幼いころから非常に強力な霊力を宿していた。しかし、武家の気風があまりに合わなかったのか、幼い彼を残し母は生まれ故郷の奥地へと帰ってしまった。そんな例があったためか、父が後妻にと迎えたのは神州出の武家の娘だった。彼女は飛鷲家によく馴染んだものの、神州の武家の姫として育った気質か、あるいは川散丸があまりに生母似で、かつ強力な霊力と怪力を持っていたためか。完全に恐れをなしてしまい彼の母親役とはなり得なかった。

 二人の母に教育を放棄され、完全に家で持て余される存在となった川散丸は、継母が次男を生むと一層家での立場がなくなった。


(……あすこに、俺はいけない)


 唯一の味方であったはずの父が、継母とそろって異母弟をかわいがる姿を見た川散丸は、幼心にそう思った。

 あれはあれで完成してしまっている。あすこに入ろうとしても、また継母を怯えさせ、そうして父に叱られるだけだと。

 そう、小さな頭で理解した。自分はこの飛鷲()の異物なのだと。

 それからの日々を、川散丸はあくまで飛鷲家の一員として、しかし寄る辺たる家族はいないものとして過ごした。いずれ独りでも生きていけるようにと、武術や修学も怠らなかった。

 やがて元服して名を飛鷲道慈季綱と名を改めた彼は、刀身武者として独立する道を選んだ。鎮北道の飛鷲家本屋敷を出て、皇都の飛鷲屋敷へ身を寄せ、刀身武者として活動を始めた。本屋敷から彼を引き留める声は、ついぞなかった。

 そんな道慈を助けたのは皮肉にも、生母譲りの天才的な霊的才覚だった。

 刀身武者といえば刀剣での近接攻撃が専らの中で、彼は数世代に一人いるかいないかと言われる『弓』を備えた御霊具足を顕現させることに成功した。

 一方で、道慈の足を引っ張ったのもまた、その霊力だった。彼の生まれ持った魂とその霊脈ははあまりに強大で野性味が強すぎ、並大抵の拵方では調律する側の霊脈を逆流、侵食して暴発させてしまった。暴発を免れた拵方も、もう次は御免だと逃げ出すのがほとんどだった。


(……ここでもか)


 鎮北守、という鎮北最強の武者たる称号の、なんと虚しいことだろう。

 ただ彼は、自身が刀身武者としても異端であることを思い知っただけだった。

 

(もう、いい)


 もはや堪え性のない周囲に――ことに女に対しては――期待などすまい。具足の傷など大した問題ではない。その証拠に、鎮北守の称号を得てからろくな調律を受けていないままでも、道慈――鎮北守は十分すぎるほどの戦果を挙げていた。

 それがたとえ、傷を負ったまま最初は遠隔攻撃、次に突撃、という一人で進軍のすべてを賄うような、無茶な戦い方をして得られたものだとしても、それがなんだという。

 ついてこれない周囲が悪いのだ。ただ自分は、自分として在るだけなのに。

 だが、ある日のこと。


「こちらは、この度新しく鎮北守様の御具足調役に抜擢されました拵方にございます。もとは虎尉守様の拵方組におりまして、幾度も調律をこなしておりました」


 御具足調役、鎮北守にとってはただ具足を拭き上げるだけの群れの頭が、よりによって女の拵方を自身の調律役にと宛がってきた。

 鎮北守は心底うんざりした心地になった。またわざわざ、こんなことを口にしなくてはならないのかと思うほど。


「いらん。女は堪え性がない。使い物にならん」


 ただの事実を口にしたまでだった。これ以上は時間の無駄だと踵を返した鎮北守は、しかしその背に思わぬ声を浴びる。


「使い物にならないか否かは、使ってから仰ってくださいませ」


(……なんだと?)


 口調こそ丁寧だったが、それは叩きつけるような物言いだった。これまで多く見てきた及び腰のものとは、なるほどたしかに違うかもしれない。だが、最初こそ自信満々でも自分の霊脈に触れるなり逃げ出した者とていたではないか。


「……勝手にしろ」

「そうさせていただきますわ」


 使い物にならないか否か――――その身で思い知ればいい。

 後のことなど知ったことかと、投げやりな気持ちで鎮北守は自身の天幕に向かった。

 小姓たちの手によって戦装束を脱ぎ、湯帷子姿となった鎮北守はいつものようにただ座っているだけだった。背後から近づいてきた拵方が、鎮北守の元結を解き、その髪を梳っていく。髪が左右の肩前に流されて、熱めの湯が両肩からうなじにかけられ始めた。

 こんなことをしている暇があるなら、その湯を全身に浴びてしっかりと湯浴みをしたい。この女がいなくなったら、そうしよう。多分そんなことを考えていたと、思う。

 始めます、の一言と共に、自身のうなじにひたりと吸い付くような柔肌の手が重なる。

 ああ、女の手だと、そう思った。最後に女の調律役が自分に宛がわれたのはいつのことだったか――――そんな考えが、女の霊力を感じた瞬間、不意に途切れた。


「っ……!」


 弾かれた。いや、殴られた?

 頭の中をぐわんと揺らすような、痺れを帯びた感覚が鎮北守の全身の霊脈を支配する。束の間、呼吸すら忘れた。

 殴られた、ことなどこれまでにあっただろうか。指南役の稽古中や、降魔妖魔と切り結ぶことでも得たことのない感覚だった。

 そしてその隙を逃すまいと言わんばかりに、女拵方の霊力がこちらへと流れ込んでくる。清冽な水流――それこそ、故郷の雪解け水が滔々と流れる川を思い出させる、そんな霊力が、鎮北守の霊脈に染み渡っていく。

 それは自分の呼吸を取り戻した鎮北守が、その浴びた水を払いのけるように脈動しようとするたびに、ぶつかりあい、そのまま鎮北守の霊力の流れを決まった方向へと押し流してしまう。

 まるで「力とはこうやって制御するのだ」と言わんばかりに。

 女拵方の霊力は、鎮北守のものと単純な量で比較すれば圧倒的に後者が勝っている筈だった。筈だったが、勝てない。どうあっても押し負ける、というよりも往なされ、流されてしまう。

 さらには勢い流されたその背後を突くように、再び霊力が流し込まれてあちこちに散らばった鎮北守の疵を癒していった。


(一体、これは、こいつは――――)


 鎮北守は混乱した。これまで自由にさせていた霊力が、堰き止められては押し流され、徐々に、霊脈本来の流れに沿って動き始めていた。その流れを作り出し絡みつく壁となっているのは、間違いなく、背後の女拵方の霊力だ。

 これは量ではなく、(わざ)だ。鎮北守と比べればわずかな霊力を引き伸ばし、迅速に流れさせることで奔流を一本の急流に正している。

 しかしそんな業を持つ拵方など、いままでは。


「――――調律、終わりましてございます」


 動揺が抜けきらないうちに、女の声が響いた。

 思わず振り向いた鎮北守の目に映ったのは、初めて見る覆面のない女の顔。白い顔を縁どる黒髪に通った鼻筋。柳眉の下、黒々と潤んだ目はきりりとつり上がり、そこに浮かぶ感情はない。鎮北守の視線をまるで感じていないかのように踵を返して、女は衝立の向こうに消えていく。そこで初めて、鎮北守は自身の手を見下ろした。

 握って、開く。ただそれだけでも、調律前とは確かに何かが違っている。軋みを上げて噛み合わさっていた歯車が、全てばらばらにされて組み上げ直されたかのような。

 もう長いこと感じていなかった、本来の自分へと還ったかのような。


「それでは、失礼します」


 衝立の向こうから出てきた女は、それだけいうと事務的に頭を下げ、そのままさっさと天幕を後にしてしまった。その手にはお清め調べで汚れた装束や調律用のそれが、きちんと畳まれて納まっていた。

 鎮北守は最後まで、その背中を目で追うことしかできなかった。

 こんなとき何と声をかければいいのかを、彼は知らなかった。知ることもなかった。



 鎮北守が調律の効果というものを実感したのは、翌日の出陣でのことだった。

 いつも通り『矢』による遠隔射撃を慣行し、溢れ出てくる妖魔の先陣を一掃していく。そして『矢』を撃ち切った段階で打刀を抜き払い、妖魔の群れの中へ突貫せんと噴射口の勢い上げた。その時だった。

 ひやりとした冷たい霊気が、猛り狂おうとした鎮北守の霊脈を鎮めるように撫ぜていった。それが自身の中に残る、あの女の霊力の片鱗であることはまちがいようもなかった。

 まるで、それでよいのかと問いかけるように、その霊気は鎮北守の意識をするりと撫ぜて消えて行く。

 突撃の出鼻を挫かれた鎮北守は、必要以上に上昇した機体の中から初めて周囲の状況というものを俯瞰で確かめた。鎮北守の『矢』で倒れて消えゆく妖魔たちを踏み越えて、新たな妖魔の群れが押し寄せつつある。それを切り込み役として先攻していた虎尉守の大太刀、同じく切り込み役の三岐守(さんきのかみ)の大野立が薙ぎ払っていた。左右から脱け出そうとしたものは他の御霊具足たちに補足され、各個撃破されている。

 戦場を改めたその時、三岐守の背後に、不自然な泥の湧き上がりを目にした鎮北守は、急降下してその泥の妖魔――泥田坊を踏みつぶした。悲鳴とも怨嗟ともつかない声が上がる。それでも次々に湧き上がる泥の群れを、鎮北守の打刀が斬り捨てていく。初めて、他の御霊具足たちに背中を預ける、という戦い方で。

 これまでは他の御霊具足の切っ先の先に立とうが、構わず突撃を続けていた。仮に切っ先が掠める程度のことがあっても、自身の具足にはさしたる影響もないと、そう思っていたし、それよりも一頭でも多く妖魔降魔を始末する方がよほど肝要だと思っていた。

 だから、こんな戦い方は――時間の無駄だと、そう思っていたのだ。

 だが、実際にはどうだろう。虎尉守や三岐守の刃は文字通りの大ぶりで、それを掻い潜ろうとする妖魔が必ず出る。それらが彼らの背後へまわろうとする前に、正確無比に仕留めていくことが、打刀の鎮北守には出来ているではないか。

 結果、細かな手傷は負ったものの、予定通り妖魔の殲滅は完了した。

 血振りをして刀を納めた鎮北守は、他の御具足衆共々戦場を離脱しながら、いつになく自身の心が静まり返っていることに気づいていた。

 あの女拵方の眼差しが、すぐそばにあるような気がして。


(…………どれだ?)


 帰陣した鎮北守は、いつものようにわらわらと梯子をかけ昇ってくる拵方たちの中から、無意識のうちにあの女拵方を探し出そうとしていた。

 だが拵方は全員が似たような装束にそろいの覆面、という恰好なのでいまいち判らない。胴丸内で外の映像を映し出したまま、鎮北守は腕を組んで目をつぶり、意識を集中させた。

 御霊具足は鎮北守の魂そのものだ。そこに触れている以上、霊力の片鱗が感じられるはず。

 それは初めての、ほぼ直感に近い霊力の使い方だったが、鎮北守は自分にはそれができると確信していた。

 果たして、己の脛当の表面を磨いている手の中に、昨晩の霊力の片鱗を見つけ出した。


(いた――――)


 だがその手はすぐに離れて行ってしまった。映像を消した鎮北守は、胴丸を展開し身を乗り出す。

 女はこちらに背を向けて、組頭と何かを話している。逃すものかと梯子の半ばから飛び降りた鎮北守は、大股でそちらへと向かった。

 だが、思わぬ横やりが入った。


「やあ、鎮北守」

「……何の用だ」


 八塩守(やしおのかみ)――――いつもなにかと、こちらの戦い方に口を出してくる優男が現れたかと思うと、あの笑みを含んだ声でこういった。


「用ってほどのことじゃあないが、今日は無茶な突撃を堪こらえてくれたな」

「……そうするべきだと思っただけだ」


 別にお前の言いなりになったわけではない。

 そう思った鎮北守は、意味深に笑って「これからもその調子で頼むよ」などという八塩守へ背を向け、歩き出した。この場で用があるのは一人だけだ。

 だが、足音が続かない。


「おい」

「!はい」

「お前、来い」


 声をかけると、女拵方は今度こそ大人しく付いてきた。

 湯気の満ちた天幕の中、鎮北守からするとほぼ初めての、同じ拵方による二度目の調律が始まる。今日の出陣で負った疵が、流れ込んでくるあの清冽な霊力で補填されていく。不要な熱が洗い流され、一層心が静まっていく。鎮北守はその感覚を、ただ受け入れた。

 補填のみの調律はつつがなく終わった。女の手が離れていく。


「おい、女」


 調律の終わりを宣言する声を待たずに、鎮北守は振り返っていた。

 昨日の能面じみた無表情とは違い、そこには驚きを隠さない女の顔があった。


「お前、その力の使い方はどこで身につけた」

「……他の拵方と同じく、所縁ある神社で修行を積んだのみでございます」


 女が訝し気に返事をする。鎮北守は、それだけのはずがない、と思った。

 それならばどうやって、自分の霊脈を霊脈で殴るなどという真似ができたのだと口にしかけたが、その先を制するように彼女が口を開いていた。


「それとわたくしの名前は()ではございません。三ノ輪の伽耶と申します」


 今後もご指名になるならお見知りおきください、と言い切ったその声音は、最初に使い物にならないか否かは使ってから言え、と言ってきたあの声と同じそれだった。


「ではあらためまして、調律、終わりましてございます」


 三ノ輪の伽耶。鎮北守は脳裏で反芻する。妙に聞き覚えがあるその名前は、一体どこで聞いたのだったか。

 そんなことを思っているうちに、気づけば衝立の向こうで支度を終えた伽耶が一礼し、天幕を出ようとするところだった。


「伽耶」


 考えるよりも先に、鎮北守の口は動いていた。


「送る」


 まだ熱を持っている湯帷子を脱ぎ捨て、用意されていた手ぬぐいで全身をざっと拭うと、やはり用意されていた新しい装束を身に着けていく。本来は小姓が入ってくるのを待って行う作業ではあるが、そんな時間はなかった。

 身支度を整えた鎮北守は、なぜか固まっている伽耶の前に立ち、天幕を出た。

 外はすっかり宵の藍色に染まっており、篝火に薪が足されているのが見える。

 確か拵方たちの寮は道なりに行けばいいはずだ。制止する声がなく足音もついてくるので、この方向で合っているのだろう。

 と思ったとき、後ろの足音が途切れた。まだ曲道もない道の途中でだ。


「どうした」


 振り返れば、伽耶の視線がある方向を向いて固まっている。その視線の先を追うと――――丁度、虎尉守の天幕の布扉が開き、出てきた女拵方の手を虎尉守が掴んで引き留めているところだった。鎮北守の目からしても、その二人の距離感が主従というより男女のそれであるのは見て取れた。主に虎尉守が、発しているその秋波を感じ取ってのものだが。


(――――虎尉守)


 そうだ。聞き覚えがあるはずだった。

 三ノ輪の伽耶という名前を、鎮北守は八塩守の口からきいていたのだ。その時はなんの興味もなく聞き流していたが、彼女は「虎尉守のご専属候補」として挙げられていた。

 だがなぜか、伽耶はこうして、拵方の墓場ともいえる自分のところへ送り込まれている。

 立ち止まって彼らの様子を見つめる伽耶の硬い表情と、あの二人の様子を見比べた鎮北守の口は自然と動いていた。


「お前、奴らに利用されたのか」


 はっとした顔になった伽耶がこちらを向く。鎮北守は彼女のその表情に確信を得ると、無性に胸に湧き上がるものがあった。長く感じていなかったそれは、怒りだ。理不尽に対する、不誠実に対する怒り。鎮北守の足はその感情の赴くまま、つま先を虎尉守の天幕へ向けようとした。したが、そこで思わぬ制止がかかった。

 あの白い両手が、天幕へ向かわんとする鎮北守の腕を引き留めたのである。

 あまりに非力な引き留めであったが、その感触だけで鎮北守は歩みを止めていた。


「ちがいます。あの方は、り、利用など――利用は、利用しようとしたのは……わ、わたくしのほうです」


 伽耶の言葉が重なる。己の身を立てるため、ご専属になろうとしていたのは自分の方である、よって虎尉守たちは何も悪くない、と。

 訥々と紡がれていくその言葉の一つ一つが、鎮北守の中に降り積もっていく。

 胸を灼いていたあの怒りが、不思議と凪いでいく。


「ですから、お鎮まり下さい。鎮北守様」


 それは、伽耶の声があまりに切実だったためか。それとも。

 自分を鎮めたあの業の中に、独りで立とうとする伽耶自身の矜持を見たためか。


「道慈だ」

「え?」

「飛鷲道慈だ。シズモリノカミなど長ったらしい呼び方は好かん。お前もそう呼べ。行くぞ――――伽耶」


 再び前を向くと、伽耶の手が離れていく。吸い付くような柔肌の手。それを惜しむ気持ちが湧いたのを、鎮北守はあえて無視した。

 寮までの残りの道は、さして長くもなかった。板敷廊の大きな曲がり角を曲がってすぐ、接収された屋敷を使ったそれが見えた。

 鎮北守は寮の入り口で立ち止まる。ここから先まではさすがに御具足衆とはいえ立ち入れない。

 傍らの伽耶が草履を脱いで揃えるのを見ていると、不意に目が合った。


「あ、の……」


 なんだ、と鎮北守は目で問いかけた。


「ありがとうございました。ど……道慈、様」


 そう言うなり、頭を下げてそそくさと寮へ入って行く。その鎮北守から見れば小さな背中が、掲げられている燭の明かりの、そのまた向こうの暗がりへと消えて行く。

 その足音も遠くなってようやく、鎮北守は踵を返した。

 道慈様。そんな風に呼ばれるのは、何時ぶりのことだろうか。

 その声は鎮北守の胸中に、静かな風を齎した。残り火のような怒りの残滓が、とうとうその風の前に消えて行く。

 その夜、鎮北守はかつてなく落ち着いた心地で天幕の床に就いた。明日もまたあの手に、声に会えるのだと思うと、自分が彼女にいうべき言葉はもう決まっていた。


(伽耶――――お前だ。お前に、決めた)

 

 

 


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