16.『幸せなことに』
読む自己で。
土曜日。
今日は久しぶりにお母さんとお買い物に来ていた。
お買い物と言っても食材を買いに来ただけだが、わざわざ近くの商業施設を選んだので気分は少し弾んでいるというのが、現状である。
そして、現在は母と別れてお菓子選びをしていた。
「んー、チョコバーは安いしこれを買うとして、あとはスナック菓子かなあ」
もちろん、人がいないことを確認してからの呟きだ。さすがに人がいるところでできるようなメンタルはしていない。
ポップコーンだったりお煎餅でも美味しいわけだし選択肢はたくさんある。が、たくさんあるからこそ悩んでしまい、母のところに戻ることができないまま時間だけが経過していく。不安や焦り、さすがにひとりで帰るようなことはしないだろうけど……。
「あの」
「ひゃっ!? あ、紗子さん」
「いきなり声をかけてすみません。こんにちは」
「こんにちはー」
うーん、やはり麗や麗子のお母さん――紗子さんと会話するのは緊張するな。
うちの母があんなんだから余計にそう感じる。敬語なのも影響大だ。
「初音さんだけですか?」
「母と来ていますけど、いまはそうですね」
「いつも娘達と一緒にいてくれてありがとうございます」
「いえいえ……、むしろ私のほうがいてもらっている形でですね」
これも牽制のように感じるのは自分の心の弱さだろうか。素直に受け取れない私が悲しい。
「紗子さんはおひとりですか?」
「いえ、麗子と来ていたのですが……、はぐれてしまいまして」
「えっ? た、大変じゃないですか! 一緒に探しましょうか?」
「申し訳ないですけど、お願いしても大丈夫ですか?」
「はい! 少し商品を戻してくるので待っていてください!」
とはいえもうすぐそこ、ぱぱっと戻して紗子さんの場所に戻る。
「そういえばチップがどうこう言ってませんでしたっけ?」
「ふふ、嘘に決まっているではないですか、そんな物を娘の携帯に仕込んだりしませんよ。前にあなたのお家に行けたのは、事前に麗や麗子からあなたのお家の場所を教えてもらっていたからです」
「あ、そうだったんですねっ、安心しました!」
ただ、麗子とはぐれていることは安心できない。母にもきっちりその旨を連絡して施設内をふたりで歩いていく。
休日ということもあり施設内にはたくさんの人間がいるが、あの綺麗な金色の髪を見れば一発で気付けることだろうと考え、あまり不安視はしないでおいた。
マイナス思考をしていたらだめだと麗に教えてもらったわけだし、していると本当に会えなくなりそうなので、何度も「大丈夫ですよ」と紗子さんに声をかけながら歩いていくと――ソファに座っている彼女を発見した。紗子さんと彼女は気づいていないようだったので、紗子さんの手を握らせてもらい誘導開始。
「麗子っ」
「あ、初音さん! ……と、お母さん……」
「ふふふ、ごめんなさい、はぐれてしまって」
彼女はジトッとした目線で紗子さんを睨みつけているが、紗子さんのほうは楽しそうに笑っているだけだ。何歳かはわからないものの、その笑顔が魅力的で私はぼうと見つめてしまう。
「お母さんは大丈夫ですから、ふたりで色々見てきたらどうですか?」
「そんなこと言って、また迷子になるのでしょう?」
「少しは信用してください。頭脳明晰、容姿端麗、実の娘にも負けないそんな魅力があると信じています」
「大人げないわね……」
容姿端麗はそうだけど、はぐれている時点で頭脳明晰は違うような気がする。
「私は純子さんを見つけてお買い物を一緒に楽しみます。ふたりはゆっくりと楽しんでください」
お母さんのことを知っているのかと困惑している間に紗子さんは歩いて行ってしまった。
「ごめんなさい初音さん、母が迷惑をかけてしまって」
「ううん、麗子と会えて嬉しかったから」
「……あなた、それ麗や他の子にも言っているのでしょう?」
「うっ……」
「まあいいわ、少し適当に歩きましょうか」
了承し、ゆったりと歩いていたんだけど、
「れ、麗子ぉ……」
人が多すぎるのと彼女の歩くペースが速いのではぐれそうになってしまう。紗子さんを責めることはできない状況になっていた。
「ん、手を繋ぎましょうか」
「うんっ、えへへ!」
「あなた、麗にされても喜んでいるのでしょう?」
「い、いいじゃんっ、綺麗な子にされたら気持ちだって弾むよ」
「……初音ちゃん、そういうのやめて」
「完全完璧妹モードきたー!」
「……迷惑よ、やめなさい」
素直にならないと私みたいになっちゃうからやめたほうがいい。
――とりあえず特に目的の場所があるというわけでもない私たちは施設内を歩きまくった。フードコートでアイスを食べたり、洋服屋さんで意味もなく眺めてみたり、ほんとになにもかも適当なのにそれが楽しくて、気づけば16時を超えてしまっていて。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
始まれば必ず終わりがくる――わかっているはずなのに少し寂しくて彼女の手をぎゅっと握った。
「私と一緒で寂しがり屋なの?」
「うん……」
「でももう終わりだよ初音ちゃん」
「うん……」
妹モードになってまでそう言われたら従うしかない。
だからほんの少しの寂しさを抱えつつ、私は麗子と帰ったのだった。
その日の夜。
私はお風呂から出た後、『今日はありがとう』というメッセージを麗子に送る。
リビングではなく部屋に戻り、それからすぐにベッドへダイブ。
「……こない」
お風呂にでも入っているのかな? そ、それとも甘えたのがうざかったとか?
不安で仕方なくなった私は、何度もアプリを起動したり終了させたりさせてしまう。でもこない、くる気配が一切ない。
「初音ちゃーん!」
「なにー?」
「麗子ちゃんが来たよー!」
「えぇ? そういう来るは期待したわけじゃなかったけど」
1階に行くと碓かにリビングのソファに麗子が座っていた。髪の毛が少し濡れてしっとりとしていることから、入浴済みなことだけはわかる。
「ど、どうしたの?」
「……麗お姉ちゃんと喧嘩……」
「ありゃ……」
「だから泊まってもいい?」
「うん、いいよ」
母がいる前でも妹モードな彼女を帰らせるわけにもいかない。本音を言わせてもらえば連絡してもらいたかったけど、来てしまったのならもう仕方がない。
「お母さん、おやすー!」
「うん、おやすー! 麗子ちゃんもおやすー!」
「お、おやすー……」
「あははっ! へぇ、麗子ちゃんって本当はこんな感じなんだねっ」
「うぅ……、お、お世話になります」
「うん、ゆっくりしていってね! ただ明日、ちゃんと麗ちゃんと仲直りしてね」
「はい……」
部屋に移動。
「自由にしてね」
「……ごめん」
「ううんっ、大丈夫だよ!」
ベッドの端に座った彼女の頭を優しく撫でる。いつも撫でてもらって心地良さを味わわてせてもらっているので、彼女にも返していきたかった。
「いいこ」
「……ん」
「なんで喧嘩になっちゃったの?」
「……今日一緒に過ごしたって言ったら、お姉ちゃんが『ずるい』って」
「もう麗ったら……」
それだけで喧嘩とかなにやっているのさ……。私なんてむしろ麗としかいないと言えるくらい一緒にいるのに。麗子をここまで追い詰めていま頃、「やってしまったわ」とか考えそうだ。
私に不器用みたいなこと言ってくれたけど、1番そうなのは彼女の方じゃん。お姉ちゃんなのに妹を傷つけるようなことをしてはいけない。比べられていつも不安が溜まっていたとしても、なるたけいい人間でいようとするのが必要とされるスキルではないだろうか。
「でも……そのおかげで初音ちゃんといられて嬉しい」
「きゅんっっときたあ!!」
「ひゃうっ!?」
「あ、ごめん! でもさ、あまりにも嬉しいこと言ってくれたから」
「うぅ……また怒られちゃうかも。もしお姉ちゃんがここに来たら、かばってくれる?」
「任せて! でも、来ないと思うけ――」
部屋の扉が開かれる。
その向こうには鬼のような顔の彼女が立っていた。
「麗子っ! なに初音の家に逃げ込んでいるのよ!」
「お、お姉ちゃ――は、初音ちゃん助けてぇ」
「れ、麗! 麗子を責めちゃダメだよ!」
「ごらあああ!」
「「ひゃあ!?」」
今日の麗はとてつもなく怖い。このまま続けていると私のせいだとか言い出しかねないのでベッドに連れ込むことに。そのまま布団をかけて黙らせたら処理完了!
「もがもが!」
「ご、ごめんね、でも麗子が怯えちゃうからさ」
「はぁ、悪かったわよ麗子」
「……お姉ちゃん怖い、嫌いっ」
「なっ!? ……ショックだわ」
私もダメージ受けたぁ……。これがもし自分に向けられたらと考えただけで、どうにかなりそうだった。
「ごめん……嘘ついた。お姉ちゃんのこと好きだけど、初音ちゃんといたら怒るのは嫌い」
「だって……ずるいじゃない、あたしも誘ってくれればいいのにふたりでコソコソと……」
「お母さんがお買い物に誘ってきたのに、断ったのはお姉ちゃんだよ?」
「うっ……そ、そうだったわね……行けば良かったわ!」
麗は紗子さんと同じで大人げないのかも。
というかさ、これじゃまるでふたりが私を奪い合っているみたいじゃん。え、なにこと理想的な展開は? どうしてこうなったんだろう。
「お姉ちゃんずるいよ」
「いや、これはこいつが勝手に……」
「そうやってちゃっかりしているところも嫌い……」
「おぇ……吐き気が込み上げてきたわ」
……姉妹をベッドで寝かせて床で寝ることにした。
一応、自惚れでもなんでもなく私のベッドで寝たいみたいだし、この対応が1番問題が起こらずに済むだろう。
というのは言い訳で、完全完璧妹モード麗子と怖いけど綺麗で可愛い麗に挟まれたら寝られないと思ったからだ。
「初音ちゃんと寝たい、お姉ちゃんとはいつでも寝られるし」
「うーん、麗はどうする?」
「別にベッドは広いんだから3人で寝ればいいじゃない、あんたは小柄なんだし全然余裕よ」
「……ま、いっか! 3人で寝よ!」
中央に寝転んで手を胸の上で組む。
両端にいるのは王子様ではなく王女様だけど、両手に華ってやつだ。
問題だったのは、
「あの、どうして腕を抱くんですかねぇ、ふたりとも」
これだ。そも、こっちに向かれて寝られたら落ち着かない。
「いいじゃない、減らないでしょう」
「そうだよ、ダメなの?」
「……ま、いっか!」
幸せなことには変わらない。
心地良さに包まれながら寝るとしよう。
みんな魅力的だけど、麗と麗子のどちらかかなあ。




