2-16
竜星祭で起きた事件は、ちょっとしたトラブル程度に隠蔽された。
それはピュナもジェラコも承知している。
結局ヒュリューカの協力も得ることになった今、事を荒立てるわけにはいかない。
その後、偽の竜の復活を知る者たちを中心に手筈を整えた。
2日目の朝、俺たちは魔法学園を出立し、ヒュリューカの屋敷に集まった。
「おぉ、この世界には空飛ぶ船があるのですか!」
地面に触れない巨大な船体を見て、ロウラは声を響かせた。
「六隻用意した。移動手段に留まらず、魔力を使った砲撃も可能だ」
ヒュリューカは胸を張る。
彼は更に、1500人の兵も用意した。貴族の力様様だ。
「よし、俺たちは同じ船に乗るぞ」
ロウラとジェラコはもちろん、ピュナやルーパ、ブラニュートも共に戦う。
だが、学生たちを戦わせるつもりは最初からない。
「俺たちは後方支援だ。状況を観察し、必要なら魔法で援護しろ」
乗り気になった学生は、危険だからと言って遠ざけても、素直に聞き入れてくれない。
まぁ、これは俺の偏見かもしれないが、無駄にトラブルになるよりは、受け入れた上で参戦させない方が楽だ。
それに船一隻分であれば、俺の主人公補正で守ることができる。
「このブラニュート様とルーパの魔法なら竜を一撃で仕留められるぞ?」
「どこからその自信が湧いてくるんだよ。直接戦うのは、ロウラの仕事だ」
ドレスを脱ぎ捨て、騎士に相応しい甲冑を身に纏ったロウラが、剣に手を当てて顎を引いた。
「ロウラがぁ?」
ブラニュートは納得いかない様子だ。
それは理解できる。実際に、ロウラは彼らと歳の変わらない少女だ。
しかし、戦うことを生業としてきた者と、そうでない者では雲泥の差がある。
それにロウラは主人公。魔王すら倒した女騎士だ。
「私に任せてください。必ず、この世界を救ってみせます」
ロウラの目は、いつものように輝いている。
「ロウラ……あなた、本当に騎士だったのね」
地上を飛び立った揺れる船の上で、カシャリと金属の足音が鳴る。
「ピュナ、私の贈り物は気に入ってくれましたか?」
「凄く歩きづらいわ。でも、脚は大切ですものね」
ピュナは普段のドレスの下に、レッグアーマーを装備している。
魔法を使えない彼女なりの決意が、それに込められているように感じる。
「あぁ、生きている内に生の竜が見られるなんて……楽しみですね!」
「ルーパ貴様……、そんなんだから舐められるんだぞ」
空気の読めないルーパと、なんだかんだ常識のあるブラニュートが言葉を交わす。
「なんか不安になってきたわ……。ええか、ウチはお嬢の側を離れんからな」
「あぁ、分かってるよ。ただ、オワリの捕縛には協力しろよ」
キュレア氷河への瞬間移動。それは元々この世界の人間ではない、俺とジェラコが対象となる。
ロウラもこの世界の人間ではないが、連戦はさせたくない。
船は不安定に風に乗り、オーゲン台地へ真っすぐ進む――。
***
船で一晩を過ごした俺は、左手の痛みで目を覚ました。
静まり返る船内を抜けて、冷たい風の吹きつける甲板へ出る。
山脈の隙間から差す光が、瞼をひくつかせた。
俺は、欄干に掴ったピュナに気が付く。
「ピュナ、こんなとこにいると風邪ひくぞ?」
「おはようございます。アラタ様」
ピュナはゆっくり振り返って、笑顔で返した。
「竜星祭の魔法陣……観られませんでしたね」
「魔法陣?」
授業なんかで聞く限りでは、魔法を使うのに陣は必要ないはずだ。
「魔法を一斉に空へ打ち上げる締めくくりがありましたの。でも、わたくしが誘拐されている間に、竜星祭が終わってしまったから……」
あぁ、そういえばそういうイベントがあると聞いたな。
それを魔法陣と呼ぶのか。
「また来年観れるさ」
「……来年、アラタ様はわたくしの側におられますか?」
「え? あ、あぁ、もちろん。ロウラは2年生だからな。来年もいるさ」
魔法学園は3年制。
その頃に俺とロウラはこの世界にいないだろうが、今は本当のことを伝える必要はない。
「わたくしたちは、この戦いを生き残れるのでしょうか?」
そう聞いて、勘違いに気付いた俺は、気まずく唇を噛んだ。
ピュナが心配していたのは、俺たちの明日だったのだ。
「大丈夫だよ」
今度は勝つ。それはロウラも同じ気持ちだ。
「わたくしは魔法が使えないから、ロウラの力にはなってあげられない。それでも、独り学園で待つことなんてできませんでした」
「それでいいんだ。ピュナはここにいるだけでいい。それだけで、ロウラの力になる」
ただの感情論だ。でもいいじゃないか。いつだって主人公は、理屈より感情で成長するものだ。
「アラタ様。もし今日を生き残れたのなら、わたくしと……ロウラと一緒に、演劇を観に行きましょうね!」
「それはすごく楽しみだ」
嬉々として弾むピュナの背後に、鬼気迫る瘴気を纏った台地が見えた。
台地の中心は裂け、何かが這いずり出そうとしているのが分かる。
「あれが竜ですか?」
ピュナが肩を震わせる。
それと同時に、檣楼員が鐘を鳴らした。
皆、続々と甲板へ出てくる。
六隻の船が、風に乗って徐々に台地へ近づく。
地割れを取り囲むように陣形を組み、幾つもの砲口を向ける。
まだ距離があるはずなのに、心音が空気を揺らして届く。
それだけで、それがどれほど巨大であるかが想像できた。
「ロウラ、勝てないと判断したら引くんだ」
俺は甲板の兵士たちを掻き分けて、ロウラの肩を掴んで言った。
「騎士は引きません。ふふ、アラタならもう分かっているでしょう?」
「ダメだ、引け。俺が代わる」
「心配いりません。アラタは座して護る者。戦って護るのは私の役目です」
「ロウラ……! 手に負えないのなら、俺が代わる」
何度も言い聞かせた。
ロウラは強い。それは分かっている。
だとしても、万に一つにもロウラを死なせるわけにはいかない。
俺は、俺のエゴでロウラを生かした。崩壊する世界から無理やり連れてきた。
その責任は取らなければならない。
「俺には奥の手がある。いつでも任せてくれ」
「……分かりました。信頼しています、アラタ!」
ロウラは剣の柄を俺の胸に軽く当ててから、船首へ向かった。
「まずは砲撃で叩く! 次に魔法だ!」
ヒュリューカが手を振り上げて、大声で指示する。
その様子を見て、他の船でも声が上がった。
「ロウラ君の仕事を奪ってしまうかもしれないな」
「構いま……せんっ!」
ヒュリューカの言葉に、ロウラは顔を上げて悔しそうに剣を握る。
騎士としては、先陣を切りたかっただろう。
痛手の相手と戦うのも、戦わずして相手が倒れてしまうのも、不本意のはずだ。
だが、ロウラはぐっとこらえている。偉い、偉いぞ!
太陽がゆっくりと登る中、不気味な奇声が轟いた。




