二十一、崩落
「やあ、とうとう来てしまったね」
頭を下げる黒綱らを脇に、悠然とした足取りであらためて一行と大首塚の前に立つのは八塩守、幡川吉右衛門匡芳とそのご専属の花路松實だった。さらに祢鼓谷の忍が猿轡を噛まされた七郎左を引き立てている。
胎動する大髑髏の成り損ないを背後にしても、八塩守はまるでそこが園遊会の一席であるかのようにいつも通りの柔和な笑みを浮かべていた。
対照的に三岐守が歯噛みし、その笑みを睨みつけても、なお。
「八塩守、貴様、このことをッ!」
「知っていたとも。勿論。この幡川が神州の表裏を把握していないとでも?北の果ての三岐や鎮北道には知らされる必要がないことでも、八塩の主はそうもいかない」
まったく大変だよ、と穏やかに苦笑する八塩守の横で、花路はそんな主を労うようにいつものように微笑んでいる。
「疑問はないのかと、僕に聞いたのは君だろう三岐守?あるはずもないさ。君たちの権威を、六将家の威光を維持するための茶番なんだから」
「人の命を使い潰す茶番がどこにある!!」
「心外だな。人が人を殺していた頃の戦よりは、大分まっとうな使い道だと思うよ。そのためのごく僅かな犠牲さ。さて」
八塩守の一瞥を受けた忍が七郎左を引き立て、八塩守の前へと無理やり跪かせた。
じいちゃん、と声を震わせる七呉が今にも飛び出していきそうなのを、その腕で阻んでいるのは虎尉守だ。
ぱん、と場を仕切り直すように八塩守の手が拍を打つ。
「お喋りはこのくらいにして、交渉といこう。僕がほしいのはそちらのご専属三人だ」
「なにを……」
「この条件を呑んでくれるのなら、このご老人――――千代見の七呉の祖父は解放し、君たち御具足衆三人も無傷で帰すと約束しよう。呑めない、というのなら」
すらりと抜かれた八塩守の腰の打刀が、七郎左の肩へ乗る。
「これから先の霊犠怨怒には、哀れご専属の家族、と当代きっての三武者が加わるという悲劇が起こる」
「ッ……!!」
絶句する三岐守たち。その瞬間、戒められていた七郎左が自ら刃に向かって首を滑らせんとしたのをすかさず忍の縄が戒め、間一髪で八塩守の刃も退いた。
「おっと、本当に気の強い御仁、だ!」
「グッ!」
八塩守の振るった刀の柄尻が七郎左のうなじに落ち、七郎左は僅かな呻きを上げて前へと崩れ落ちる。七呉の悲鳴が反響した。
「祖父ちゃん!!」
「気絶させただけだよ。僕だって本来、この方をこんな扱いにはしたくなかった……かの先々代虎尉守にして冴嶽先代当主、冴嶽虎尉之介胤継殿のご専属、かの葛山七郎左殿ともあれば」
でも招待に応じていただけなかったからね、と、何でもないことのように語る八塩守に対して、七呉は呆然と呟く。
「冴嶽様の、ご専属……?祖父ちゃんが……?」
「それも知らされてなかったのかい。やれやれ、いくら母御が卑しい身の上とはいえ、哀れだな。冴嶽の姫ともなれた子が」
「――――」
「耳を貸すな、七呉!」
動揺の抜けきらない七呉へ次々浴びせかけられる言葉から彼女を守らんとするかのように、虎尉守が自らの後ろへ七呉を押しやる一方で、八塩守はそんな姿にも呆れたようなため息を吐く。
「月山、彼女の無知は君の責任でもあるよ?せっかく黒綱が知らせてあげようとしたのに、耳を貸さなかったそうじゃないか」
「黙れ……七郎左殿を解放しろ、外道ッ」
「僕の条件は言ったじゃないか。その三人ともこちらに寄越せば、すぐにでも解放しよう――――ねえ、三ノ輪の伽耶」
「っ」
びくりと身を竦めた伽耶に対して、八塩守はあくまで穏やかに微笑みかける。
「三ノ輪家といえば白水の舟運で知られた廻船問屋だそうだね。商人とはいえ、君もお家や家族は大事だろう?」
「っ……!!」
「羽鶴亀子。君は祢鼓谷の家臣たちを殺してしまったから無罪放免とはいかない。でも、三岐守は無事に帰してあげるよ。幡川の名にかけて、約束する」
「―――……」
にこやかに、ゆるやかに、けれど確かにその首を絞めるように拵方たちへ圧をかけていく八塩守。その姿へ、いままで沈黙を守っていた鎮北守が口を開いた。
「拵方を増やして、何をする」
「何も?――――ああ、君たちには戦働きを期待する。これまで同様にね。そうしている間は彼女たちは僕の拵方組の一人として尊重された暮らしを送ると約束しよう。里帰りはできないが、まあ、田舎暮らしより幡川の皇都屋敷の方が住みよいことは保証するさ」
八塩守はにこにこと笑いながら答えると、忍に引きずり起こされ力なく項垂れつつ跪く七郎左の首へ、あらためて刃を宛がった。
「黒綱、大首塚を起動するんだ」
「畏まりまして」
するりと八塩守の後ろを抜けて大首塚の傍らに着いた白水守が、その手をかざして浮かび上がった方位図のような操作盤を調整し始める。途端に、大首塚から不気味な鳴動が発せられ空間全体を震わせ始めた。大首塚上の霊犠怨怒の幼体もまたその胎動を激しくする。
「さて、長話もここまでとしよう。千代見の七呉、三ノ輪の伽耶、羽鶴亀子。君たちの答えを聞かせてくれるかな」
禍々しい光を帯び始める大首塚の妖光に照らし出され、その逆光へと沈む八塩守の笑みが、七呉へと向けられた。
「……」
ふら、と前に進みだそうとした七呉の手首を、虎尉守は咄嗟に掴んで引き留める。
「行くな七呉!罠だ」
「っでも」
「罠なんてあるものか。かなり上等な条件をあげたのに……仕方がないな。松實」
「はい、吉右衛門様」
「十、数えておくれ」
「はい、十」
「わた、くしは」
「よせ、伽耶」
「九」
「でも、お家が」
「八」
「お家はわたくしにとってッ」
「七」
「動くな、亀子」
「紅様……」
「六」
「行くな、七呉」
「五」
「……はなして」
「四」
「っだめだ!」
「三」
「放してください!祖父ちゃんが!」
「二」
「……一」
「……はあ、やれやれだ」
笑みを消した八塩守の、うんざりしたような声が響く。
「正直、君たちには失望した」
ひゅ、とその腕が振りかぶられた。
「祖父ちゃん!!」
悲鳴と共に上がった血飛沫が、ぱた、た、とむき出しになった岩肌の上に滴り落ちる。
「…………ぅ、ん?」
「そうそう、忘れておりました」
自分の左胸を貫く血刀を、口端から血を零しつつ見下ろす八塩守。その背後から、涼しい声が響く。
「此度の霊犠怨怒は特別製にて……武者の首が一つ、入用なのですよ。八塩守殿」
「くろ、づ――なッ」
戦慄きながら振り返った八塩守の目に映るのは、いつも通り涼しく微笑む白水守。
途端、刃が体内で回され、横へと切り裂かれた八塩守は自身の刀を取り落とし、頽れていく。
「き、吉右衛門様ッ!!」
花路の甲高い悲鳴が上がるも、次の瞬間にはその喉首が切り裂かれ血しぶきが上がっていた。
「あ……」
なおも脈打つたびに噴き出る血をそのままに、倒れた八塩守の手前に跪き、花路はその手を事切れた八塩守へと伸ばそうとする。だが、その指先が八塩守の髪に触れる否かで、彼女もまた倒れた。
「ああ、よかったですね。芸者上がりの拵方でも、幡川の御曹司と添い遂げることができて」
「く、黒綱様ッ!ご乱心召されたか!」
突然の凶行に七郎左の縄を持っていた忍が声を上げるも、彼の場合それが最後の言葉となった。袈裟懸けに斬り捨てた白水守は、返り血塗れになりながらもその涼しい顔を崩さない。
「失礼だな。私はいつだって至極まっとうだよ――――英直」
「!伏せろ!!」
三岐守の声に被さるように、銃声が響く。佐治が懐から抜き放ったペッパーボックスピストルが、次々に困惑し立ち往生していた祢鼓谷の忍たちを正確無比に撃ち殺していった。
硝煙の漂うその間、振り上げられた白水守の刃は八塩守と花路の首を容易に斬り落とし、まだ温かい血が滴るそれの頭髪を無造作に掴み上げる。
「ん、撃ち尽くしてしまったのかい」
「ああ」
銃声が止んだ頃には、血に塗れた白水守と対照的に返り血一つない佐治だけが立っていた。伏せていた三岐守たちの目の前で、佐治は空になった銃身に再び火薬とパッチ、鉛玉を詰め、槊杖でそれを詰めるという作業を始める。一連の動作は淡々としてよどみがない。
「黒綱……貴様、一体何を」
「何をといわれましても、ご覧の通り。お助けして差し上げたのですが?」
三岐守の驚愕が抜けきらない声へ、白水守は生首片手に飄々と答える。
「まあ、これが入用だっただけともいえますが」
そうして無造作に、手にしていた生首を背後の湖へ投げ入れる。僅かな水柱をあげ、ぷかりと芥のように浮かぶ八塩守たちの首だったもの。途端に、静まり返っていた湖はその色を赤く染め替え、大首塚上の霊犠怨怒の胎動が一層早まる。
霊犠怨怒の本体、怨霊たちの集合体である大髑髏がその形を成しはじめるが、その目の奥は湖のように赤く輝き、額からは常のものにはない禍々しい角が生え始める。
「霊犠怨怒が……!」
「霊犠怨怒の始まりは、戦国末期追い詰められたとある小国の領主が自ら呪毒を呷ったことに端を発すると伝わっております。この首級を獲った者に災いあれ、とね」
産まれ落ちる、否、産まれ出る霊犠怨怒の絶叫が洞窟内に木霊する。空間全体を揺るがすようなそれに、七呉たちは思わず耳をふさぐ。
「果たして領主の思惑通り霊犠怨怒は産まれ、かの国を攻め滅ぼした家門は一族郎党屠り尽くされたとか。祢鼓谷家は密かにその最初の首級を回収し、呪毒を研究、分析した成果がこちらの大首塚です。霊犠怨怒の発生地、標的、日時までもを指定できる優れモノ。燃料は人の生首と、少々入手が面倒なものではありますが」
淡々と語る白水守の頭上で飛び回る霊犠怨怒は叫び声を上げながら、どこかへ出ようとするかのように洞窟の壁にぶつかり始める。本来霊的な存在である霊犠怨怒なら抜け出られるはずのその壁は、崩れ始めることはあっても霊犠怨怒を通り抜けさせない。暴れる霊犠怨怒に洞窟が崩壊を始める。
「まあ、もう用済みだし。塚は塚らしく、土の中に還ってもらうさ。英直」
冷笑する白水守の傍らで弾込め作業を完了させ、雷管を被せ終えた佐治が手のひらを差し出す。白水守はその手を掴み、七呉たちの目の前で御霊具足を顕現させる。ともに光の中へ消えた佐治の姿も、胴丸内にあった。
「祖父ちゃん!」
『おっと、踏みつぶしてしまいそうだ。私がするまでもなく、このままだと岩の下敷きだろうけどね――――』
そう言って飛び立つ白水守の機体は、大首塚からの光を浴びながら霊犠怨怒がぶつかり続ける岩壁へと近づき――そこを斬り砕く。轟音と共にさらに落石が降り注ぐ中、虎尉守の腕を振り払い七呉が駆け出す。
「!七呉、待てッ!」
「道慈様!」
「亀子!」
焦り後を追う虎尉守らの背後で、伽耶と三岐守の差し出された手に重なる鎮北守と羽鶴の手。光があふれ、顕現した御霊具足二機。白水守らと同様に、三岐守、鎮北守らも羽鶴と伽耶を胴丸内に連れている。
そんな中、七呉の目の前で落石が大首塚を直撃し、首のなくなった死体ごと倒れている七郎左に降り注ぐ。
「ッいやだ!祖父ちゃん!!」
落石の山となったそこへ縋りつく七呉。その更に頭上へ落ちかけた石から、虎尉守が寸でで七呉を引き離した。二機の御霊具足が瓦礫の山を除け、その中から七郎左を救い出す。鎮北守の機体の手に載せられた七郎左に縋りつく七呉。虎尉守もまたもう一方の手に飛び乗った。
なおも白水守と霊犠怨怒による破壊活動は続いており、すでにもと来た道は多くの通路用だったのだろう穴は落石で塞がれていた。
『黒綱ァ!貴様一体何が目的だ!!』
背後から斬りかかる三岐守。だが白水守は寸前で急転回し、三岐守の長巻の一撃は岩肌を砕く。
『危ないなあ。ただこの霊犠怨怒を解き放ってあげたいだけさ』
さらに霊犠怨怒がぶつかり、とうとう岩肌の向こうから光が差し始める。
『君たちは知らなくて当然だけど……いま、この白水の沖合には異国の艦隊が秘密裏に配備されている。いつでもこちらを攻撃できる状態でね』
『!?』
『おっかない話だろう?化け物みたいな最新式の軍艦さ。だから、こちらも最新式の化け物をぶつけてやろうってわけだ』
『何故、貴様がそれを知っている』
鎮北守の冷静な問いに、白水守は笑みを深めた。
『なんでだと思う?』
『――――ッ蝙蝠め……!』
三岐守の毒づきに、白水守の哄笑が響き渡る。
『よく解ってるじゃないか』
壁が崩落した。その場のすべてを暴き出すように、光が差し込んだ。
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