救済の光
「あーもう! さっきの完全なフラグになっちゃったじゃん!」
「あの魔法に死角は存在しないわ。これだけ試して無理なんだから」
騎衛瑠のガエボルグ。
絵依のジャスティス・チェイン。
二つの魔法をもってしても権藤の絶対防御の牙城を突き崩すことは出来ない。
「無駄だ無駄だ! お前たちに私の魔法は破れない。私の理想を壊せはしない!」
権藤が吠え、相対する二人の額には焦りの色が窺えた。
だが、絵依は信じていた。
九歳のころに出逢い、自分を幾度となく助けてくれた少年を。
騎衛瑠も信じていた。
明確な理由があるわけじゃない。彼らの言い方で言えば、一度は刃を交えた好敵手だからだろうか。
――一瞬の静寂が生まれた。
互いの攻撃の合間か、
はたまた、互いに疲れが見えたからか。
そして、その静寂を破ったのは、少年が立ち上がるときに生じた砂をこする音。
「あんたの理想がどんなものかは知らない。聞きたくもない。ただ……、大勢の関係のない人間を巻き込んだ、あんな事故の上に成り立つ理想なら俺が壊す!」
「有機!」
「無灯!」
【魔法「閃光の右腕」のアップロードを完了。これより再起動します】
白銀のヴェールに包まれる有機。
有機の右腕が指の先から肩にかけて光に染まる。
漠然とした白光から、きめ細やかな彫刻をかたどる様に、
魔法は徐々にその姿を明らかにさせていく。
「綺麗……」
絵依の口から自然と言葉が漏れた。
――燦然と輝く白銀の籠手。
その瞬きは夜空に浮かぶ星たちをも凌駕し、
細部にまでこだわった装飾は神秘的な光を強く照り返し、聖なる輝きへ昇華させている。
「トゥウィンクル・ライト 『2035』エディション。これがあんたを倒す力だ」
「やはりお前の目的は魔法のアップグレードだったか。だが、最新版に更新した程度で私に勝てると思うなよ?」
「……いくぞ」
今まで有機の使用していたトゥウィンクル・ライトは『2020』エディション。
つまり最初期に作成されたアプリだ。いくら高性能で強力なアプリとはいえ、それだけ型落ちすれば取得するために必要なポイントは少なくて済む。
トゥウィンクル・ライトの効力が及ぶのは右腕だけだった。だが、一五年分のバージョンアップを行ったことにより、その最新版の影響力は有機の全身に及んでいた。
それによる速力の上昇は二人の間合いを瞬時にゼロ距離に縮めることを可能にした。
そして、有機の会心の一撃が権藤へ突き刺さる。
「無駄だと言っただろ!」
ガントレットは例にもれず権藤のダークエアーによる鉄壁に防がれる。
「無駄じゃない!」
有機の腕から純白の燐光が舞い、肩口と肘から光を放出する。
少しずつ、だが、確実に。
ダークエアーを押し返し、ガントレットが黒壁にめり込んでいく。
有機はこの一撃に想いをのせる。
暴走事故に巻き込まれた人たちの無念。
そして、友を、青木を傷つけたことへの怒り。
彼らの代わりに有機は権藤を殴るのだ。
仁は言っていた。
想いのこもった拳はなにものにも勝ると。
「うおぉぉぉぉぉ!」
そして、
「ばかな!」
ついに鉄壁を誇るダークエアーが粉砕した。
霧のような外見にそぐわないガラスの割れるようなエフェクトが生じると同時、
有機の右腕は今度こそ権藤に届いた。
まさに閃光。
大地と平行に走る白刃の光は権藤を容赦なく叩いて飛ばす。
「やった!」
絵依がその場で飛び跳ねるが、
「いや、まだだ……」
騎衛瑠は今だ表情を崩さない。
絵依と騎衛瑠が見守る中、有機の視線は砂塵を巻き上げる校舎の方へ向いている。
「……ふざけるな! 私は……まだ倒れるわけにはいかない!」
小学校の校庭を数一〇メートルも突き飛ばされた権藤は目を血走らせながらも、立ち上がる。
鬼の形相で有機へ一歩、また一歩と近づくその姿は、もはや執念だけで動いているように見えた。
「私はこの技術を完成させ、世界中の天才たちに分け与えるんだ。天才たちが再び世界の表舞台に立つ時のために! それをなぜ……なぜ同じ天才であるお前が邪魔をする!」
「……」
「そうか……。クックッ! わかった、わかったぞ! 革命後に生まれたお前は天才の時代を知らないんだ! だから綺麗事が言える。あれはひどいものだった……。思い出すだけでもおぞましい……。今まで私を憧れの対象としてきた者が、羨望の眼差しで私を見てきた者が、私に笑いかけてくれる者が、そういった者たちの態度全てがあの革命をきっかけに変わった! 全てだぞ? これがわかるか? 昨日まで味方に囲まれていたはずの場所が次の日には四面楚歌になる。そしてそのことにまるで罪悪感も抱かない! この絶望はあの時を生きた人間、いや、天才にしか分からない!」
必死に語る権藤の目は何かに怯えているようだった。
熊の様に大きな体をした権藤が三人にはとても小さく見えた。ようやく権藤の内側を垣間見たのだ。
「……俺だってひどい目にはあってきたよ。けれど、あんたの言うとおり、あんたの気持ちをすべてわかってやることはできないんだと思う。……でも、それがどうしたっていうんだ」
「なん……だと?」
「俺は少なくとも一人、革命に負けなかった人間を、あんたの言う天才を知ってる。だから言える。あんたは間違ってるって」
「むぅーとおぉぉぉぉぉ!」
「俺があんたのようにならなかったのは俺を認めてくれる人がいたからだ。天才だとかにとらわれずに俺自身を、一人の人間として見てくれる人がいたから。だから俺はここにいる。あんたにもそういった人が傍にいたなら、こんなことにはならなかったのかもしれない……」
「があぁぁぁぁぁ!」
絶叫。
もはや権藤に理性と呼べるものは無かった。
すでにあの一撃で勝負はついていた。こうなっては意識が絶たれるまで戦いをやめないだろう。
その叫びに秘められた深い悲しみを有機だって理解できないわけではない。
でも、それでも有機にだって譲れないものがある。
「だから、これが俺からあんたに送る救済の光になることを祈ってるよ……。そしてこれでお別れだ。今まで俺を、みんなを守ってくれてありがとな」
権藤と有機を光が包みこむ。
それはまるで天使に抱かれているような、優しい光だった。




