2-15
「そんなことはどうでもいいんだ。次の謎解きを始めようか」
「は?」
「君たちは常広オワリを捕まえたいんだろう?」
キュウスイは、丸めた紙を取り出した。
俺は恐る恐るそれを受け取り、素早く広げる。
「こ、これは……」
見覚えのある、不気味な絵。
「竜の絵だ」
そう言って、キュウスイは足を組みなおしてから喉を鳴らした。
「竜ですか!? 竜の話してます!?」
「ば、馬鹿、待て! 今はそんな空気じゃないだろう」
急に声を上げたルーパの口を、ブラニュートが塞ぐ。
「折時アラタ。君はその絵を見て、竜だと認識できたか?」
「いや……俺の知っている竜じゃない」
「恐らく、君と僕の想像している竜の造形は同じだろう」
こんなものを見せて、一体何が言いたいんだ?
もしかすると、これは何かの時間稼ぎなのか?
俺は訝しげに睨みつけるが、キュウスイは構わず続ける。
「境界技研とやらの翻訳技術は高いと聞いている。世界に干渉し、情報を収集――その上で、最適な言葉へ変換する」
思い返しても、今まで翻訳で困ったことはない。
「では何故、その異形の生物を”竜”と翻訳する?」
「……あ」
翻訳ミスでないとすれば、そこには必ず意味がある。
「長い歴史の中で、この世界の竜は本来の竜から、偽の竜へと挿げ替わった――僕はそう考えた」
「だったとして、それが何なんだ?」
「それは、常広オワリの興味を引くのには十分だったよ」
キュウスイは更に複数枚の紙を取り出し、それをばら撒いた。
「いくつかの文献から推理した。北方のキュレア氷河と呼ばれる氷床地帯に、本物の竜が眠っている」
「オワリは、そこに!?」
キュウスイは目を閉じて頷いた。
オワリの主人公補正、【探偵の行く所、必ず事件在り】。
それによって、本物の竜を眠りから覚ますつもりだろう。
目覚めた竜が人類を脅かす存在なら、それは”事件”と言える。
「だが、試練が残っている。常広オワリは、手始めに偽の竜を蘇らせた」
「蘇らせた……?」
過去形――”事件”は既に起こっている。
「場所はオーゲン台地だ。地割れを確認したが、それ以上は見ていない」
いつか歴史の授業で聞いた。偽の竜は地中で眠っている。
それが地上に這い出てくるまで、時間がかかるのかもしれない。
「僕たちは世界中を巡り、偽の竜を全て復活させるつもりだったが……」
しかし、本物の竜の存在を知った。
世界一周の旅は中断され、オワリはキュレア氷河に向かう。
「キュレア氷河へは3日後、午後4時に到着する。そうなるように僕が手を回そう」
キュウスイは立ち上がり、背を向けた。
俺は奴が去る前に、ジェラコへ問う。
「偽の竜が復活するイベントは想定外か?」
「あ、あぁ、そうや。そんなシナリオはない。放置したら、均衡値が上がってまうのは間違いない」
俺たちに課せられた試練。
それは偽の竜の討伐。それを早々に終わらせて、すぐさまキュレア氷河に向かわなければならない。
「イグル……距離的に可能か?」
『普通だったら間に合いませんね。でも、アラタさんには私がいるじゃないですか』
ふふん、とイグルは鼻を鳴らす。
神の見えざる手。それは俺の座標を書き換えて、瞬間移動を実現したこともある。
「頼りにしてるよ」
俺はカッと笑ってから、立ち去ろうとするキュウスイへ向き直る。
「最後に聞かせてくれ」
俺の言葉を聞いて、キュウスイは振り返らずに立ち止まった。
「オワリの仲間には、お前以外の主人公がいるんだろ?」
キュウスイの単独行動を、オワリが把握していないわけがない。
知った上で許しているのだとすれば、主人公補正へ感情を乗せられる主人公が他にもいるからだ。
「僕が知る限り一人――水鏡エニシという、化け物だ」
教会の入口で、月光がキュウスイの影を伸ばす。それはゆらりと揺れた。
「勝てるか?」
「あぁ、勝てる」
俺は迷わず即答した。
どんな化け物か知らないが、そいつを倒してオワリも捕まえてやる。
「嘘ではないな――しかし、真実ではない」
「どういう意味だよ?」
「僕の見立てでは、ここにいる全員を瞬殺できるほどの敵だ。心しておくと良い」
それを最後に、コートの端を遠心力で広げてから、キュウスイは踵を鳴らして去って行った。
「あの男、このまま行かせてもええんか?」
「……分からない。でも――」
「これでいい気がします」
俺の声を遮って、ロウラは言い切った。
「彼に戦闘力は有りません。しかし、全く隙がなかった」
イヤホン越しの会話を聞き取るほどの聴覚。
他の五感も優れているのだとすれば、ロウラの見解も納得できる。
「私は人を見る目には自信があります。彼は私たちにとって、毒にも薬にもなるでしょう」
「毒になっちゃダメだろ」
「大丈夫! 毒は全て私が飲み干します!」
ロウラは目を潤ませながら、自身の胸を叩いた。
「とにかく……今は偽の竜がどれぐらい脅威なのか知らないとな」
俺とロウラだけで倒せるのか、それとも――。
「竜が目覚めるんですか!? 会えるんですか? 戦うんですか? だったら是非僕を、僕を仲間に入れてください!」
ルーパが駆け寄ってきて、膝を付いて懇願する。
「い、いや……危険だから」
薄々感づいていたが、ルーパは極度の竜オタクみたいだ。
「竜を倒した男……か。悪くない」
ブラニュートは悦に浸って、髪をかきあげる。
チラチラとジェラコの方を見てアピールしているが、実を結んではいなさそうだ。
「おいおい、この世界の竜は人類の祖先ってことになってるんだろ? それを倒すって……バチ当たりじゃないのか?」
つい、気になってしまった。
授業で聞く話や、竜星祭で飾られた絵画を見るに、偽の竜は崇められる存在に思える。
「そんなことはどうでよいのです。まだ、分からないことも多いですが……わたくしは、アラタ様の力になりたいのです!」
今までの話を聞いて、断片的に状況を察したのか、ピュナはいつもの堂々とした態度で言い放った。
「竜を倒すのなら、人手がいるだろう。私が口添えすれば、千の兵士を手配できる!」
顔面を赤く濡らしたヒュリューカが這いずりながらジェラコに擦り寄る。
それを見て、ピュナは「きゃっ」と小さく声を出して、ジェラコの陰に隠れた。
「まぁ、使えるもんは使わんとな……」
ジェラコは溜息をつきながら、ヒュリューカを都合の良い男として扱うことを決めたようだ。
そうさ、何だっていい。この世界を救えるのなら。




