11.『己の周りには』
読む自己で。
2月26日――期末テスト最終日。
私は最後の教科の答案用紙再び裏にして頬杖をつく。
勉強は頑張った。一昨日、昨日、今日のテストも問題なく挑めたし、特に不安視はしていない。むしろ私の気分は弾んでいたくらいだった。
チャイムが鳴って用紙が回収され、これにて無事にテストは終了!
3月にある主な行事は卒業式と終業式だけだ。あとは気軽に通うだけでいい。
「ハツ、お疲れさん」
「お疲れー」
「久しぶりに飯でも食いに行かねえか?」
「おっ、いいねー! 麗ちゃんも呼んであげるよ」
「おう、ちょっと先に外に出てるからな」
一応念の為に麗子のところに先に向かう。
「麗子ー、ごはん食べに行かない?」
「ごめんなさい、他の子に誘われているのよ」
「そっか、それじゃあ行くときは気をつけてねー」
「あなたもね」
麗子は無理か。それなら麗ちゃんを誘えばいい。
そういうわけで隣のクラスに移動すると、ぐーすか寝ている彼女がそこにいた。
私は前の子の席に座り、それから彼女の頭を撫でる。うん、触り心地がいい。
「だ、誰っ!? ……って、あんたか」
「あはは! ねえ麗ちゃん、いまからごはん食べに行こ? 満くんが行きたいってさー」
「ふぁ~……いいわよ? 行きましょうか」
「うーん、初手はどれにしよ……」
「いいから早く注ぎなさいよ、ドリンクバーなんだからいくらでも飲めばいいじゃない」
「そっか! それならこれ!」
みんなは普通のを好むけど、私はソーダのほうが好きなんだよね。
満くんのも強制的にこれにして私は席に戻る。
「なあハツ、麗ってなにが好きなんだ?」
私から受け取ったソーダを飲んでから彼が聞いてきた。
曖昧すぎてわからない。ひとつ言えるのは、恐らく彼を好きになるようなことはないってこと。……私の願望か、これは。
「大雑把すぎてわからないよ」
「そうだな、例えば物の好みとか」
「うーん? 私もわからないかな……」
仮に知っていたとしても教えたくない。私じゃ役に立たないと思ったのか、澄まし顔で戻ってきた麗に彼が食いつく。
「麗、お前の好きな物ってなんだ?」
「はぁ? 麗子がくれた物ね、それなら」
「なんか具体的な好みの物とかないのかよ?」
「あっても教えないわ、いいから食べなさい」
素気なく対応された彼は複雑さを隠すようにハンバーグを豪快に食べ始めた。
でもなんだろう、私が教えないのはこだわりがあるからだけど、麗はべつに教えてあげてもいいと思う。なんというか可哀そうだ、矛盾しているけど。
好みの物を教えたくらいで弊害はない。なんなら、それを容易に入手することが可能になるわけで。
「麗ちゃん、教えてあげてもいいんじゃない?」
「嫌よ、だってあたしは平田に興味がないもの」
「お、お前なあ……裏とかで話してくれよそれは」
「はっきり言っておかないと勘違いを助長させるじゃない。それで勝手に告白してきて、こっちがフッたら悪口を言う……、もうそういうのはうんざりなのよ」
これは綺麗特有な悩みか。私では一生、体験できないこと。
待って、それならどうして私にも言わないんだろう? 私なんか典型的なタイプですぐ調子に乗るタイプだというのに。
言われないから麗にとって自分が大切な存在――なんて自惚れることはできないけれど、少しだけ期待してしまうからやめてほしい。
彼女たちが悩むように、こっちだっていろいろな問題を抱えているんだ。同等とは言えなくても人間だし基本的には同じことだから。
「だから言っておくわ。絶っっっ対にっ、あたしがあんたのことを好きになることはないわ、無駄な時間になるからやめておきなさい」
「……ごちそうさま。食い終わったし帰るわ、金はここに置いておくからハツ頼んだぞ」
「え、ちょっと! あ、行っちゃった……もう麗ちゃん!」
「なによ? あんたには分からないから他人事みたいに言えるのよ」
「むぅ……ジュース注いでくるね……」
複雑な心から私は茶色、緑、黄色、白色を全部混ぜてカオスな物を持ち席へと戻る。わざと彼女の対面に移動してちゅうと中身を飲んだ。カオスなのになかなかどうしてこのドリンクは美味しい。ミックスをしないともったいないくらい。
「あんたね、平田に余計なことを言うんじゃないわよ。期待させたら悲しい結果になるだけじゃない」
「むぅ……私だって満くんが麗ちゃんに近づいていいなんて心から思ってないからね? だけどさ、美味しいごはん食べてるときに言うようなことでもないからさ」
私はべつに自衛するのが悪いなんて言ってない。だけどあんなんでも大切な幼馴染だ、悲しそうにしていると複雑な気持ちになってしまうわけで。
「2度とするんじゃないわよあんた、前だって勝手に母親に変なことを言って。私達のことを考えて動いてくれるのは嬉しいけど、全てがいい方向に繋がることばかりじゃないのよ? はぁ、もう少し考えて行動しなさい」
「なんでぇ……」
「そうやって後から泣くことになるくらいなら、するなということよ」
涙をゴシゴシと拭って、すぐにカオスな色のドリンクを全て飲み干した。
嬉しいとか言う割には怒ったじゃんか……、ツンデレもほどほどにしてほしい。
「はぁ……まるであたしがイジメてるみたいじゃない!」
「わぷっ……なんでいきなり抱きしめるのっ」
突き放したり近づいて来たりで忙しいな。いまだって私の横に移動してきて勝手にこんなこと。あと、地味に胸に当てて私との差を強調するのをやめてほしい。
「あんたは普通に生活してればいいの」
「うん……。でもさ、私も麗ちゃんや麗子、満くんのために動きたいんだよ」
「その気持ちは立派だけど……あ、それなら頭を撫でてちょうだい」
「え、いいの? それなら」
銀髪サラサラヘアーを撫でたら気分が落ち着いた。それどころか心地良くなっていまはこれだけに集中していたいと思えるほどだ。
「これであんたはあたしの役に立ったわ」
「こんなんでいいのかな?」
「そうよ、こういう小さなことでいいの、小さな積み重ねがなによりも相手のためになるものなのよ。だからあんたにその気があれば麗子にしてあげたらいいし、あのストーカー男にも同じようにしてあげればいい。ただし!」
彼女はそこで一旦区切り、私の頭を撫でつつ言った。
「抱きしめたり、抱きしめさせたりは平田にさせちゃダメよ?」
「あはは、満くんはそんなこと求めてこないよ」
彼ならきっとこう言うだろう、「ハツを狙うくらいなら純子さんを狙う」と。
だからこそ安心して側にいられるため、なにもデメリットばかりではない。
「というかあいつとどういう関係なのよ?」
「幼馴染なんだ、だからあんまり悪く言わないであげてね」
「ふぅん、幼馴染ねえ」
「意外?」
「いや、だってそうでもないとあんな奴と接点できないでしょ。一応、格好いい部類には入るんでしょうし」
「だ、ダメ! 麗ちゃんは満くんに騙されちゃダメだよ!」
そう言ったときの彼女の様子は普通の感じではあったが、このことに関してだけはしっかりこちらも言っておかなければならない。
「ふふふ、どうしてダメなの?」
「えっ……そ、そりゃあ、恋に関することではだらしないからだよ、満くんが!」
「なぁんだ、あたしはてっきり自分が狙っているからって言ってくれると思ってたんだけど、……期待外れだったわね」
「……れ、麗ちゃんには麗子がいるし」
それに彼女は麗子に向き合うと口にしたんだ、そんな望み薄なことを期待していたってそれこそ、悲しい結果になるだけ!
「そういえばあんたにチョコあげてなかったわよね」
「ビンタもらったよ?」
「うっ……」
「気にしなくて大丈夫だよ、チロレチョコ60個もらって全部食べたし」
うーん、だけど麗から欲しかったなあ、あのときの私は変なところで見栄を張っていたし、素直になっていたらくれてたのかな? 過去のことを考えても仕方ないか。
「麗ちゃん、2年になったら同じクラスで学びたいな」
「あたしを望むということは麗子とは同じクラスになれないのよ? それでもいいの?」
「麗子には悪いけど……うん、心からそう思ってるよ」
もっとも、願ったところで叶うというわけではないのが、もどかしいところだと言えるだろうが。
「チョコのかわりになにかあげたいわね……」
「それじゃあ、お友達でいてくれる? それだけで十分だからさ」
「友達なのは今もそうじゃない……ま、考えておくわ、3月になる前に必ずあなたになにかをあげる、もしくはなにかをしてあげるから、楽しみにしておきなさないな」
「しょ、正直、してほしいことはあるんだ」
「へぇ、言ってみなさいよ」
「こ、困らせるだけだから……」
これを言ったら離れる、私から望んだら離れていく。
そういう点では一緒のクラスになりたいなんて言うべきではなかった。終わってからじゃないと気づけないダメな存在だ。
「いいから」
「……抱きしめつつ『好きよ』って言ってほしい」
い、言っちゃったじゃん! でもこれが私の望みだし……。
「悪いけどそれは無理ね。抱きしめるだけなら大丈夫だけど、どうする?」
「ならいい、なにもくれなくていい」
あぶないあぶない、去られるようなことにならなくて良かったと考えよう。
べつにいらないんだ、なにかをもらえるようなことをしてはいないから。
そもそもバレンタインデーはもう過去のこと、だから不必要なことなわけだし、彼女に無駄なことはさせない。
「ジュースー注ぎに行きたからどいてー」
「……分かったわ」
いくら新しい味を追求しているからといっても、炭酸をミックスした後にコーヒーを入れるのはダメだ。過去にそれをして痛い目にあったから。
そのため、結局安全策に走ってしまった。これだけでも十分、カオスではあるんだけど。
「初音、今日はもう帰るわ」
「あ……そっか、それじゃあお金は置いといてくれればいいからね」
席に戻ったら離席したいと彼女から言われた。帰ると言っているのに引き止めるわけにもいかないので、お金だけ置いていってもらう。
「……またね」
「うん、ばいばい!」
こりゃマズったかもしれないな……、また喧嘩状態に戻るのは嫌なんだけど。
落ち着かなくて仕方ないので、とにかく飲もうと私は決めた。
ところがどっこい、すでに飲んでいたのもあってすぐにおなかいっぱい状態に。
このまま残っていても店員さんに迷惑がかかってしまうため、私は会計を済ましてお店をあとにする。
「なんかテストが終わったのに複雑な気分……」
暗に自分の周りには誰も残らないんだと神様から言われているみたいで、いろいろな理由から私は体を抱いて震えたのだった。
『好き』くらい言って女の子が相手なら言ってもいい気がするけどね。




