二十二、御霊具足
崩壊した壁の向こうから、あの霧と日差しが流れ込む。一方御霊具足には目もくれず、白水守いわくの『特別製』霊犠怨怒は猛々しい咆哮と共にその大穴から飛び出していった。
白水守の御霊具足が、壁という支えを失い崩落を続ける洞窟からその後を追って飛び出していく。
『早くしないと、そこが墓場になるよ。いや、もう墓場なんだけど!ははは』
『待て!!』
『三岐守、怪我人がいる』
『くそ……!――――離脱するぞ!』
飛び立つ二機の御霊具足の背後で、霧と土煙をないまぜにして洞窟だったものが完全に崩れ去る。二機はそのまま上昇を続け、雲海のような霧を裂いて、山の頂上までくると着陸した。
「三岐守様!祖父ちゃんが――祖父ちゃんを、お願いします!」
「離れていろ!」
跪かせた具足の胴丸から手のひらを経由し跳び出した三岐守が、鎮北守の機体の手に抱かれた七郎左へと駆け寄る。同じく鎮北守の機体の手から降りた虎尉守が、七郎左に取り縋っている七呉を引き離した。入れ違いに駆け寄った三岐守がすかさず手をかざす、が。
「ッ……これは」
思わず顔を顰めた三岐守に対して、か細い声がかかる。
「……およし、ください」
「!祖父ちゃん!」
「七、呉……」
薄っすらと目を開ける七郎左に対し、七呉は手をかざし続ける三岐守の傍らに跪く。そんな七呉へ、七郎左は口元から血を零しながら目を向けた。
「儂ぁ、ここまで、だ」
「なに言ってんの!?」
「臓腑に骨が、もうッ……」
背けた顔の横へ、げほ、と血の塊を吐く七郎左。蒼白になった七呉が隣の三岐守を縋る目で見るも、彼女は手をかざしたまま険しい表情のままである。その三岐守の手を、ふらりと持ち上がった七郎左の手が除ける。
「祖父ちゃん!なにして」
「七呉、聞け――――因果だ、これは」
ひゅう、と隙間風のような呼吸音を漏らしながら、七郎左は続けた。
「かつて、儂は……足軽の……屍が、運ばれてるのを、見た……見ていた」
「!」
「その時、だ。もう……ここには、いれないと、そう直感、した」
「祖父ちゃ」
「逃げたんだ……儂は。お勤め、からも、冴嶽、さまっ…らも、なにも、かも……」
「もういい、もういいから喋らないで……!」
声が途切れ、再び七郎左の口から血があふれる。それでもその血を噛みながら言葉を続けようとする姿に、七呉が涙ながらに首を横に振るのを、七郎左は厳しく睨み据えた。
「だが、お前の、お勤、めはッ……まだ、続いて、る」
ぜい、と胸を喘がせながら、それでも。
「立て。立って、打ち勝て、七呉」
「祖父ちゃ……」
そこで初めて、七郎左の瞳が動いた。その眼差しの先には、七呉の背後でその肩を支える虎尉守がいる。血に濡れた唇が、ただ戦慄くように、微かに動いた。
「……あとは……」
虎尉守が確かに頷きを返した。そこでふ、と笑みを見せた七郎左の目から――――光が途切れた。
「じいちゃん……?」
山頂のなにも遮るもののない風に、七呉の茫然とした呟きが流されていく。
「――――いやだ……いやだああ……!!」
七郎左の野良着の肩を掴み、七呉が泣き崩れる。三岐守がその手を拳に変え、虎尉守の伸ばした手がそっと七郎左の瞼を下ろさせた。
「……私は黒綱を追う。彼奴が霊犠怨怒を放つだけで満足したとは思えん。捕らえ吐かせるか、さもなくば、討つ」
立ち上がった三岐守が、自らの刀を僅かに抜き、鍔を自分の鞘の口金へ打ち付け、その金属音の余韻が消えぬうちに踵を返す。その足取りは迷いなく、顕現させたままの自身の御霊具足の上へと飛び乗り、胴丸へ身を収めた。
「……七呉」
虎尉守の声にぴくりと肩を震わせる七呉。七郎左の体はまだ温かい。泣き続けていれば叱り飛ばすあの声が聞こえてくるかもしれないと、七呉に一瞬の錯覚を抱かせるほど。けれど、彼女は取りすがっていた七郎左の亡骸から身を起こす。鎮北守の御霊具足が動き、その亡骸をそっと地面へと下ろした。
『先に行く』
通信音にキン、と澄んだ金属音が入り、二機の御霊具足は飛び立っていく。
風が吹く。立ち上がった七呉の袴を、七郎左の血で汚れた袖を翻す。白水の山はすっかり秋の色で、霧の白、山毛欅といった木々の琥珀色を日差しが照らし出している。そこに虎尉の紅葉のような鮮烈な彩りはなく、ただ、静けさがあった。
「御手を」
「七呉」
背を向けたまま、手元で顔を拭う仕草を見せた七呉は虎尉守へ振り返る。
「お供します、私も」
火傷痕の残る手を差し出す、その腰元で印籠が揺れ、髪を結う組紐が翻る。
涙が束ねた睫毛が日差しに艶を帯びている。そしてその奥には、昏い決意を秘める濡れた黒が覗いていた。
「……いいんだな」
「はい」
七呉のその眼光に、虎尉守は一瞬痛みを感じるような表情を見せた。しかし差し出された彼女の手を取り引き寄せると、御霊具足を顕現させる光りが溢れ、二人の姿はその光りの中へと消えた。
一方、先行する三岐守らは、鎮北守の広域索敵能力を使い白水守を追跡していた。あの崩落した洞窟から一直線に沖合へ奔った霊犠怨怒の痕跡は、突き破られたように乱れた海霧と妖気に残されている。そこから上空へと昇った鎮北守は、数十メートルを超える巨大なマストが今まさに倒れようとしている様を視認した。海霧の中にちかちかと砲火が瞬き、遅れて砲撃音が連続するもいずれも霊犠怨怒を突き破りこそすれ、瞬時に復元させる。無意味なのだ。霊力を帯びた武装――――御霊具足でなくては。
物理にまで干渉できる霊犠怨怒による、一方的な破壊と殺戮が近代兵器の粋とも言えるだろう蒸気フリゲート船を舞台に繰り広げられている。海霧に、そのほとんどを覆い隠されながら。
『三岐守、艦隊と霊犠怨怒を発見した。黒綱は――――旗艦の傍だ』
三岐守へ座標を送った鎮北守は、霊犠怨怒に襲われる艦隊とそれが見える位置に陣取った白水守に目標を固定し、『矢』をもって強襲を開始した。
その『矢』を追い駆ける形で、大長巻を振りかぶった三岐守が吶喊する。
『黒綱ァアア――――!!!!』
『なんだ。もう追いついてきたのかい』
しかし白水守は素早く機体を回転させ『矢』を避けると、続く三岐守の突撃も刃に刃を滑らすことでいなしてしまう。
『いいところだったのに――そら、最新鋭の艦が真っ二つだ』
『お前もそうなる』
『それはどうかな?』
鎮北守の静かな声に笑みを帯びた声が返る。徐に鎮北守が上空へ向け放った『矢』が光の筋となって瞬き消えて行く。
『へえ、そんな使い方もできたのかい』
その光の筋と入れ替わりに、ちかりと光り彼方から突撃してくる虎尉守の機体。胴丸の中には虎尉守と七呉の姿がある。霊犠怨怒が作る海上の地獄絵図を背景に、胴丸の中の白水守は不敵に笑った。
『黒綱主計清安――――!!』
虎尉守の振りかざした大太刀の斬撃が前方から、右手から三岐守の刺突が白水守に襲い掛かるが、網目を縫うような細やかな動きで上昇しこれを回避する白水守。間髪入れず飛来する鎮北守の『矢』が直撃しそうになるのを、大袖の一枚を犠牲にしてかわし、その急回転と重力を利用した急降下で虎尉守の背後から襲い掛かる。
『ははは!本物の戦とはこういうものか!楽しい、楽しいなあ!』
その得物は二振りの――人に換算するなら――小太刀といえるだろう刀。虎尉守はこれを大太刀の薙ぎ払いで迎え撃ち、ぶつかりあう刃と刃の間で火花が散る。
『ねえ月山!あの艦隊が全滅したら異国はどう出ると思う?もっと本物の、もっと大きな戦がくるぞ!』
『ッ狂人が!!』
激昂する虎尉守が滞空を維持する片方の噴射をあえて止めることで態勢を急転回させ、白水守を叩き落す。
『おおっと』
『貰った!!』
三岐守の長巻の一振りに、あえて急速噴射をしてその懐に飛び込んだ白水守の蹴撃が三岐守の胴丸を捉えた。
『ぐ、あ――!』
『三岐守!!』
具足の重みに重力と急加速の負荷がかかった衝撃に、耐えきれず落下する三岐守。
「紅様!」
胴丸内では血の混じる呼気を吐いた三岐守のうなじに両手を重ねた羽鶴が、その場で霊脈を重ね三岐守の霊脈を補填しようとする。その上空で勢いをつけ飛翔した白水守は虎尉守の脇をすり抜け、こちらに向かって『矢』を番えた鎮北守を強襲。すると見せかけ、一直線に並んだことを利用し、『矢』の一撃をすり抜け虎尉守へと向かわせる。
『!!』
虎尉守は寸前で回避するが、大袖の一部が破損する。さらに白水守は次の『矢』を番える間を与えずに足元から鎮北守へと肉薄する。
『随分お淑やかになられたものだ!あの鎮北守ともあろう御方が!』
『貴様はますます喧しい』
あくまで遠距離攻撃に徹しようとする鎮北守を挑発しながら、その脛当に傷痕を残していく白水守へ鎮北守は応えない。
『大事なものを抱え込みすぎてるんじゃあないのかい?腕は二本しかないのに、ねえ!』
さらに追撃しようとする白水守の背後から虎尉守が迫る。
『何も持たないやつが言いそうなことだ!』
『心外だな。私はちゃんと選り分けてるさ――――!』
再度斬り結ぶ二機。虎尉守は猛攻を仕掛けるが防御に優れた小太刀の構えを突き崩せない。
『御霊具足の扱いにしたってそうだ。何をそんなに出し惜しみしてるんだい?拵方さえいれば、いくらだって直せるものを』
『貴様、ご専属を持ちながら』
『だったらなんだい。具足一式顕現させるために、どれほど屍が積み上げられたかも忘れて!いまさら、神の造化物のように扱うのと!まっとうな殺戮兵器として駆動させるのと!どちらがまともだと思う?ねえ――――始まりの五将家、鬼能家の姫君!!』
急上昇してきた三岐守の一撃を、白水守は宙返りでかわす。
『教えてあげなよ!鬼能家がなにをして、どうやって御霊具足なんてものが生まれたのか!』
『黙れ――――』
『魂鋼を持つ者と持たざる者がどうやって産まれたのか!!』
『黙れ逆賊!!』
『酷い言われよう!ああして異国の艦隊を滅ぼしてあげたのに!君たち五将家が御霊具足を生んだように、自分の子供たちを刀の魂へ捧げたように――――他者の命を兵器へ費やしてさあ!』
白水守の哄笑が響く。既に艦隊は旗艦をはじめ全滅しており、脱出船らしきものすら暴れる霊犠怨怒にその悲鳴ごと喰い散らかされていた。胴丸内では目を見開いた伽耶が、それでも鎮北守の肩に触れる手に力を込める。唇をかむ三岐守のうなじへ、共に痛みを感じている表情で羽鶴は手を重ね続ける。そして虎尉守の胴丸では。
「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと……」
七呉が、虎のように低く唸った。
「だから自分は正しいとでも?刀は斬るために生まれたから人斬りが正当化されるとでも……!?」
「七呉」
「ふざけんな!道具の在り様は道具が決めるんじゃない、使い手が決めるんだ!!――――なにぼさっとしてるんですか虎尉守様!早くあんなの討ち落として下さい!!」
吠えたてる七呉に一瞬目を見開いた虎尉守が、笑みを深めた。
「任せろ」
『なんか元気な声が聞こえたなあ。冴嶽のお姫さまかな?』
白水守の笑み交じりの声が聞こえる。
『君も魂鋼さえもっていれば……身請けされた遊女の子だろうが、冴嶽は手放さなかったろうにねえ!』
「やかましい!私は千代見の七呉だ!!」
叫んだ七呉が虎尉守のうなじに両手を重ね、霊脈を励起した。自身のありったけの霊力を注ぎ、外傷分損なわれている、虎尉守の霊脈箇所を補填していく。
『霊脈全励起、最高速駆動開始』
虎尉守の呟きに呼応するように、噴射口が青い火を噴いた。
「離れるなよ、七呉」
「言われるまでも!」
『そう、かい。いいよ、おいで――――!』
白水守が狂喜の笑みを浮かべて構えた瞬間、不意に太陽を背に接近する機影を探知機が確認する。
『!?』
『三対一。大勢は一目瞭然。なれば――――大きな流れに身を任せるのが灘流です』
大周りで急降下してきた瀬筒守の一撃が、咄嗟に胴丸を守ろうとした白水守の刃の一振りを圧し折って過ぎ去る。
『灘ァ!!』
『よそ見とは余裕だな』
肉薄した三岐守の大長巻による袈裟懸けを、白水守は残る柄ともう一振りの二つで受け止めるが、代償として動きが止まる。そのすきを逃さず放たれた『矢』が、白水守の背面の噴出口に直撃した。
『ぐッ』
滞空力が減衰し、三岐守の勢いに押され完全に態勢を崩し急降下する白水守の機体。それでも足元の噴射口で姿勢を保ち再び上昇に転じようとするも。
『遅い』
最高速度で瞬時に距離をつめた虎尉守の刃が、白水守の兜の前立て中央を断つ。
『ッ――――こ、の』
白水守は僅かな刃の残る小太刀だったものともう一振りを、その食い込む大太刀の棟へ叩きつけようとする。しかし振り上げた両手は、そのまま下降してきた三岐守、上昇に転じた瀬筒守に斬り捨てられる。大太刀の刃は火花を散らしながら、さらに噴射力を増し、ついには縦一文字に白水守の機体を斬り裂いた。
「――――あ、ああ……もっと……楽しみ、たかった、のに……」
両腕を失い、胴丸に深い傷を負った白水守の機体は、逆さに墜落していく。
砂嵐が混じる機外の景色に手を伸ばしながら、額と上体を赤く染めた白水守が薄笑う。
「英直……」
「なんだ」
「お前の知る地獄ってやつは……ここより、もっと、楽しいかい?」
だが映像すら途切れ、胴丸内にはその亀裂から入った光だけが残る中、白水守は佐治がペッパーボックスピストルの撃鉄を上げる音を聞く。
「地獄などない」
佐治は胸元から取り出した、十字架のペンダントを引きちぎった。
「俺とお前は死んで無となる」
「そうか、それは……二度と退屈しないなら、それもまた、い、い……」
十字架を握った手で事切れた白水守の躯を抱き寄せた佐治は、もう一方の手で持っていたペッパーボックスピストルで自らの頭を撃ち抜いた。
霊力を失った御霊具足は急速に空中分解され、二人の人間だったものが艦隊と船員たちの残骸漂う海へと落ち、その一つとなって波間と海霧の中へ消えて行った。
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