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18.『わたしオワタ』(千尋

読む自己で。

 最近の麗さんを見ていて気づいたことがある。

 なんとなくだけど初音ちんを見ているときの顔が優しくなっているような、そんな感じの小さな変化。以前からそうと言えばそうだが、先週の土日を超えてから変わったことだった。

 同じクラスになれたことは幸いだ。自分があの輪に加われていなくても見ることができる。以前はべつのクラスで行くのも探すのも大変だったことを考えれば、今年は先生たちに感謝するしかない。

 そして双子の妹である麗子さんだが、彼女はあからさまに初音ちんを避けているようだった。それを梨帆ちんがフォローしようとするものの、本人がそのつもりがないので変わらずじまい、という状況になっている、と。

 これは土曜日か日曜日になにかがあったと仮定しても問題はないだろう。とはいえ、彼女たちは平気で手を握ったり、お互いに抱きしめ合ったりする仲だ、いまさらぎこちなくなるようなこともない気がするんだけど……。

 だってべつに麗さんも麗子さんも初音ちんと普通に挨拶をする。ふたりきりを避けようとしているだけで、麗子さんだって彼女と当たり前のように会話をしているわけなんだから。


「千尋、ちょっとお散歩しようよ!」

「うん」


 彼女も彼女で、藤島姉妹とだけいようとするわけじゃない。きちんとこちらのことも忘れずにいてくれるし、梨帆ちんのところにも必ず近づく。で、あのふたりが複雑そうな表情を浮かべるまでがワンセット――これはもうそういうことと捉えてもいいだろう。

 とにかく、少し前を歩く彼女をゆっくりと追って、比較的静かな廊下を歩いていく。前を楽しそうに歩く彼女はいま、どういうことを考えているんだろうか。


「もう4月の中旬だね」

「そだね、早いよね」

「うん。私さ、11月頃にあのふたりと出会ったけど、ここまで続くとは思っていなかったな」


 自分もそう思っていた。

 だってあのふたりは友だちはいるけど踏み込まない子たちだったから。

 なんというか壁があってほんと意味で近づかれるのは拒んでいるというか、向かれたら去ってしまうようなそんな存在だったから。それがどうしてかこの子には積極的に近づこうとしている。

 この子の問題点は自分に向くわけないと考えてしまっていること――そのため、あのふたりがどれだけ一生懸命に動いても届かないでいる、というのが現状だ。この子の自信のなさはどこかきているんだろうか。


「急だね」

「あはは、ごめん。でも、あのふたりといたから千尋とも関われていると思うんだよね。なんか悲しいと思わない? 一生で1回も関わらない人がいるかもしれないってことが。私だって、藤島姉妹と関わらないで終わる可能性のほうが高かったんだからさ。ただ問題なのは、あのふたりがこちらを意識してくれないってことだよね。麗子にはなんか避けられている感があるし……」


 麗さんがこの子の前で何度も興味がない的なことを言ったから? だけどあれだけあからさまに近づいていたらわかりそうなものだけどなあ。


「お散歩に誘ってくれたのもそういうこと?」

「うん、梨帆ちゃんは姉妹と楽しそうにしていたからさ」

「そっか、ありがと」

「ううん! 千尋がいてくれるのだって嬉しいんだから」


 嬉しい、か。ちょっとだけこちらも嬉しくなった。

 あんまりこういうことを言われたことはないし、ジャマじゃないというだけで安心できる。本来、初音ちんとすら関われるような自分ではないから。

 自分より上なんだし自信を持ってほしい。もっと真っ直ぐに信用して、藤島姉妹と向き合ってほしい。どうすればいいだろうか。


「初音ちゃんは可愛いからもっと自信を持ってだいじょうぶだよ」

「えぇ? きゅ、急なお世辞……」

「ううん、お世辞なんかじゃないよ、普通にそう思っただけ。麗さんや麗子さんが面食いというわけではないだろうけど、初音ちゃんが可愛いから近づいたんだと思う。だからもっと向き合ってあげてほしい、あなたにはそれができるよ」


 手を伸ばしても相手が届かない領域にいる自分とは違うんだ。彼女なら手を伸ばせばすぐのところに姉妹がいるし、梨帆ちゃんがいる。

 個人的願望を言わせてもらえば姉妹のどちらかと結ばれてほしいが、そこはまあ本人次第ではあるので細かいことは言わないでおいた。


「はは……、でも、ムリだよ、だってあのふたりは私に興味ないし」

「ああもうっ、どうしてそこまで自信がないの?」

「……私が求めると人が離れていくから。小学生の頃からずっとそうだったから。女の子が好きってそんなにおかしなことだったのかな? 私は最初から女の子しか好きになれなかったからわからなかったけど」

「おかしくないよべつに、好きになったのが女の子だったってだけじゃん。バカにされたとか?」


 だとしたらバカな人間もいたもんだ。

 他人のそういうところをチクチク指摘して悦に浸っているバカやろうどもだ。


「うーん、おかしいとかは言われたことあるけど、それ以外は普通に振られただけだよ?」

「告白したこと、あるんだ?」

「うん、ダメだったけどね~。でさ、言い方は悪くなるけど、その子たちよりもあの姉妹のほうが上なんだよね。それなのに振られた私が受け入れられるわけがないでしょ、わかってるよ自分の立ち位置くらい」


 自分もそうやって1歩引いた場所にいるから強くは言えなかった。が、自分と違って可能性があるのに勝手に諦められるのは正直複雑だ。もったいない、なによりそれができるのにしないのは――むかつく。


「むかつく」

「うん、自分がもうちょいマシだった良かったけどね私も」

「ちがうよっ、初音ちゃんがむかつく!」

「えっ?」

「だって他者から見たらどうかなんかなんてわからないじゃん! なに? あなたは麗さんや麗子さんなの? ちがうよね? なのに勝手に自分は釣り合わない的な思考をするのは、むしろあのふたりに失礼なんじゃないの!?」


 はぁはぁ、言ってやったぜい……。これで嫌われたとしても最後に言いたいことを口にできたのだからべつに構わない。そりゃもちろん、仲良くしていたいけど。


「あなたがそんなのだから麗さんも興味がない的なことを言わなければいけなくなるんだよ! だって望んで振られたら悲しいでしょ? いま初音ちゃんだってそう言ったよね? あの姉妹は綺麗だけど、それでも自分たちと同じ人間だから怖いことだってある! あなたはあの姉妹を上に見すぎなんだよ! わかったか!」

「ぷっ、あははっ、なんか千尋が面白いっ」

「笑いごとじゃないんだよ!」

「あはは……ふぅ、うん、千尋の言うとおりかもしれない。でも私だって何回も興味がない的なことを言われて自重していたんだから。……あのさ、千尋が麗のことを好きなんじゃないの?」


 自分が麗さんのことを? 違う気がする。これはただ単純に羨望というか麗さんや麗子さんみたいな存在に自分もなりたかっただけだ。

 だからずっとコソコソ彼女を見ていて、その途中で初音ちゃんも見ることになって、もどかしくなって、でも仲良くしてくれて嬉しくなって、姉妹を見ていて良かったといまなら心から言える。

 彼女が言うように一生関わらないまま終わる人というのはたくさんいるだろう。だけど今回自分はこうして彼女と関われるようになったんだから、ムダなことはなにもないと学ばせてくれたそんな機会だった。


「わたしはね、麗さんや麗子さんみたいな存在になりたかっただけだよ。もちろんなれるわけもないから近づきたかった、少なくともお友達でいられればそれで良かったんだよ。だからね? そういうことを気にしなくていいんだよ? 仮にわたしが姉妹のどちらかを好きだとしても気にする必要は一切ない。初音ちゃんがふたりのどちらかを好きになって一生懸命になる――なりたいってだけだもん。応援してるよ? あ! でも、わたしを忘れずにいてくれたらもっと嬉しいけどね」


 わたしたちは意味もなく反対側の校舎まで来ていて、静けさがより増すそんな空間で足を止めた。

 彼女はこちらを振り返り、その真剣な顔に少しだけドキッとしつつ、なにかを言ってくれるまで黙って待つ。


「友達なんだから忘れるわけないでしょ? それにその赤色の髪は派手だもん」

「あははっ、そっか」

「うん、そうだよ。ねえ千尋、ちょっと抱きしめてもいい?」

「えっ? あ、ちょっ」

「ごめん、ありがとうって言いたかったの。でね? なんかあのふたりに頻繁に抱きしめられるようになってから、私もするのが癖になっちゃったみたい」


 あのふたりに頻繁に抱きしめられるようになった? すごいことを言っているって自覚がないんだろうな、この子は。

 わたしが調べた限りではべつに学校外にまでファンがいるような子たちではないけれど、それでもあの姉妹を狙っている人間が多いことは知っている。

 でも、ほとんどの人間は近づけずに足踏みし、時間だけが経過していくだけだというのに、この子はなんとも贅沢な話をしてくれるものだ。

 ある意味、あの子たちよりも上だと言っても過言ではないだろう。この子が選べる立場にあるんだ。なのにあの自己評価の低さ、変えてやりたいねえ。


「はは、千尋も麗みたいに温かい」

「初音ちゃんはちょっと冷たいかも」

「いろいろ考えていたからね。だけど千尋のおかげで少しスッキリしたかも。もう1回真剣に向き合ってみるよ、あのふたりに」

「梨帆ちゃんはいいの?」

「あの子はみんなを平等に扱う子なんだ、踏み込もうとしたら悲しい結果に終わるだけだよ」


 ちがう、とは言えなかった。その証拠に彼女は初音ちゃんとだけいるわけではないからだ。むしろ、銀金姉妹とばかり一緒にいる気がする。


「ありがと、千尋」

「うん」

「千尋はいいにおいがするね」

「そうかな?」

「あ、いや、安心できる感じ」

「そうかなあ?」


 うーん、でも初音ちゃんが自分を必要としてくれているみたいで嬉しいことではあるし、細かいことは気にしなくてもいいだろう。

 ただ、こんな場面を見られたらあの双子に――殺されてしまうよ!?


「初音ー」「初音さーん」

「あ……」

「ごらあああ! 赤崎千尋ー!」

「ひゃあああ!?」


 わたしオワタ、さよなら初音ちゃん!

 ……だけど初音ちゃんから離れられて良かったな。

他人視点で書くとちょっと地の文書きやすいのはなんでだろう。

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