第13話 平伏する同級生
そして迎えた、翌週の日曜日。
俺は朝から戦闘態勢に入っていた。
ジャージ姿のまま腕を組み、玄関の三和土の前で仁王立ちになる。
あのトラウマとなった日曜日から一週間。
俺は朝から家の戸締まりを厳重にし、すべての窓の鍵を確認して、強く警戒していた。一階の居間にある地下室への隠し扉の前には、気休め程度だが、重い段ボール箱をいくつか積み上げてバリケードを作ってある。
「よし、準備は完璧だ」
もしあの狂信的な信者たちが来ても、今日こそは絶対に地下室には行かせない。
半田にアドバイスされた通り、俺から冷静に話を切り出し、得意の『真っ当なカウンセリング』で彼女たちの不満や悩みを引き出すのだ。
「最近、何かお悩みはありませんか?」「自分を追い詰めすぎていませんか?」
よし、イメトレもバッチリだ。多様性理論を用いて、彼女たちを過激な旧教義から遠ざけてやる。
――ピンポーン。
午前十時。静寂を切り裂くように、インターホンが鳴り響いた。
心臓がドクンと跳ねる。
来たか。
俺は深呼吸をして、モニターを確認した。
画面に映っていたのは、予想通り、あの狂信的な変態教義原理主義者・四ノ宮妙子の姿だった。
今日も上品なブラウスに身を包み、妖艶な笑みを浮かべている。
俺は身構え、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……落ち着け。まずは話を聞くんだ」
自分に言い聞かせながら、俺はモニターの通話ボタンには触れず、直接玄関の扉へと向かった。
チェーンロックをしたまま対応しようかとも思ったが、それだとカウンセリングの雰囲気にならない。相手を信じ、心を開かせるためには、こちらから堂々と迎え入れる姿勢が必要だ。
ガチャリ、と鍵を開け、俺は意を決して重厚な扉をゆっくりと引いた。
「おはようございます、妙子さん。今日は一体どのような……」
俺が冷静な声を作って尋ねかけた、その時だった。
扉の向こうに立っていたのは、妙子さんだけではなかったのだ。
彼女の少し後ろ、影に隠れるようにして、もう一人の人影が立っていた。
「おはようございます、桃源導師様」
妙子さんが、恭しく頭を下げる。
「本日は、どうしても導師様にお目通りしたいと申す者がおりまして、連れて参りましたのよ」
「お目通りしたい者……?」
俺が視線をずらすと、妙子さんの背後から、小柄な人影が一歩前に出た。
清楚な白いワンピースに身を包み、日傘を手にしたその人物。
長い黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が太陽の光を浴びて眩しく輝いている。
その顔を見た瞬間、俺の思考は完全に停止した。
「え……四ノ宮、さん……!?」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
妙子さんに付き添って桃源会館へやってきたのは、なんと学校のクラスメイトであり、学園の孤高の美少女・四ノ宮沙蘭だったのだ。
金曜日まで学校で同じ教室にいて、俺が消しゴムを拾ってあげた、あの高嶺の花。
「なんで、四ノ宮さんがここに……っ!?」
俺の頭の中はパニック状態だった。
同級生がなぜこんなヤバい宗教の施設に来た?
苗字が同じ『四ノ宮』……まさか、妙子さんの家族なのか!?
俺が言葉を失い驚愕している前で、沙蘭は日傘を静かに閉じた。
そして、次の瞬間だった。
「…………っ!」
沙蘭の表情が、劇的に変化した。
学校で見せる『クールで隙のない美少女』の顔から、教団の『狂信的な信者』の顔へと、一瞬にしてスイッチが切り替わったのだ。
彼女の黒い瞳には、常軌を逸した熱烈な光が宿り、その頬は歓喜に紅潮している。
「し、四ノ宮さん……?」
俺が戸惑う中、沙蘭は突然、玄関先のコンクリートの上に膝をつき、深く平伏した。
そして、震えるような、しかし確かな恍惚を帯びた声で叫んだのだ。
「お目文字叶い至極光栄に存じます、我らが教祖、桃源導師様……!」
「はぁっ!?」
学園トップの美少女が、俺の足元でひざまずいている。
しかも、俺のことを『桃源導師様』と呼んで。
「ちょ、ちょっと待って!起きて!膝が汚れるから!」
「ああ……もったいないお言葉。ですが、この膝を折ることこそ、私の『至誠』の第一歩にございます」
「至誠って、なんだよそれ!」
俺の制止も聞かず、沙蘭は熱に浮かされたような顔を上げて、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
その視線は、昼休みに鏡越しで感じたあの粘着質で焦げるような視線と全く同じだった。
「私、ずっと……ずっとお待ちしておりました。導師様が、この桃源交霊会をお導きくださる日を……!」
「い、いや、確かに俺はここの代表……教祖になったけどさ。まだなったばっかりだし、君にそんな風に崇められるような大層な人間じゃないんだ。だから、いきなりそんな風にされても正直困るっていうか……」
「ああ……なんというもったいないお言葉。ご自身を飾ることなく、あえて低くあろうとなさるそのご謙遜の姿勢……!」
沙蘭は胸の前で両手を組み、涙ぐみながら超絶ポジティブに俺の困惑を曲解した。
「自らの至らなさを隠そうともしないそのお姿こそ、真に我々を導く御方の証。そんなお優しい導師様だからこそ、私はあなた様に救済を委ねたいのです……!」
「……終わった」
俺は、開け放たれた玄関の扉に手をつき、うなだれた。
クールな同級生が、ヤバい宗教の信者として現れた。
しかも、変態原理主義者である妙子さんの家族らしいし、俺のことを神様か何かのように狂信している。
半田に言われた『真っ当なカウンセリング』など、この狂気に満ちた瞳を前にしては、一瞬で吹き飛んでしまった。
「さあ、導師様。本日は彼女と共に、ゆっくりと『教義』を通して信仰を深めてまいりましょう」
妙子さんが、背筋の凍るような妖しい笑みを浮かべて一歩を踏み出してくる。
俺の望んだ平穏な日常は、さらなる絶望のどん底へと叩き落とされようとしていた。




