12.『なにもかも嘘』
読む自己で。
3月。
1日に行われた卒業式では卒業生が全く泣いてないのに私が泣いたりしてしまったが、それが以外は特に問題なく時間が経ち、14日――ホワイトデーの日がやってきた。
今日は一段と満くんが落ち着きなく見える。諦めろと言われた彼でも、もらったからには返さなければいけないと考えているのだろう。
「初音、一緒に帰るわよ」
「麗ちゃん」
彼女がきたタイミングで彼もこちらへと向かってくる。
「ふ、藤島、コーヒーの無料券があるんだが、これでもいいか?」
「は? ああ、そういえばホワイトデーよね、ありがと」
「……一緒に行かないか?」
「友達としてなら構わないわよ?」
「やっぱり無理なのか? 他に好きな奴がいるとか……」
「いないわよそんなの、それに好きになるなら同性がいいわ」
「ハツとか?」
「ないわね」
ない、か、……分かってたけどかなりきつい。
そこでふと彼の持っているチケットが2枚だということに気づいて、
「行くなら気をつけてね! 私はお母さんに返すようのチロレを買いに行かなくちゃいけないしさ」
そう説明して教室をあとにする。
求めてこないし、求められても困るけど、母に1000円くらいの物は返したいと考えていて、なにをあげれば喜ぶのかを考えながら学校から出た。
チロレチョコを1000円分購入するというのも芸がないだろう。これはへたに私が決めるよりも母に直接、選んでもらうのが1番いいのでは? そうと決まればさっさと家に帰ろう。
自分でも驚くくらいの早さで帰還、リビングに突入する。
「ただいまぁ!」
「ひゃっ!? び、びっくりしたじゃんか……おかえり」
「お母さんっ、なにか1000円ぐらいで欲しい物ってない?」
「んー、もったいないからいいよ。そのかわりに、甘えてくれる?」
「あ、うん! ぎゅーっ」
私も心から信じられる母に触れて落ち着きたかったし、ありがたい提案だった。
「初音ちゃん、なにかあったんでしょ? 悲しそうな顔をしてたよ?」
「あはは……べつにそんなことないけどね。むしろ誰にももらっていない分、返さなくていいから気が楽なくらいだよ」
気を遣うし出費が増えるし、なにもデメリットばかりではない。さすがにホイホイと他の女の子を抱きしめられるわけでもないため、実際に助かっていた。……おまけに麗がはっきり言ってくれたことも、それに拍車をかけているというわけ。
勘違いしなくて済む。彼女がいてくれるのはそれこそ友達だからというわけで、未来の私が傷つくようなことにはこれでもう、ならなくなったわけだからね。
「あぁ……梨帆ちゃん戻ってこないかなぁ」
「お付き合い始めちゃったんでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
あのふたりよりかは可能性があると思うんだ。というかもう、麗も麗子も可能性がないことはわかっているんだから期待するだけ無駄だ。進んで傷つくルートを選びたくないし、わざわざ努力をしたくない。
「女の子しか好きになれないのも問題だなあ」
「あはは、でもいいじゃん、どちらの性別にも興味を抱かないよりかはさ」
「うん、それは私も思うけどね」
なんて会話をした数日後、終業式を終えて家へと帰ってきたときだった。
「やっ、はっちゃん」
「え……ど、どうしてここに……」
彼女は呑気に笑みを浮かべ、「どうしてか、んー」と考えているようだった。
「まあ、細かいことはどうでもいいだろう? 純子さんに会いたいんだけど、いいかな?」
「う、うん……じゃあ家の中にどうぞ」
しかし今日はどこかに出かけているらしく、久々の彼女とふたりきりタイム。
「変わらないね」
「そりゃそうでしょ」
インターホンが鳴って出てみたら、これまた意外なお客さんである麗子だった。彼女も家の中に入れてリビングに連れていく。
「こんにちは」
「ええ、こんにちは。初音さんのお友達、かしら?」
「そうだよ。小学生の頃から付き合いがあって、久しぶりに来させてもらったんだよ。僕は谷上梨帆って名前なんだ、よろしく」
「私は藤島麗子よ、よろしく」
「ふむ、綺麗な子とお友達なんだね、はっちゃんは」
「うん、まあね」
私の目的的には意味のない関係だけど、これはまあ黙っておこう。
「で、麗子はなにしに来たの?」
「今日で1年生も終わりみたいなものでしょう? だから麗も呼んであなたの家でゆっくりしようと思っていたのだけれど、麗は頑なに『行きたくない!』と言ってきたものだからひとりで来たの。またなにか喧嘩でもしたの?」
「ううん、全然そんなことないけど」
ただ可能性が潰えただけだ。なんだかんだ言って甘い展開を期待してしまった馬鹿な私の下心が届かないとわかっただけだ。
ところで、私が食いついたわけでもないのに来ない理由はなんだろう。
満くんと一緒にコーヒーショップへ行ったことで仲が深まった、ということだろうか? 気持ちがバレたくないから隠すために来るのを拒む――ような性格だとは思えないけど。
「そのれいって子も綺麗な子なのかい?」
「うん、麗子と姉妹なんだ。あっちは銀色の髪で、目が赤くて、そして同じくらいお胸が大きい! 私や梨帆ちゃんとは違うんだよ……」
「はははっ、胸のことについて言われると傷つくなあ」
その割には平気そうに笑っているが。
「というか梨帆ちゃんっ、なんでお手紙のやり取りすらやめるって話になったんだよぉ、悲しかったんだからな!」
「だって君と会えないのが悲しかったんだ、やり取りを続ける度にそう思っていたんだよ。だから付き合い始めたとか嘘をついた、まさか本当に信じたの? それなら嬉しいかな、短い付き合いだったけど信用してくれていた、ということだから」
「え……付き合ってないの?」
「ああ、そうだよ?」
え、嘘でしょ? 私が思い浮かべた理想のルートに戻ったんじゃないの? この子しかいなかった過去に戻れるんじゃないのかな。
「谷上さん、不躾な質問で申し訳ないけれど、あなたはこの子のことが好きなの?」
「ははは、そういうわけではないけどね」
って、学ばない女め! なにを考えているんだろう、バカバカしい。
それでも、いつだってこうして他人によって可能性がないことを知ることになるんだなと考えて悲しくなった。
「ごめんなさい、勘違いだったわね」
「気にしなくていいよ」
「でも、どうしてそれなら初音さんの家に来たの?」
「久しぶりに見たくなっただけだね。明日から僕らも春休みだし、暇だったから来てみたら君に出会ったという形になるね」
「ねえふたりとも、外で話をしたら? ちょっと今日は疲れたし、帰ってくれると嬉しいかなって」
やってらんないからそれらしい理由をでっちあげた。
わざわざ県外から顔を見に来ただけとか嘘でしょどうせ。こっちには他にも友達がいるわけだしおまけでしかない。いまだって麗子と話せて嬉しそうだし。
「あなたが言うなら仕方ないわね。谷上さん、少し歩きながら話しましょう」
「うん、分かった。それじゃあまたね、はっちゃん」
「うん」
またねってなんだよ、どうせこれからまた当分――彼女が会いたいと思うときまで会えなくなるのに。ほんとに麗が来てなくて良かった。姉妹が訪れていたらよりみじめな気持ちになっていたから。
「というかお母さんに用はなかったのね……」
なにもかも嘘つき少女、悲しんだ私がこれまたバカらしい。
麗にも梨帆ちゃんにも現実を教えられ、残ったのは麗子だけど彼女もきっと同じことだろう。
いいんだ、期待しない! 私の心の1部は期待しちゃうかもしれないけど、頑張って抑え込んでいこう。
「うーん、春休みになったのはいいんだけど……」
課題があるというわけでもなし、やることがまるでない。
母はお友達とお出かけしちゃっているし、誰かと遊ぶような約束もできてない。
つまらない、少し長い連休なのにこんなのでいいのだろうか。
「はっちゃーん!」
「うぇ!? り、梨帆ちゃんの声……」
玄関に行って扉を開けると、麗や麗子よりもさらに高い彼女が立っていた。
「な、なんでここに?」
「ああ、昨日は麗子さんに泊めさせてもらったんだよ」
「へぇ、それじゃあね」
「わぁ、待って待って! なんでそんなに冷たくなっちゃったんだい?」
「べつに。そんな細かいことどうでもいいじゃん」
麗子のことを名前呼びしているということは、当然、姉のほうも呼び始めたことだろう。いいじゃないか、お似合いじゃないか、なんでこんなところに来るんだ。
玄関先にいられても困るのでリビングに連れていく。飲み物を準備、そして渡してどかっとソファに座った。「ざ、雑だね」と彼女は苦笑した。
「なんだよー、麗子たちのところに行けばいいだろー」
「僕の本当の望みは君といることだ、麗子さんたちと出会ったのは偶然だよ」
「どうだか、そうやってすぐに名前呼びしてるんじゃん」
まあでも? 私のときだってすぐ名前呼びになったわけだから責めはしないけれども。というか、彼女が彼女たちのことを名前で呼ぼうがどうでもいい、……どうでもいいんだそんなこと。
「おいで?」
「……子ども扱いしないで!」
「でもよく僕に抱きついて喜んでたじゃないか」
「そんな私は知らないし! って、頭を抱きしめるなあ!」
「はは。だけど、すぐに落ち着くだろう?」
なんだこいつっ! 勝手に他県の高校を志望しておいて「本当の望みは君といることだよ」なんて勝手がすぎる。どれだけ寂しかったと思っているんだ!
「そういえば麗さんにも会ったけど、本当に綺麗な子で驚いたよ。よくあのふたりと関係を作れたねはっちゃん」
「はいはい、どうせ私じゃ釣り合わない相手ですよ! というかなんだよ、そうやってネチネチ現実をぶつけてきてさ!」
「もう……どうしてそこまで捻くれてしまったんだい?」
「うるさいばかっ、ばか梨帆ちゃん!」
どれだけ不安だったかなんてどうでもいいんだろうな。でも彼女を責められる立場でもないか。だって友達に合わせて高校を選んでいたら今後に支障をきたしてしまうから。私だって積極的に負担をかけたいわけではないし、ここでもう終わらせることにしよう。
「ごめん梨帆ちゃん……」
「いいんだよ。ふむ、でもはっちゃんは寂しかったってことかい?」
「うん……ひとりで寂しかった、梨帆ちゃんと別れたくなかった! 付き合い始めたって聞いて、お手紙のやり取りをもうやめるってなったとき、ほんとに悲しかったんだから!」
「うん、ごめん」
あ、ここで終わらせるって直前に考えたくせにこれだ。あはは、ある意味、私らしくていいかもしれない。
「んー、藤島姉妹ともっと仲良くなりたいなあ」
「梨帆ちゃんならできるよ、頑張って!」
「うん、ありがとう」
満くんや他の子に取られるくらいなら梨帆ちゃんに取られたほうがいい。彼女たちの母親も麗子以外の女の子と付き合うことを望んでいるわけだし、正に最適な存在と言えるだろう。
「ところで、君はあのふたりのどちらが好きなんだい?」
そう聞いてきたときの彼女の顔は、そこはかとなく真剣だった。
梨帆クンのほうが会いそう。




