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白虎の調律役  作者: gen.


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17/23

十七、闇来る





 手ぬぐい衆を見ることがなくなった。いや、いるにはいるが、数が少ない。

 七呉はあらためてすべての御具足衆にご専属が付き、自分もまたその一人になったのだということを実感していた。ご専属の第一優先事項は調律にあるため、お清め調べは他の御具足調役に任せるように、と花路から言い含められていたのもあり、七呉の手にいつもの濡れ布巾はない。

 それが七呉を一層落ち着かない心地にさせた。お清め調べが終わるまで、七呉は動けないのだ。胴丸の中の虎尉守と同じように。

 やがて胴丸以外の梯子が外され、組頭の「虎尉守様、お清め調べ仕上がりましてございます」との声に胴丸から身を乗り出した虎尉守が梯子を下ってくるのが見えると、自然、そちらへ向かう歩みは小走りとなっていた。

 御霊具足が光の粒となり、両手の魂鋼へと収束されていく。七呉が虎尉守の三歩手前で立ち止まるのと、御霊具足を仕舞い終えた彼が振り返るのはほぼ同時だった。

 突然、視界がぐんと持ち上がる。


「!!ちょっ」

「約束は果たしたぞ」

「解りました!解りましたから下ろしてください!調律!調律残ってますから!!」


 虎尉守の肩を叩きながら、半分は悲鳴のようだと我がことながら七呉は思った。

 くすくすと笑いながら通り過ぎていく他の御具足衆とご専属たち、そして覆面をしてても解る他の拵方たちの驚愕の視線に晒されて身の縮む思いがする。

 この感覚だけは何度味わっても慣れる気がしない。慣れたくもない。

 七呉の仕事は、これからなのだから。


「――――毎回毎回ご帰陣のたびにあれをされては困ります。お控えください」

「あれとは?」

「解っておっしゃってますね」


 七呉の口元が引きつる。ばしゃん、と乱暴な音をたてて虎尉守の両肩に湯がかかった。

 それすらも楽しそうにくつくつと虎尉守が笑うので、どうあってもこの男は自分を困らせたいのだなと七呉はこめかみに青筋が浮かぶのを止められなかった。それでも仕事は仕事だ。うなじと肩に湯をかけ終えれば、うなじの上へ両手を重ねる。


「始めます」

「ああ」


 浮かび上がった互いの霊脈が近づき、重なる。もうその呼吸まで覚えてしまった。

 流し込んだ霊力が、虎尉守の霊脈に着いた細やかな傷や損耗を癒していく。


「……御手を」


 両手を両肩へと分けて滑らせた七呉の声へ、虎尉守は素直に両手の平を上げた。七呉は両腕を伝い、その両手を重ね合わせる。

 それは本来なら、必要のない動作だった。霊力の流し込みだけで細かな補修は行える。

 霊脈を完璧に重ねあわせ呼吸を合一させる必要がなければ、刀身武者の急所ともいえる魂鋼に拵方とはいえ触れる理由はない。

 だから七呉は虎尉守が指を絡めるように握ってきても、今日ばかりは文句も言わずに好きにさせた。これから自分がしようとしていることにくらべれば、その程度は受け入れてしかるべきだった。


(……一、二、三……)


 完全に重なった霊脈と魂鋼を通じ、七呉は御霊具足の機体の記録を遡り始める。一方で虎尉守の親指が、七呉の親指の爪の形をたしかめるように撫でていく。そこには七呉に触れられることが嬉しいといわんばかりの魂の『声』が木霊していた。満ち足りた虎尉守の『声』を聞きながら、七呉は黙々と記録を確認していく。自身の後ろめたさを、この時ばかりは無視しながら。

 だが、七呉が無視をしたとしても、七呉の『声』を聞いている相手がそうとは限らない。


「どうした?七呉」

「……何がですか」

「お前ほどではないが、俺とてお前の『声』が聞こえる。何がそんなに気がかりだ?」

「……明日もご出陣があるのかと思って」

「明日はない。また一日空けてからだ」

「そう、ですか」


 数は数え終わった。握られたまま虎尉守の前へと引かれた七呉の腕は、自然と彼を後ろから抱きしめるような姿勢になる。甘えるように首を傾けてくる虎尉守を、七呉は拒まなかった。両手を握り返し、自らも首を傾けてその髪に頬を寄せる。

 これが彼を守ることになるのだと、いまはただ自分に言い聞かせて。ただ出陣を案じる、恋人の真似事をする。真似事――――そう、これは真似事だった。

 七呉は自分の心がここにないことを知っていた。どれだけ言い訳を並べ立てても。それが事実だった。

 七呉は夢を見ない。どれだけの熱で、想いで、求められているか知ったとしても。

 夢を見ない代わりに、自分のできる手を尽くすことを選んだのだから。

 虎尉守の濡れた肩の温度がこれ以上自身へ伝わる前にと、静かにその手と腕を解いて、体を離す。


「もう行くのか」

「お勤めは終わりましたから」

「本当につれないやつだ。お前は」

「さっさと飯食って寝てください」

「送る」

「結構です。いいから飯食って寝ろ」


 体を離せば、いつも通りの二人に戻れる。衝立の向こうで手早く身支度を整えた七呉は、苦笑する虎尉守にきちんと着替えて食事もとるよう、重ねて念押ししてから天幕を後にした。

 つま先が向かう先は寮である。寮に真っすぐ向かっている、はずだった。

 しかしつま先は途中で止まり、板敷廊の角を曲がる。そこへ近づくにつれて、七呉は自身の左胸の鼓動が大きくなるのを感じていた。

 やがて辿り着いた三岐守の天幕前では、羽鶴の白い顔と首とが、暮れ始めた薄暗がりの中にぽつりと浮かんでいた。彼女の黒々としたおさげ髪に縁どられたその顔は、いつも通り、人形めいた無表情である。 


「お待ちしておりました」


 七呉に向かって一礼したあと、羽鶴はこちらへ、と天幕を潜る。七呉は見えない力で背中を押し出されるような気分になりながら、羽鶴の後へと続いた。

 天幕の中にはすでに伽耶が到着しており、心なしか七呉の姿を見ると安堵したように眉尻を下げた。伽耶と対面する形で、三岐守は折り畳み式なのだろう机を設えており、そこに紙や硯、筆、算盤といったものが広げられていた。

 彼女はすでに湯帷子から陣内用の軽装に着替えており、七呉の姿を見るとその鋭い目元をいくらか綻ばせた。


「よく来てくれた。そこに座るといい」


 三岐守に促されるまま、七呉は伽耶の隣の床几へ腰を下ろす。


「早速だが、聞かせてくれるか」

「……はい。虎尉守様が討たれた霊犠怨怒の数は――――」


 七呉の報告は短く、三岐守は聞き終えるなり算盤を弾いた。しばし珠算の乾いた音が響き、次いで筆を取った彼女が紙へ正の字を書き込んでいく。そしてその数に比例して、彼女の眉が寄っていった。やがて筆を置いた三岐守が、空いた手で眉間を揉む。


「あの……三岐守様?」

「――――同じだ。やはり」

「同じ……?」


 七呉たちの声に、重苦しい響きの三岐守の声が返る。


「この前の前の戦の出陣で出た死者や行方知れずとなった者たち。それと霊犠怨怒の数が比例している」

「!」

「ぐ、偶然では?」


 伽耶の動揺を映したように、灯明の明かりが揺らいだ。

 しかし三岐守の表情は揺らがない。


「私がなぜ霊犠怨怒の群れ、と言っていたかわかるか」

「それは……」

「これは一度や二度ではない。前々回の戦で出た行方不明者と死者の総数がその時出現する霊犠怨怒の総数と合致する、などということが六度を数えたものは果たして偶然といえるか?今回も完全に合致すれば、七度目となる」

「……」


 沈黙する七呉たちを置いて、「亀子」と三岐守が短く呼びかける。

 楚々と進み出てきた少女は、この結果を聞いても相変わらず無表情のままだった。


「はい、紅様」

「今日の出陣で出た足軽たちの死者と行方不明者の数を調べろ」

「畏まりました」

「無論、明後日の数もだ」

「はい」


 三岐守の一言ごとに、天幕内の空気が重みを増していく気がする。知らず生唾を呑み込む七呉たちへ一礼して、羽鶴は天幕を出ていった。


「あの、羽鶴さん、調べるって……」

「……ああ、言っていなかったな。あれはご公儀隠密だ」

「!」

「私に密命を下された方との連絡役でもあるが、主にああして陣内を調べさせている――さて、よく知らせてくれた。貴公らはもう休みなさい」


 戦死者を管理する台帳は、戦場となった地の州公――今回の場合は祢鼓谷家――の陣内でご祐筆係が記録しているはずだ。それに対してああも易々と調査を命じ、承諾する迅速さからみて幾度も繰り返されてきたのだろうことは明白だった。

 まして、ご公儀隠密、今様の忍びなどという単語をさも当然のように聞かされた日には、それだけで七呉たちの頭の許容量を完全に超えてしまっていた。

 三岐守の天幕を出た二人は、とぼとぼと寮への道を歩きながらどちらともなく口を開いた。


「なんだか……とんでもない事態になって参りましたわね」

「……そうですね」

「道慈様……」


 伽耶の独り言のような呟きに、七呉も虎尉守の天幕の方を思わず振り返るが、篝火の向こうには暮れ時の薄闇が迫るばかりであった。



 黄昏時。華やかな陣内屋敷が広がる本陣内と反して、足軽たちが休む陣の外の陣小屋は今日を生き延びたという安堵感と、明日はどうなるか知れないという緊張感が入り混じる複雑な空気が煮炊きのにおいに混じって流れている。

 そんな中、濃鼠色の装束に着替えた羽鶴は、祢鼓谷家の陣内でご祐筆係の記録を確認し終えたあと、陣小屋近くでどこぞの誰が死んだ、という噂話を集めていた。人と人とが争っていた頃から変わらず、足軽以下の遺骸は野ざらしだ。疫病の蔓延を防ぐためにも、陣内へ持って帰ることが許されるのはその髪であるとか、体の一部だったものだけ。それすら撤退前に見つかればいい方で、多くは陣小屋までたどり着き、馴染みの顔がないことに気づく。

 そして陣小屋の責任者が、今日はこれだけが戻り、これだけが戻らなかったとご祐筆へ報告に行くのだ。彼らの名前が記されることはない。どこそこの村の何名、と記されるだけだ。

 羽鶴が死ぬときは、その数すら記されることはない。果たしてどちらがましであるのかなど、彼女は考えることもない。隠密とはそういう者である。ただ、今仮に仕えている主はそれでも自分の遺骸を探すのだろうが。


(くだらないことを)


 頭を振って雑念を払う。情報は揃った。

 陽が沈むのと同時に今朝の戦場となった林の方へと駆け、そこに放置されているだろう遺骸を確かめに向かう。


「!」


 最初に感じたのは死臭だ。一口に死臭といっても段階が存在し、汚物と血泥が混ざったそれはあえて言うなら羽鶴の予想通りの『新鮮』なうちに入る。だが次いで聞こえた物音が、羽鶴を木陰へ潜ませた。

 陽が落ちてもまだ空が薄明るく、けれど大地は影に沈んでいるという狭間の時間である。そこに、戦場の跡地で蠢く無数の人影があった。彼らは地元の農民らしき粗末な野良着で、手にした担架に死骸を載せるとどこかへ運び出している。戦死者の遺骸の始末は、戦が終わりその土地本来の里人へ接収されていたすべてが戻された後、彼らに任せられるのが通例であるはずにも関わらず、である。


(どこへ?)


 羽鶴は木陰に茂みにと身を潜める場所を変えながら、その死体運びの行列を尾行した。あたりは徐々に宵闇が深まりつつあるが、勝手知ったる様子の彼らの足取りは迷うことなく、やがて林の奥の洞穴へと入って行った。

 縦に長く横にも広いその洞穴前は、松明を手にしたどこぞの家中の武者たちが立っており、入る者があれば出てくる者たちもいる。

 あそこに忍び込むのはさすがに困難だと羽鶴が判断したその瞬間、空を切る音がした。咄嗟に伏せた羽鶴が、背にしていた木の幹に突き立ったのは卍剣型が二つ。


(しまった――――)


 囲われていた。追跡の最中とはいえ油断したつもりはない。相手の方が上手だったのだ。自身と同じように頭巾で顔を隠した忍たちが、羽鶴の周囲を取り囲んでいた。姿を見られた時点で任務の七割は失敗したといっても過言ではない。仮にすべてを口封じできたとて、その死骸にも情報が残るからだ。

 当然だが逡巡の間など与えられはしなかった。無言で襲い掛かってくる彼らに、自らも袖口から取り出した苦無を振るう。鉄同士のぶつかり合う音と、泡を吹くような呻き声が重なる。一人目。

 羽鶴は放たれた鎖分銅を木の幹を蹴って躱し、繰り手の首に脚を引っ掛け投げ飛ばすと同時にその首の骨を圧し折った。二人目。

 間髪入れずに足元を狙って自身の手裏剣を放つ。釘型と呼ばれる棒状の手裏剣は狙い通りに短い呻き声を上げさせた。跳ね起きた自身のいた場所に突き立つ切っ先を後目に、声の方へと木々を渡って背後を取る。頭巾を捉えて苦無で喉首を掻き切った。三人目。

 瞬きの間に六人中三人を始末した羽鶴だったが、忍の本分は戦闘ではない。上がる息を悟られまいと、上下しそうになる肩を無理やり押さえつけた、その一瞬だった。


「っ!」


 横に飛び退いた腕に掠める痛み――途端、痛み以上の目眩に襲われ、足元が縺れる。


(毒か!)


 背後を取られた音に前転を選ぶも遅かった。背中を奔った熱に、上がりそうになる悲鳴を噛み潰し、跳ね起きる勢いのまま腰に帯びた火縄で煙幕丸に点火すると、追撃してくる三名の足元に叩きつける。炸裂した煙と火花を尚も斬って迫る者がいたが、その時にはもう羽鶴は木々の枝上に逃れていた。皮肉にも、背中の痛みが目眩を幾ばくか引かせてくれたのだ。

 あとは手指の感覚が残っているうちにと、本陣に向かって枝と枝の木々を跳び回るように逃げていく。

 勢いがある物は効果も短い。だが煙が納まる頃には羽鶴の姿は宵闇に紛れ、遠くへ逃れていた。


「探せ!」

「――――何事だ」


 焦りも露な忍たちの声を、緩やかに押し退ける声が割って入る。指令を飛ばした一人が即座に跪くと、残る二人も続いた。


「この場を嗅ぎまわる不審な輩がいたため、始末しようとしましたが」

「取り逃がしたか」

「はっ……も、申し訳ございません」

「よい」


 声の主は淡々としていた。掲げられた松明の灯りが、鈍く光る手裏剣や首があらぬ方へ曲がった忍たちの屍を照らし出す。その白い顔を斜めに奔る、黒革の眼帯の艶めきも。

 あたりの惨状を見渡した白水守は、真新しい血の臭いにスンと鼻を鳴らしたが、それだけだった。


「死肉の臭いに()が集るのは世の常だ。躯を始末しろ。言うまでもないが、道具も残すなよ」

「ははッ」


 松明を掲げる佐治と共に踵を返した白水守は、小首を傾げて薄笑う。


「さて――――()()()にはなんとご報告したものかね、英直」


 口ぶりばかりは困ったようなそれに対し、佐治は何も言わない。二人の姿もまた、木立の奥へと消えて行った。



 翌日、軍議場前陣内へと到着したのは、虎尉守と七呉が最後だった。七呉は羽鶴の席が空いたままであることにすぐに気づき、伽耶と視線を交わすも彼女の首を横を振る仕草でなにも情報がないことを覚る。虎尉守は大人しく着席した七呉の様子には気づかなかったものの、足軽の声と共に潜った軍議場内のひりついた空気には、さすがに目を細めた。

 それでも彼のすべきことは変わらない。ただ自分の席として用意されている床几に向かい歩を進め腰を下ろす。それだけだった。

 最後の席が埋まったのを確認し、眉尻を下げた八塩守が口火を切る。


「ささやかながら、問題が出た」


 扇子で自分の肩を叩く、乾いた音が響いた。


「三岐守のご専属が、霊力損耗を隠していたらしく倒れたとのことだ。明日の出陣、三岐守はご専属ではない御徒役の手で顕現することになる。知っての通り彼女とご専属は長い付き合いだ。御徒役の手で編まれた拵、どれほど三岐守の刃に応えられるか」

「些事だ。お前のいう通りにな」


 腕を組んでいる三岐守の冷めた声に、八塩守は苦笑する。


「そうはいうが、三岐守。君と羽鶴嬢の相性が殊の外よいことは誰もが知るところだ。火力の減衰を勘定にいれないわけにはいかないよ」


 そう言った八塩守は、三岐守の駒を扇子の先で下げ、虎尉守の駒を進める。


「ついては月山。明日の一番槍は君に任せたい」

「問題ない」


 即答する虎尉守に、ぱしり、と自身の手のひらで扇子を受け止める八塩守。その顔には安堵したような笑みだけが浮かんでいた。


「よし。頼りにしているよ」

「……」


 それ以上の目新しい情報はなく、陰陽師の占いでも明日の妖魔出現の予定に――それが霊犠怨怒のみの群れであることをふくめ――変更はないとのことだった。昨日分の霊犠怨怒の駒が除かれた絵図面で変わったことは、三岐守が下がり、虎尉守が前に出る。

 ただ、それだけだった。


「――――虎尉守、鎮北守」


 軍議が終わり、いつものようにすぐ席を立った虎尉守たちだったが、陣幕内から出たところで思わぬ人物から声がかかった。

 軍議が終わるなり誰よりも先に席を立ち、議場を後にしたと思われていた三岐守である。


「話がある」

「……そういうことは軍議で言え」

「軍議とは関わりのないことだ。だが、貴公らには関わりがある」


 貴公ら、のところで三岐守の視線は虎尉守たちを外れ、その背後にいる七呉たちへと向かった。視線の先に気づいた虎尉守たちの眉が寄るのと同時に、三岐守の視線がさらに彼らを離れ、八塩守たちが出てきた陣幕へと向けられた。


「天幕で待つ」


 そう言い残し、三岐守は踵を返す。まるで八塩守たちの目を避けるかのように。

 果たして八塩守は陣幕を出てすぐのところで立ち止まっている虎尉守たちを見つけると、いつもの調子で話しかけてきた。


「珍しいな。暇なら一献付き合わないか、二人とも」

「……先約がある」


 応えたのは鎮北守だった。彼は自分の手を取って見上げる伽耶の目に何を見出したのか、そのまま踵を返すと伽耶を連れて三岐守が去った道へとつま先を向ける。

 虎尉守もまたそれに倣うように、七呉の背に手をあてて踵を返した。

 つれないな、という笑みを含んだ八塩守の声を背中に。彼らの足音は二つに分かれた。


「お待ちしておりました」


 三岐守の天幕前では小姓代わりの少女たちが虎尉守たちを出迎えた。まるで出入りを監視する足軽のような張り詰めた空気に、七呉は握った手に力が籠るのが自分でも解った。

 彼女たちの手で開けられた天幕を潜るなり、虎尉守たちは目を瞠った。

 天幕内に敷かれた敷物と、その上に重ねられた寝床代わりの畳。それ自体は彼らの設えと何ら変わりがないものだったが、そこへ伏せっているのは腕と背中に包帯を巻かれた羽鶴だったのである。


「どういうことだ――霊力の損耗ではなかったのか」

「損耗したのは私の方だ。これを癒すのに通力を使い過ぎた」


 三岐守はそう言って布を絞ると、羽鶴の額の汗を拭う。羽鶴の呼吸は浅く、傷が疼くのか苦悶の表情の中、瞼がわずかに痙攣していた。


「座ってくれ。知り得たことをすべて話す。そのために亀子はこうなったのだから」


 振り返った三岐守の真剣な表情に圧されるまま、虎尉守と鎮北守は用意された床几の上に腰を下ろす。七呉は虎尉守の後ろに控えながら、同じく鎮北守の後ろに控える伽耶と視線を交わし、浅く頷き合う。

 時が来たのだと、どちらともなく悟っていた。

 




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