第33話 税務調査
そして迎えた、現地調査の当日。
ピンポーン、という冷たいインターホンの音が、静寂に包まれた『桃源会館』に響き渡った。
俺はゴクリと唾を飲み込み、緊張で強張る足を引きずりながら玄関へと向かった。
重厚な扉をゆっくりと開けると、そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。
タイトなダークスーツに身を包み、一切の隙を感じさせない冷徹な仕事人の佇まい。手には分厚い黒のアタッシュケースを持っている。
「国税局の長谷川と申します。本日は、宗教法人桃源交霊会の税務調査に参りました」
長谷川恵理子と名乗った彼女は、冷たい声でそう告げると、鋭い眼光で俺の全身を舐めるように観察した。
見るからにキレ者調査官といった見た目と、圧倒的な威圧感。俺は思わず後ずさりしそうになるのを必死に堪えた。
「あ、はい……代表役員の伍東奏多です。ど、どうぞ中へ……」
俺は彼女を一階の広間へと案内した。
パイプ椅子と長机が並ぶだけの、殺風景な空間だ。長谷川調査官は長机の向かいに座ると、アタッシュケースからパソコンとノートを取り出し、すぐに調査を開始した。
「事前にご提出いただいた帳簿と領収書の原本を確認させていただきます」
彼女は白石さんが作成した(偽装された)帳簿と、領収書の束を一つ一つ、冷徹な手つきでめくっていく。
静まり返った部屋の中に、紙をめくる音だけが不気味に響く。俺は額に嫌な汗を滲ませながら、パイプ椅子の上で小さくなっていた。
「ほう……休眠状態だった法人が、ここ数ヶ月で急激に寄付金を集めているようですね」
長谷川調査官が、眼鏡の奥からスッと目を細めた。
「名目は……『桃源郷への祈祷代』や『伝統的な宗教儀式に対する浄財』ですか」
「は、はい。信者の皆様からの、温かいお布施でして……」
俺は声を裏返らせないように必死に答えた。
「なるほど。しかし、伍東さん」
長谷川調査官は帳簿から顔を上げ、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「ただの高校生が代表を務める団体に、これほど短期間で百万円単位の大金が集まるというのは、極めて不自然です。しかも、寄付をしているのは社会的に地位のある女性ばかり。何か、裏で宗教活動とは別の『収益事業』を行っていませんか?」
鋭い追及に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
帳簿の数字の辻褄は合っているはずだが、彼女の鋭い直感は、その奥にある「不自然さ」を的確に嗅ぎ取っているのだ。
なんとかして、得意の対話で誤魔化さなければならない。
「い、いえ、そんなことはありません。うちは皆様のお悩みを聞いて、心の平穏を提供するという、真っ当な宗教活動を……」
「心の平穏、ですか」
長谷川調査官は冷たく鼻で笑った。
「言葉で言うのは簡単です。では、実際にその『伝統的な宗教儀式』とやらがどのようなものなのか、そしてこの施設のどこでそれが行われているのか、しっかりと確認させていただきましょうか」
彼女はノートをパタンと閉じ、立ち上がった。
その言葉は、この家の中を隅々まで調べ上げるという明確な宣言だった。
俺の背筋に、氷のような悪寒が走った。
もし、押入れの天袋に隠した『桃源聖交録』が見つかったら。もし、地下の旧儀式場への隠し扉が見つかったら。
張り詰めた空気の中、絶体絶命の税務調査が、今まさに本格的に始まろうとしていた。
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長谷川調査官の実地調査が始まった。
彼女は一階の居間やキッチン、さらには二階の俺の居住スペースまで、一切の隙を感じさせない冷徹な仕事人の佇まいで確認していく。
「こ、ここはただの物置でして……」
俺は二階の自室の前で、心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えていた。あの押入れの天袋の奥には、教団の禁書『桃源聖交録』と、狂信的な儀式のために用意された大量のコンドームが封印されている。もしあれが見つかれば、一発でアウトだ。
しかし、長谷川調査官の目は、二階の押入れよりも一階の『不自然さ』に向けられていた。
「一階に戻りましょう」
彼女はそう言うと、普通の居間やキッチンの奥にある、備え付けの大きな本棚の前にピタリと立ち止まった。
「部屋の広さに対して、この壁の配置……不自然ですね。奥にデッドスペースがある」
「えっ!?いや、それは古い家なので……!」
俺の制止も虚しく、長谷川調査官は本棚の側面に手を伸ばし、的確に怪しい「隠しドア」のスイッチを発見してしまった。
ガゴゴゴ……と鈍い音を立てて、本棚がスライドする。
「なっ……」
現れたのは、地下へと続く薄暗い階段。長谷川調査官は迷うことなく、その隠し階段を下りていき、地下の旧儀式場(桃源の間)へと足を踏み入れてしまった。
「終わった……」
俺は頭を抱えた。地下室には、広い空間の中央に大きなマットが敷かれ、それをスポットライトが照らすという、どう見てもいかがわしい異様な空間が広がっているのだ。
「これは……宗教儀式というより、何かの撮影スタジオか、いかがわしい施設のようですね」
長谷川調査官が冷たく言い放つ。アウトだ。完全にカルト教団のヤバい施設としてロックオンされた。絶体絶命のピンチに、俺は極度の冷や汗を流し、目の前が真っ暗になった。




