第38話 対峙
「ええ。幸い、あの法人の実質的なオーナーは彼ですし、南国での豪遊費を法人の経費として計上するように指示してきたのも彼です。少し『帳簿の書き方』と『証拠書類』を整理し直せば、すべての責任を彼一人に背負わせることが可能です」
「それって、完全に裏工作じゃないですか!いくらなんでも、父親を売るなんて……!」
「あら、情に流されるんですか?今までいいように扱われていたっていうのに」
白石さんの声が、ピシャリと俺の反論を遮った。
「思い出してください。あなたを無断で教祖に仕立て上げ、このカルトの館に放り込んで放置したのは誰ですか?もしあなたが罪を被れば、あなたの『おとなしく高校を卒業する』というささやかな願いは永遠に叶いませんよ。それでもいいんですか?」
白石さんの言葉が、俺の胸に重くのしかかる。
親父の顔と、沙蘭や天王寺会長たちと過ごした穏やかな時間が、脳裏で交錯した。
もし俺が捕まれば、彼女たちを過激な教義の檻から守ることができなくなる。築き上げたNPOという新しい居場所も、すべて消え去ってしまうのだ。
「…………」
俺は拳を強く握りしめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……やります。俺の平穏な日常と、みんなのNPOを守るために」
「賢明なご判断です、伍東代表理事」
白石さんは満足げに頷いた。
「あんた、本当に冷徹で悪魔みたいな人だな」
「敏腕税理士と呼んでください。では、早速裏工作の準備に取り掛かりましょうか。仁社長を合法的に切り捨てるための、最高にクリーンな地獄のシナリオをね」
白石さんは手持ちのパソコンを開き、恐ろしいスピードでキーボードを叩き始めた。
緊迫感と、どこか振り切れたロボットのような空気感が入り混じる中、俺と悪徳税理士による、実の父親を社会的に抹殺するための極秘プロジェクトが幕を開けたのだった。
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数日後。
親父を合法的に切り捨てるための裏工作が着々と進む中、桃源会館の一階広間に、決して交わってはいけない二人の人物が顔を揃えてしまった。
「……あなたが、以前の宗教法人で税務を担当していた白石莉乃税理士ですね」
タイトなダークスーツに身を包み、鋭い眼光を放つ国税局のキレ者調査官、長谷川恵理子が、冷徹な声で切り出した。彼女はNPO法人の設立を手助けして以来、すっかり教団の「信者予備軍」として休日のたびに入り浸っている。
「ええ、初めまして。優秀な調査官殿が、まさか休日にNPOのボランティアとは恐れ入ります」
対する白石さんは、余裕のビジネススマイルを浮かべながら、眼鏡の奥で妖しく目を細めた。
生真面目で職務に忠実な長谷川調査官と、金にがめつく法律の抜け道に異常に詳しい悪徳税理士の白石さん。水と油のような二人が長机を挟んで向かい合う光景に、俺は胃がキリキリと痛むのを感じていた。
「白石税理士。あなたが伍東代表に持ちかけたという、前代表である父親へ責任を負わせる計画書……拝見しました」
長谷川調査官は、机の上に置かれたファイルをトントンと指先で叩いた。
「いくら彼が実質的オーナーとはいえ、過去の帳簿の記載を遡って変更し、一方的に責任を押し付けるような工作は、法的な解釈を超えた文書偽造、違法行為に該当する恐れがあります!」
「あら、偽造だなんて人聞きの悪い」
白石さんは涼しい顔で、ふふっと笑った。
「私はただ、過去の不透明な金銭の流れを『正しく』整理し直し、実際に南国で豪遊している伍東仁社長の口座へと紐づけ直しただけです。税法の解釈に照らし合わせれば、極めて合法的な責任の所在の明確化ですよ?」
「詭弁です!そのようなグレーな処理を、この神聖なNPO法人……いえ、ストレス社会で苦しむ若者たちを救済するクリーンな団体に関わらせるわけにはいきません!」
「グレーではありません。限りなく白に近い白です。それに、この処理を行わなければ、過去の負債と罪をすべて被るのは、目の前にいる代表理事の奏多くんですよ?それでもいいんですか?」
「っ……!」
長谷川調査官が、言葉に詰まった。
彼女の生真面目すぎる性格は、法を守ることと同時に、「自分の魂の救済場所(NPO)と奏多を守りたい」という強烈な思いの間で激しく葛藤しているようだった。
「奏多くんの平穏な日常と、健全なNPO活動を守る。それがあなたの目的ですよね?」
白石さんが、悪魔の囁きのように言葉を続ける。
「私の目的は、この将来有望な法人の専任税理士として、新たな資金源を手放さないことです。目的のベクトルは違えど、到達点は同じ『NPO法人の存続』。なら、一時休戦して手を組みませんか?」
「……法的に、本当に問題がないと言い切れるのですね?」
「ええ。あなたが目を瞑り、私の作ったシナリオ通りに国税が動いてくれれば、完璧にね」
数秒の沈黙の後、長谷川調査官は深く息を吐き出し、決意の瞳で白石さんを見据えた。
「……わかりました。すべては、ストレス社会という檻から若者を解放する、この桃源郷を守るため。あなたのそのグレーな知識、今回だけは利用させてもらいます」
「交渉成立ですね。では、早速最終確認に入りましょう」
合法の番人と、非合法スレスレの知識を持つ悪徳税理士。絶対に相容れないはずの二人が、親父を合法的に切り捨てるという一点において、完璧なタッグを組んだ瞬間だった。
(目的は全然違うのに、利害が完全に一致してる……!)
俺は二人の恐るべき連携作業を眺めながら、ただ戦慄するしかなかった。




