2-18
残りの船は、自分たちが乗る物を含めて二隻。
敵の数は、目視できる限りでも数百。千を越えるかもしれない。
更に、蜂に似た小型の個体が散り始める。
誰もが世界の終わりを確信する光景。
この世界は救えない。人類は滅亡する。主人公も死ぬ。
そうなれば均衡値は限界を超え、世界そのものが消滅する。
結局、オワリの目的を阻止することは叶わなかった――。
「うおおおおおおあああああああ!!」
死の羽音に埋め尽くされた世界を、一声が穿つ。
唯一人だけ、諦めていない。
「そうだよな、ロウラ……。お前はそういう奴だ」
俺は呟いてから、ひび割れた船首に居座り続けた。
『アラタさん、どうしますか? 少し早いですが、いっそオワリの元へ――』
耳に届くイグルの声は、既に世界を諦め、次の作戦へと移行している。
でもそんなのは御免だ。
まだ、ロウラが諦めていない。いや、諦める訳もない。
彼女は走り、跳び、新たな偽の竜を斬りつける。
そうしている間にも、最初に倒した竜は徐々にその体を再生させていく。
偽の竜が放つ光線を避けつつ、それを別の偽の竜に命中させる。
上手いやり方だ。奴らに統率はない。同士討ちを誘導すれば、勝機は――。
そう考えた直後、オレンジ色の光が俺たちの半身を照らす。
すぐ隣を飛行する船が、光線の餌食となって炎上した。
「【主人公には、決して弾は当たらない】」
俺は主人公補正の効果をできる限り引き出すため、何度も宣言した。
四方から飛んでくる光線は、俺への直撃を避けるように空間を薙ぐ。
しかし、船は徐々に削られる。
絶え間ない攻撃によって、視界はほとんど白いまま。
「動力のほとんどが失われました! 降下します!」
「……くそっ、ここまでなのか……」
兵士の報告に、ヒュリューカが膝を付いた。
「な、何でこんなことに……こんなことにぃぃぃ!」
ブラニュートはうずくまって、震えた声で現状を呪う。
「竜は、かつて地上を支配していた魔法生物を絶滅させたとされています……。今度は、人類がそうなる番なんですね……」
ルーパは涙を流しながら笑っている。
偽の竜に傾倒した彼にとって、この状況は喜ばしくも絶望的。そう思わせるほど狂おしい。
「アラタはん!」
ジェラコが俺の肩を掴んだ。
「あんた、ロウラはんをウチらの世界に連れてったんやろ!? 社長はそれを許しったっちゅうことや! せやったら――」
ピュナも一緒に。
言葉にしなくても、ジェラコの心境は手に取るようにわかる。
「まだだ。まだ終わってない」
「はぁ!? これ以上何ができんねん!」
煙を上げなら降下していく船の上で、俺は後悔を口にする。
「全然、上手くいかないな……」
勝ち目のないこんな状況でも、ロウラは決して引こうとしない。
あれほど何度も俺が代わると言ったのに、独りで立ち向かい続ける。
こんなことなら、もっとちゃんと背中を押してやればよかった。そういう言葉を、かけてやればよかった。
俺の奥の手は、数の脅威に対抗できるものじゃない。
今更、俺がロウラを……世界を救ってやることはできない。
俺の判断の全てが、裏目になった。
「ピュナ。何でロウラが君のことを”親友”って言ったか、わかるか?」
俺は竜星祭の夜を思い出させる。
ピュナは俺の脇に掴ったまま、何も返さない。
この状況に絶望しているのか、それともロウラの身を案じて震えているのか。
でも、言葉は届いているはずだ。
「ロウラには、何もないんだ。喜びを分かち合える友人も、苦難を支える恩師も、暖かい家族も! ロウラは、帰る場所すら失った……」
「アラタはんっ! ぶつくさ言っとる場合ちゃうで! はよ元の世界へ戻らんと……!」
必至に訴えかけるジェラコには悪いが、どうしても伝えたいことがある。
俺は構わず続けた。
「ロウラが護りたかった人たちは、もういない! だらか、ロウラは護るべき者が欲しかったんだ!」
魔法が使えないくせに高飛車で、それでいてプレッシャーに弱い小さな女の子。
ロウラは、そんなピュナのことを本気で愛おしく思っていたはずだ。
「あいつ……ずっと泣いてるんだ。何してても、ずっと涙をこらえてる」
食べ物の匂いに釣られている時も、踊っている時も、気丈に振る舞っている時も。
ロウラはいつも瞳を潤ませている。何をしていても、失った者のことばかり思いだして、気持ちが崩れそうになっている。
「誰よりも強いロウラの中には、誰よりも弱い心が共存してる」
悲しみなんて乗り越えてない。
気持ちを切り替えられてなんかいない。
忘れることなんてできるはずもない。
ずっと、限界を超えて耐え忍んでいるだけだ。
「もし、ピュナの世界も救えなかったら、ロウラは……もう、耐えられない!」
イグルに元の世界へ転移してもらうことはできる。
それで生き残ったとしても、ロウラの心は死んでしまう。
「ピュナ、助けてくれ」
無力な俺は、何もしてやれない。世界を救えない。
可能性があるとすれば、ピュナが主人公として覚醒すること。
「ロウラを、助けて欲しい……!」
一週間と少し。ピュナと過ごした時間は、あまりにも短い。
それでもピュナが握る手の平の強さは、そこから伝わる熱は、彼女が主人公であることを物語っている。
主人公はいつだって、不合理に唐突に、呆れるほど感情的に世界を救うものだから――!
「ピュナ!」
最後にその名を叫んだ。
スッと、体が軽くなる。俺にしがみ付いていたピュナは、静かに数歩下がってから、杖を抜いた。
「――開けゴマ」
ピュナは囁いた。
しかし、その声はハッキリと耳に届く。
声じゃない。それは魔力を震わせて発した音。
「できた……本当に。今まで、一度だって成功しなかったのに」
魔力を操作できず、呪文すら唱えられなかったピュナは、自身の成長に驚愕する。
「今なら、ロウラの力になれる……! ジェラコを救ってあげられる! アラタ様に――かっこいいわたくしを見てもらえる!」
ピュナは、遂に主人公に成った。
「想いを馳せる重い心は、奈落の底まで――這いずる恋!!」
絶え間なく放射され続けた光線が、ガクンと曲がって地面へ向かう。
間髪入れず、小型の偽の竜たちが一斉に迫る。
しかし、それらはピンク色に光る半透明のハート型の泡に包まれた。
船が地表に触れ、ズシンと音を立てて着地するのと同時に、ハート型の泡は包んだ物諸共、地面へ急降下した。
勢いで体は潰れ、紫色の血でハート型の泡が染まる。
「これは……重力の魔法?」
俺はそのような印象を受けた。
「ちゃうよ。これは、恋の魔法や! 概念を司る魔法は、何だってできるんや!」
ジェラコが泣きながら声を上げた。
恋の魔法――ピュナは、想いの重さを具現化したのだ。




