第17話 乱入者
「あなたが……ここの代表の方、ですか?うちの学校の伍東くん……よね?」
「あ、ああ。一応、俺が桃源導師……いや、代表だけど。どうしてここへ?」
天王寺会長は少し躊躇った後、絞り出すような声で言った。
「クラスの女子たちが、ここに来れば心が救われるって噂をしていて……。私、もう、どうしていいか分からなくて……」
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺は周囲の女子たちに少し席を外すようにお願いし、沙蘭にはお茶を淹れ直してもらうよう頼んで、天王寺会長と長机を挟んで向かい合った。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いて。何があったの?学校での君とは、随分様子が違うみたいだけど」
俺が優しく問いかけると、彼女は震える手で湯飲みを握りしめ、堰を切ったようにポツリポツリと語り始めた。
「私……親からの過度な期待に、もう押し潰されそうなの」
彼女の悩みは、俺が想像していた以上に深刻で、根深いものだった。
「親からは常にトップであることを求められて……完璧でなければならないというプレッシャーが、ずっと私を縛り付けているの」
学校での厳格な態度は、彼女自身が自分に課した呪縛だったのだ。彼女の「完璧主義」は、そうあろうとしてなっているのではなく、そうあらねばならないという恐怖から来るものだった。その重圧に深く悩んだ末、彼女は藁にもすがる思いでこの教団を訪れたらしい。
俺は真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。相槌を打ち、決して彼女の弱音を否定しなかった。
(……これは、教祖としてじゃなく、一人の人間としてちゃんと向き合わないといけないな)
俺は姿勢を正し、海外生活で身につけた先進的な多様性理論を用いて言葉を紡いだ。
「アメリカの学校は人種のるつぼで、親の『アメリカン・ドリーム』の期待や、宗教観の違いで押し潰されそうになっている奴を山ほど見てきた。そこで俺が学んだのは、『完璧な人間なんていない。それはシステムや親が勝手に要求しているだけの幻想だ』ってことだ」
「幻想……?」
「ああ。多様性ってのは、人種のことだけじゃない。『自分はここまでしか出来ない』『弱音を吐きたい』っていう個人の心のキャパシティを認めることだ。親の引いたレールの上の『完璧な天王寺雅』を演じ続けると、いつか心が壊れる。君は君のままでいい、ポンコツな日があってもいいんだ。それが『君』という多様性なんだから」
俺は彼女の目を見て、極めて真っ当なカウンセリング(新教義)を真摯に行った。
その言葉を聞いた瞬間、天王寺会長の目から大粒の涙が溢れ出した。
「私……完璧じゃなくて、よかったんだ……。無理して、気を張らなくても……自分のままで、いいんだ……っ」
彼女は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣き始めた。張り詰めていた糸が切れ、長年の重圧から解放された涙だった。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
(よし。これで彼女の心も少しは軽くなるだろう。俺の真っ当なカウンセリングが機能してよかった)
そう安心した、まさにその時だった。
「素晴らしいお導きです、桃源導師様!」
突然、お茶の準備をしていたはずの沙蘭が感極まった声で乱入してきた。
「し、四ノ宮さん!?なんで急に入ってくるんだよ」
沙蘭は興奮した面持ちで、号泣する天王寺会長の手をがっしりと握りしめた。
「つまり、桃源導師様という絶対的な中心(太陽)を囲み、多様な個性を持つ私たち(女子たち)が次々と身を捧げて霊気を交わらせる『八百万交和』の教えですね!」
「はあ!?」
俺の頭が真っ白になった。
沙蘭が勝手に、俺の言葉を旧教義の第二段階に接続してしまったのだ。
「ちょっと待て、違う!俺はそんなこと一言も……!」
俺が慌てて否定しようとした瞬間、絶妙なタイミングで居間のふすまがスパーンと開き、お茶のおかわりを持った母、妙子が現れた。
「その通りですわ、沙蘭。そして天王寺さん」
妙子さんは妖しい笑みを浮かべながら、禁書『桃源聖交録』の恐ろしい教えを滑らかな口調で補足し始めた。
「一人でも身を捧げることを拒めば、その輪は乱れますのよ。教祖という太陽を中心に、全員で交わり、霊気を極限まで高め合わなければ、我々は決して真の桃源郷へは行けない……。それが、この教団の絶対のシステムなのですから」
(オイィィィ!なんでそこでお母さんが火に油を注ぐんだよ!)
俺の常識的なカウンセリングは、狂信的な宗教二世とその毒親の手によって、瞬く間に危険なカルトの教義へとねじ曲げられていくのだった。




