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第7話 自己紹介

 俺の恐る恐るの自己紹介を聞いて、集会所に集まった五人の女性たちは一瞬、しんと静まり返った。

 だが次の瞬間、彼女たちは互いに顔を見合わせ、何かを深く納得したように一斉に頷き合った。


「やっぱり……間違いないわ」

「ええ。こんなに早くお越しくださるなんて」


 ざわめきが広がる中、代表格である妙子が、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女は三十代半ばくらいで、娘がいてもおかしくない年齢だが、その整った容姿からはどこか常軌を逸した、異様で艶かしい雰囲気が漂っている。彼女は両手を胸の前で組み、妖しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「皆様、お聞きになりましたか?伍東《ごとう》様は、海外からお戻りになったばかりだそうですわ」

「え、ええ。まあ、父の仕事の都合で、アメリカに二年間ほど……」


 俺が補足すると、妙子さんはハッと息を呑み、歓喜に打ち震えるような声を上げた。


「ああ……なんという奇跡!我々の教義は真実でしたのね!」

「……え?なんですか、それ」


「古くから我々に伝わる教団の禁書『桃源聖交録《とうげんせいこうろく》』に、こう記されているのです。『海を越えて現れる若き光が、我らを真の桃源郷へ導く』と!」


 妙子さんの言葉を聞いた途端、他の四人の女性たちも次々と立ち上がり、興奮した様子で声を上げ始めた。


「海外から現れた若き光……まさに伍東様のことですわ!」

「預言の成就よ!ついに、誠の桃源導師《とうげんどうし》様が降臨されたのね!」


 集会所は、先ほどまでの井戸端会議の空気が嘘のような、熱狂的な拍手と歓声に包まれた。


「桃源導師様!万歳!」

「桃源導師様!どうか私たちをお導きください!」


(と、桃源導師様?)


 突然の仰々しい呼び名に、俺は面食らってしまった。


 アメリカでは『カナタ』と気安く呼ばれていたが、こんな風に崇め奉られるのは初めての経験だ。


「い、いや、ちょっと待ってください。俺はただの高校生で、導師だなんてそんな立派なもんじゃ……」

「ご謙遜なさらないでくださいませ、桃源導師様」


 妙子さんが、俺の手を両手で優しく包み込んだ。彼女の手は少し熱を帯びており、俺を見つめる瞳には、熱烈な尊敬の念が込められている。


「あなたが来てくださったおかげで、私たちは再び救いの道を歩むことができます。どうか、この『桃源交霊会《とうげんこうれいかい》』の導師として、我々をお導きください」


「は、はあ……」


 大人の女性たちからこんなにも期待のこもった目で見つめられると、悪い気はしない。

 むしろ、少し照れくさいくらいだ。

 宗教の教祖なんて怪しいものだと思っていたが、彼女たちの様子を見る限り、ただ少し信仰心が篤《あつ》くて、大げさな表現を好むだけの人たちに見える。


(なんだ。呼び方がちょっと仰々しいだけで、根は普通のご近所さんたちじゃないか)


 俺は心の中で大きく安堵のため息をついた。


 先ほどはケーキの話や服の褒め合いをしていたのだ。きっと、この宗教は彼女たちにとっての心の拠り所であり、一種のコミュニティサークルなのだろう。それなら、俺が名義上の代表としてたまにお茶飲みに付き合うくらい、どうってことはない。平穏な日常は守られそうだ。


「わかりました。至らない点も多いと思いますが……その、こちらこそよろしくお願いします」


 俺が少しはにかみながらそう答えると、女性たちは「ああ……!」と感動の溜息を漏らした。


「素晴らしいわ。なんて慈悲深いお言葉……」

「さすがは桃源導師様ね」


 和やかな空気が集会所を満たす。俺は、これで本日の顔合わせは無事に終了し、彼女たちも満足して帰ってくれるものだとばかり思っていた。


 しかし、妙子さんは妖しく微笑んだまま、スッと姿勢を正した。


「では、桃源導師様。ご挨拶も済みましたし……そろそろ、よろしいでしょうか」

「そろそろ?ああ、お帰りの時間ですか。お見送りしますよ」

「うふふ、ご冗談を。私たちが向かうのは、もちろん『あそこ』ですわ」


 妙子さんが視線を向けたのは、俺が昨日から気になっていた、部屋の奥の不自然な壁だった。

 普通の居間やキッチンが広がる空間の奥にある、備え付けの大きな本棚と、古めかしいふすま。妙子さんは迷いのない足取りでその本棚へと近づくと、側面の装飾の一部に手を掛けた。


 ――カチッ。


 小さな機械音が鳴ったかと思うと、ガゴゴゴ……と鈍い音を立てて、重そうな本棚が横にスライドし始めたではないか。


「えっ!?嘘だろ、隠しドア!?」


 俺は思わず大声を上げた。


 本棚の裏から現れたのは、真っ暗な空間へと続く下り階段だった。

 俺は、自分が一人暮らしをしているこの家に、地下室があることを初めて知ったのだ。

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