第6話 突然の訪問者
翌日。日本に来て初めての日曜日。
朝から快晴で、絶好の洗濯日和だった。俺は昨日植えたばかりの庭のプランターにたっぷりと水をやり、リビングのソファでテレビを見ながらくつろいでいた。
「よしよし、今日も平和な一日が始まりそうだ」
温かいコーヒーを啜りながら、のんびりとした休日の空気を満喫していた、その時だった。
――ピンポーン。
静かな屋敷に、不釣り合いなほど無機質なインターホンの音が鳴り響いた。
「……ん?誰だ?」
宅配便を頼んだ覚えはない。近所の人が挨拶にでも来たのだろうか。
俺は首を傾げながら玄関へと向かい、重厚な扉をゆっくりと開けた。
「おはようございます。本日は良き日ですね」
そこに立っていたのは、一人の女性だった。いや、彼女の後ろにも四人、合わせて五名の女性たちが並んでいる。
先頭に立つ女性は三十代半ばくらいで整った容姿を持ちながら、どこか常軌を逸した異様で艶かしい雰囲気を漂わせている。他の女性も二十代から三十代といったところだ。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
「私は四ノ宮妙子。私たち、日曜日の礼拝に参りましたのよ。あなたこそ?」
「礼拝……?あっ、教団の信者さん?俺はここに越してきた者ですが」
「あら、そうなのね。初めまして。私たちはここの信者の者です。実は昨日、外からお庭にナスやキュウリの苗が植えられているのが見えたものですから」
「え?あ、はい。昨日、俺が植えましたけど……それが何か?」
「うふふ。ナスやキュウリといえば、神事で使う大切なものですもの。てっきり、教団の活動が再開したのだと思って、皆さんにお声がけして急いで伺ったのよ」
(神事で使うって……祭壇への供物にするってことか?)
白石税理士からは、「こちらの教団はほぼ活動しておりません」と聞いていたはずだ。聞いていた話と違うじゃないか、と俺は激しく戸惑った。
しかし、俺の動揺などお構いなしに、女性陣は微塵も悪びれる様子を見せず、当たり前のように靴を脱いで堂々と入館してくる。
「あ、ちょ、ちょっと待って……!」
「あらあら、中もすっかり綺麗に片付いているわね」
「ええ、本当に。さあ、広間へ行きましょう」
彼女たちは俺の制止をさらりと躱し、勝手知ったる様子で廊下を進んでいく。嵐のように現れた予期せぬ訪問者たちに、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
+++
女性たちは、昨日俺が確認した一階の集会所――パイプ椅子と長机だけが並ぶ殺風景な空間へと迷いなく進んでいった。
集まった信者は、どういうわけか全員女性だ。
彼女たちは手慣れた手つきで急須と湯呑みを取り出し、どこからかポットのお湯を見つけてきて、手際よくお茶を出し始めた。
「さあさあ、皆さんもお座りになって」
長机の上には、持参したタッパーに詰められた手作りのクッキーや、色鮮やかな漬物が次々と並べられていく。
俺は部屋の隅で、その信じられない光景をぽかんと口を開けて見つめていた。宗教の集会というより、どう見てもただのご近所さんの茶飲み話だ。
お茶が配り終えられると、和気あいあいとした雑談が始まった。
「そういえば、駅前に新しくできたお店のケーキ、もう食べた?すっごく美味しいのよ」
「あ、あそこのフルーツタルトでしょ?私も気になってたの!今度みんなで帰りに寄りましょうよ」
「いいわねえ。甘いものは別腹ですから。……あら、妙子さん。今日のそのブラウス、フリルが上品でとっても素敵。よくお似合いだわ」
「ふふ、ありがとう。今日は陽が出て気温が心地よかったものですから、少しおめかしをしてきたのよ」
妙子と呼ばれた、先頭に立っていた艶やかな女性が、嬉しそうに頬に手を当てる。
ケーキが美味しいだの、服を褒め合うだの、飛び交っている話題は完全に主婦の井戸端会議である。
(……なんだ、本当にただの雑談じゃないか)
俺は小さく息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
白石さんが「適当に雑談をしてお帰りいただければ大丈夫」と言っていた意味が、ようやく分かった気がした。アメリカにいた頃、友人に誘われて参加した教会のミサも、終わった後はみんなでコーヒーを飲みながら他愛のない世間話をしていた。宗教活動といっても、結局はご近所同士のコミュニケーションツールの一つに過ぎないのだろう。
アウェイの空気の中で居心地の悪さを覚えていた俺だが、これならなんとか対応できそうだ。
俺は意を決して、長机の上座――彼女たちがわざわざ空けてくれていた席へと歩み寄った。
「あの、皆さんがお揃いのところ、少しよろしいでしょうか」
俺が声をかけると、五人の女性たちが一斉にこちらを振り向いた。
その視線が俺の全身を舐めるように観察している気がして、少し背筋が寒くなる。だが、逃げるわけにはいかない。
「も、申し遅れましたが、俺……いや、私が、こちらの宗教法人の新しい代表役員に就任しました、伍東奏多です」
俺は恐る恐る、自分が新しい代表だと自己紹介をした。
「海外から帰国したばかりなんですが、父の都合で引き継ぐことになったんです……正直、右も左も分からない未熟者です」
しんと静まり返る集会所。
彼女たちの反応が読めず、俺は額に冷や汗が滲むのを感じた。こんな若造がいきなり代表だと言い出したら、熱心な信者なら怒り出すのではないだろうか。
「その……本当に、俺みたいな若造が代表だなんて、おこがましいっていうか、何と言うか。大丈夫ですかね?」
たまらず、俺は彼女たちに向かって問いかけた。
平穏な日常を守るためとはいえ、十八歳の高校生が年上の女性たちを束ねる教祖になるなど、どう考えても異常だ。
俺の自己紹介を聞いた女性たちは、顔を見合わせ、やがて何かを確かめ合うように深く頷いた。
そして、代表格である四ノ宮妙子が、妖しい笑みを浮かべながら口を開くのだった――。




