14.『この距離感で』
読む自己で。
「麗は梨帆ちゃんのこと好き?」
サラサラな髪を依然として撫でつつ聞いてみる。
私についてはズタボロだけど、彼女への気持ちはどうなのかということを。
おまけに呼び捨てになんかもしたりして、親密感を出してみた。
「梨帆? あいつとは出会ったばっかりだしね、そんなの分からないわよ」
「好きか嫌いかどうかで」
「それなら、嫌いではないわね」
「そっか、答えてくれてありがと」
少なくとも満くんが好きになるよりも可能性はあるということだ。
そうなった場合は私なりに協力してあげたいと考えている。恋人にはなれなくてもそれで居場所を確保するためだ。ふたりのためと言うよりも、自分のためなのが複雑なところではあるけど、人間というのはそういうものではないだろうか。
「あんたは梨帆のこと好きなの?」
「うん、中学3年生からの付き合いだからね」
「違うわよ、特別な意味でってこと」
「……そんなの意味ないから」
一方通行なもどかしさを味わうくらいなら、そういう気持ちを端から抱かないほうがいい。特別な気持ちを抱えると常日頃からぎこちなくなりそうだし、その点でも私にはメリットがないわけで。おまけに、麗や麗子とお付き合いができないから梨帆ちゃんを求めた――なんて思われたら嫌なのだ。
「あの赤髪のやつは?」
「あ、千尋ちゃん? それこそ、出会ったばっかりだからね」
「どうだか」
彼女は呆れたような声を出し、ため息をついていた。
でも、どうしてそんなことを気にするんだろう。私に興味がなくても、私が好きになる人には興味があるということだろうか。それとも、いい感じの雰囲気になってから奪い取りたいということだろうか。
「さっきからどうして気にするの?」
「は? 別にいいじゃない、こういうのを聞くのが友達なんでしょう?」
「そうだけど、意味のないやり取りだよね、これは」
「はぁ……さっきからなんなのよあんた。意味ない意味ないって、意味がなかったらあんたはしないの? それじゃあ、あたしの頭を撫でるのも意味のない行為じゃない」
そういえばそうだ、なんで私は彼女を落ち着かせようとした? こちらには絶対に振り向かないというのに意味のないことをして――ほんとにバカらしい。
だから私は撫でるのをやめた。彼女もまた私の腕を抱くのをやめた。
「なら、一緒のクラスになったのも意味のないことよね」
「ま……そうかもね」
「なら、こうして一緒にいるのも、意味のないことよね」
私たちってどうしてすぐにこうなるんだろうか。その全てのきっかけが自分なら申し訳ないと思うけど、相手にも問題はある気がする。
だって好きな人とか聞いてきたら期待するじゃんか。興味を持ってくれているんじゃないかって思ってしまうじゃないか。
でも、彼女の意識はこちらには絶対に向かない。だったら、傷つかないために守る必要があるじゃないか。
「……意味ないと思うなら帰ったら」
「あんた、そんな思考していると側に誰も残らないわよ。後悔したくないなら、今すぐにでも改めた方がいいわ」
「……これはあなたが望んでいることでしょ、だってあなたが意味のないことって口にしたんだから」
「あたしは……もう……何回こうなるのよ……」
私の気持ちをまるで考えてくれてないからだよ。
きっぱり言うくせにのうのうと近づいて来て、同じクラスになったことや、一緒にいることすら、意味のないことだと決めつけた。
私が言いたかったのは、こちらに興味がないのにそんなこと聞いてきても意味はない、これでしかなかったのに、1番、言われたくない言葉を彼女はぶつけてきたんだ。友達としてすらいたくないなんて私の存在を全て否定しているようなものじゃないか。
なるほど、碓かに彼女からすれば必要のない存在なのかもしれない。いまこうして一緒にいるのも、言葉を好き勝手にぶつけられる弱者だからなのかもしれない。
「……初音、またすれ違いになるのは嫌だからね」
「麗ちゃんのせいじゃんか!」
「それはあんたが! ……はぁ、悪かったわよ」
「もう! 一緒にいたくないなら口にしないで黙って去ればいいでしょ!」
彼女と違って綺麗でもないから誰も来ないんだ。彼女の言うように、側には誰も残ってくれないんだ。弱いから……ひとりぼっちではやっていけないんだ。
だからこそ彼女には求めた、友達ではいてくれと何度も。それすら迷惑だったとしたなら、一体、なにを望めばいいんだろうか。
「……あんた面倒くさいわね、寂しいくせに隠して平気なふりをして、でも、器用じゃないからすぐに爆発させてしまう、他人に正直なところをぶつけないと落ち着かなくなってしまう。なんでもかんでも、0か100でしか考えられない極端な思考……、よくそんなんでこれまで生きてこられたわね、逆に素晴らしいわよ」
「ば、馬鹿にしてっ!」
そりゃ、決めたことすらすぐに破ってしまうダメダメな私だけど、彼女だって面倒くさい性格をしているじゃないか。
すれ違いになりたくないとか言っておきながら、毎回毎回、こちらの痛いところを突いてくるじゃないか。好き勝手に行動をして、こちらを傷つけてくるじゃないか。
「あんたが麗子に言ったんじゃない、自分達の前では偽らなくていいって。なのにあんたが1番偽ってどうするのよ? どうしてあたしにすら吐き出せないのよ……
あたしはそれが悲しいわ……」
「悲しいって……麗ちゃんが私をイジメるんじゃんか、私だって何回も喧嘩なんかしたくないよ……」
「だから……仲直り、しましょうよ」
「麗ちゃんのせいなのに……」
「もう面倒くさい、あんたを好き勝手にするわ! 後で文句を言いなさい!」
「はぶぎゃっ――」
どうして綺麗な子たちは抱きしめたがりなんだろう。胸に顔が埋まって正直、気持ちいいけど、どこか複雑なのは否めない。
「あんたはこうされておけばいいのよっ、特になにも考えなくていいの!」
「う、うん……」
「あーもうっ! ……あんたってホントにアホよね!」
「えぇ!? ひ、ひどいよ……」
アホですみません。
いやほんとに面倒くさい性格をしていると思う。彼女の言うように0か100でしか考えられない極端な思考回路――どうしてこうなったんだかねぇ。
「……でも、あたしはあんたが……す、好きなんだから」
「えへへ、ありがと! 友達として好きって言ってもらえるだけで満足できるよ」
「うん」
「私、このお山と麗ちゃんの髪が好き。あと、赤色の瞳とかも」
「さり気なくセクハラ発言すんな」
「ごめん! けど……揉んでいい?」
「いいわよ! なんて言うわけねえでしょうが!」
ちぇ、同性なんだからそれくらい許可してくれてもいいのによぉ、綺麗なのはケチな生き物だぜ、まったく。
「……におい好き……」
「抱きしめる力が強すぎよ……」
「だって離したくないんだもん、いまこのときだけは私のもの」
うーん? 同性で抱きしめ合うのは健全、かなあ? あと、この漂っている雰囲気もなんとなく良くない方向へ向いている気がする。
「ただいまー!」
「「え……」」
「あ! あちゃぁ……ご、ごめんね? いいところで邪魔をしちゃって! って、あなたが麗ちゃんだよね!? はじめまして! 初音ちゃんの母の純子って言います! へへっ、よろしくね!」
しまったぁっ!? ガチャガチャ鳴っていたであろう音すら聞こえず、彼女が柔らかさや温かさを求めてしまっていた。ああ、呑気に笑みを浮かべてこちらを見つめる母の純粋な視線が、私を貫くよぉ。
「こ、これはちがっ!?」
「だいじょうぶ! 私が麗ちゃんと同じくらいのとき、お父さんに同じように抱きついていたからねー」
「そ、そうなんですか?」
「やだなー、敬語はいいよー!」
「……はぁ、驚かせないでちょうだい」
「それは申し訳ない! いやぁ、本物を見れて嬉しいよ! いままでメッセージでしかやり取りしてなかったから、ずっと! 気になっていたんだからね!」
やっぱりこのふたりには繋がりがあったみたいだ。
私がこの子の母親に気に入られたいと思ったように、麗も同じように考えたのだろうか。でも、私のお母さんと仲良くなっても全然、意味はないのになあ。
「ねえ麗ちゃん、そのお胸……パッドとかじゃないよね?」
「そうね」
「うわーん! 高校生に負けてる大人ってっ……」
「いいことばかりでもないわよ」
「だからってさあ……って、ごめんね初音ちゃん! 彼女取っちゃって! 私は部屋に戻ってるからねー」
去っていくのを見ていたであろう麗が「忙しい人ね」と口にして苦笑していた。
「彼女って……」
母が言っている意味とは違うけど、女の子なんだから『彼女』でも間違ってはいない。だけどお母さんよ、この子が彼女になることはないのだよ、悲しいことに。
「親なんてあんな感じでしょう? 深く考える方がおかしいというものだわ」
「そうだね、うん、麗ちゃんの言うとおりだよ」
「麗でいいわよ」
「麗……もっと」
「って、純子と話をしている間も抱きしめていたじゃない。見せつけているのかと思ったくらいよ」
「だって……好きなんだもん、それに麗って温かいし」
あとは暖かく心地がいい。
「そうかしら? 冷え性だからそうでもないと思うわよ?」
「いーの! 麗は勝手にされておけばいいの!」
「はいはい、あんたは面倒くさいわねえ」
「お互い様だよ!」
彼女を抱きしめておけばワンチャン自分の絶望的な胸も大きくなる――なんてことはないかもしれないが、こういうのはプラシーボというし信じていたい。
それに教室では独り占めできないのもあって、こういうときにとことん甘えておくしかないのだ。
「あれ、私が麗を落ち着かせようとしていたのに」
「落ち着かせるどころか、あんたはあたしを傷つけたじゃない」
「だからそれは麗の……ごめん」
「あははっ、あんたらしくていいじゃない! それに今回は喧嘩にならずに済んだわけだし、あたしとしては特に問題はないわよ」
「ぎゅー」
「……あんたって力が強いわよね……」
「これは麗への思いの強さだよー」
特別な関係になれなくてもいいから、この距離感でいさせてほしいと私は願ったのだった。
喧嘩→仲直り好きね。




