表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/33

2-19

 そんな魔法とは関係なく、正真正銘重力のままに落下する者があった。

 それはピュナと俺の僅かな距離の間に穴を開けた。


「きゃっ!」


 甲板の木片が轟音と共に飛び散り、ピュナは尻餅を突いた。


「お嬢!」


 真っ先にジェラコが駆け寄る。


「な、なんだ!? 何があった!?」


 偽の竜の攻撃は止んでいない。

 次から次へと降り注ぐ光線を逸らすため、俺はその場を動くことができない。

 だから少しだけ首を曲げて、背後へ目線を向ける。

 穴の縁に、手が掛けられた。それは片腕だけで体を持ち上げて、穴から飛び出る。


「驚かせましたか? あの化け物に吹き飛ばされてしまいまして……」


 そこには、息を整えながら話すロウラの姿があった。


「ロウラ! 大丈夫なの!?」


 ピュナがその身を案じる。


「えぇ、大丈夫。内臓と……恐らく骨をいくつか。頭と心の臓、脚は無事です!」


 ロウラは血を吐きながら、満面の笑みを浮かべた。

 そして、再び駆けだそうとする。


「待って! その体では無理よ!」

「……ピュナ、見ていましたよ。あなたの魔法」


 そう言って、ロウラは足を止めた。


「奴らは怯えています。ピュナの魔法を見て……もしくはその魔力に当てられて、泣き始めました。ほら、聞こえませんか?」


 確かに聞こえる。「おっおっ」と騒めくように。


「今こそ勝機! 止まるわけにはいきません!」

「ダメッ、待ってロウラ!」


 ロウラは跳んだ。いや、跳ぼうとした。

 しかし、何かに躓いたように全身を床に打ち付けた。


「ぷべっ!」


 可哀そうな声が短く響いた。

 その体は、例の薄いピンク色の泡に包まれている。


「ごめんなさい、ロウラ。こうでもしないと、あなた本当に死んじゃう」


 恋の魔法による足止めだ。

 しかし、痛めた内臓と骨は、今の衝撃でさぞ響いただろう。

 間抜けな声を上げるだけで済んだのは、それが”ロウラだから”に他ならない。


「お嬢、今の……呪文唱えてませんでしたけど」

「あれ? そうね。なんだか分からないけど、できちゃったわ」


 流石主人公。つい先ほど、人生で初めての魔法を使ったばかりなのに、既に無詠唱とは恐れ入る。


「ピュナ! こいつらを全員、潰すことはできないか!?」


 俺はピュナたちを現実に引き戻す。

 先の様子を見る限り、複数の相手に対して同時に魔法をかけることができそうだ。

 しかし、問題は幾つもある。

 まず、敵の数と大きさ。小さな個体を相手取るのとはわけが違うだろう。

 更に、偽の竜には驚異的な再生能力が備わっている。

 完全にすり潰しでもしない限り、死なない可能性もある。


 ピュナ一人で、それが可能なのか。

 もし無理なら、それこそ満身創痍のロウラの力も借りなければならない。


「できる気がします。ふふ、だってわたくしは、由緒正しきロロナルタ家の令嬢――ピュナーク・ノノ・ロロナルタなのだから!!」


 もはやピュナにのしかかるプレッシャーなど存在しない。

 あるのは、圧倒的な自信。そして――。


「ロウラが騎士なら、わたくしは偉大な大魔法使いよ!!」


 お互いを高め合う友への信頼。


「一途な愛に浮き立つ心は、積雲を越えて――浮遊する恋(ヘヴンハーツ)!」


 その呪文は、重なって聞こえた。

 魔力を震わせて発した音。それに加えて、ピュナは全力で腹の底から呪文を発声した。


「これが、魔法? こんなのは初めてだ」


 ヒュリューカが空を見上げて声を漏らした。

 空に広がる光景を見て、ブラニュートとルーパの顏にも生気が戻る。


「やっぱり主人公は、こうでなくっちゃな」


 俺は眼前に立て続けた右手の人差し指を下ろした。

 主人公補正(イミュニティ)はもう必要ない。


 空を覆い尽くした黒い影たちは、尽くピンク色に染まる。

 ハート形の泡の中で「おっおっ」という声が反響し、徐々に大きくなっていく。

 その泡は西日に照らされて強く輝いた。

 それは連鎖し、波紋のように広がって、空に光の結晶を形作る。


「さようなら、ごきげんよう。もう帰ってこなくてもいいわよ!」


 ピュナがそう叫ぶと、ハート形の泡は天高く舞い上がって行く。

 それは雲を越え、視界から消えるまで止まることはなかった。


 宇宙空間で生命活動を維持できる生物はほとんどいない。

 魔力という科学の外にある力を以てすれば可能かもしれないが、それは奴らがこの星に戻ってこられる保証にはならない。


「ピュナの魔法は、とても綺麗ですね」


 倒れたまま、ゴロンと仰向けになったロウラが呟いた。


「あぁ、綺麗だ。これが”魔法陣”の代わりだな」


 ピュナが見たかったと言っていた、竜星祭の魔法陣。

 空高く、大気圏の外まで舞い上がる恋の魔法は、きっと竜星祭のそれとは比べ物にならない程美しいに違いない。


「よかった……アラタ様と一緒に……見ることが、できて……」

「お嬢! しっかりしい!」


 杖を振り上げて、軽く反り返ったピュナの体は、ゆっくりと背中から倒れた。

 それを透かさずジェラコが支える。


「ピュナ!」


 痛みに耐えながら、ぎこちなく体を起こしたロウラも駆け寄った。


「大丈夫ですわ……。きっと魔力が尽きたのね」


 ピュナは疲れ切っているが、意識はある。自己分析ができるほど頭は回っているようだ。


「無茶をしましたね」

「あなたに言われたくないわ……」


 ロウラとピュナは、手を握って微笑み合った。


「魔力ってのは、使い切っても大丈夫なのか?」

「良くはないけど、まぁ、休めば大丈夫や。ホンマ……ホンマによかった……」


 ジェラコは俺の問いに答えるや否や、ペタリとへたり込んで息を漏らした。


『アラタさん』


 イグルが俺を呼んだ。

 時刻は15時53分。もうこんな時間か。

 偽の竜と戦い始めて、まだ1時間も経っていない感覚だ。

 死の間際に見る走馬灯と違って、死線において生に執着する人間の感覚は加速するみたいだ。

 

「ジェラコ、次の戦いだ」

「……休憩もなしかいな」


 世界は救われた。でも、それは俺たち次第。

 本物の竜まで目覚めてしまったら、再びこの世界は窮地に陥る。

 何としてでも、オワリを止めなければならない。


「ジェラコ、どこへいくの?」

「ちょっと悪い奴を倒してきます。必ず帰ってきますから、待っといてください」


 名残惜しそうに、ジェラコはピュナの側を離れる。


「アラタ、私も行きます」

「無理に決まってるだろ。そんな体じゃ足手纏いだ」

「そんなことを言われると、ますます燃えてしまいます」


 俺は吹き出して笑った。

 別にロウラを馬鹿にしたわけでも、呆れたわけでもない。

 彼女の無謀な信念と優しさが、あまりにも真っすぐに俺へ突き刺さったからだ。


「今度は、俺が無茶する番だ」


 そう言うと、ロウラは諦めて視線を落としてから頷いた。

 ようやくロウラは引いた。上辺だけでなく、本当に俺を信頼してくれたのだと好意的に受け止めよう。


「イグル、頼んだ」

『了解です。いいですか、座標移動は二度行いますからね』


 一度目はキュレア氷河へ。

 そこで周囲の生体反応をチェックし、二度目の座標移動でオワリの元へ。


『それでは、行きます!』


 2ラウンド目のゴングは鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ