権藤の選択
「セブンコード……。そうか、お前は管理者か。納得がいったよ。校内の事故をきっかけに政府の対応が早くなったのはそういうわけか。政府の介入を嫌う聖央学園の中なら大丈夫と踏んだんだが、私も考えが甘かったな」
有機は目を見開いた。違法職人集団の幹部である男はこの秘密組織のことも知っていたようだ。
「残念だったな。俺が管理者に選ばれたのは学園に入学してからだ」
「そうか。で? お前は私をどうするつもりだ?」
「なに?」
「我々は黒輪君に危害を加えたわけじゃない。この状況で君が私と敵対する意味はあるのか?」
その発言は大森と小森をまるで自分とは関係のないものとしているような言い方だった。
いままでやってきた行為も有機と敵対するには値しない行為だと。
「あるに決まってんだろ!」
「果たしてそうだろうか。君は天才だろ? 天才というのはあのドレイク・ドラゴンのように総じて自分にしか興味のない生き物だ。その点で言えば私は君の敵になるようなことはしていないはずだが?」
「……もういい、寝言は寝て言え!」
有機が仕掛ける。
まっすぐに権藤に向かいつつ、右手から水の糸を放出。
右側面から迫ってくる黒服の一人に水を巻きつけると、そのまま男を鉄球の如く振り回し、残る男たちを一掃していく。そして、権藤目掛けて男を投げ飛ばす。権藤は仁王立ちしたまま動かない。
そのままの姿勢で一言呟いた。
「0001 ダークエアー」と。
権藤にぶつかるはずだった男は黒い壁に遮られ権藤の目前に落下する。
だが、そこで有機の攻撃が終わったわけではない。
投げた男の背後に身を潜めていた有機は、渾身の一撃を権藤の顔の位置に展開された黒い壁の内側へ侵入させる。
――はずだった。
そのさらに内側に展開された黒い霧は有機の右手に絡まり、その力を無力化していく。
「くそ……」
とっさに距離をとる。
ガントレットに纏わりついていた黒い霧も離れ、それらは数一〇もの蛇となって権藤の周りにうごめいていた。それはまるで黄崎が権藤に放った魔法の模倣だった。
「わかっていないな。黄崎同様、根本を理解していない。私のダークエアーに死角はない。たとえ背後からの攻撃だったとしても防ぐことは容易だ」
権藤は自慢するでもなく、わかりきったこと、仕方がないこととして自身の魔法の能力を語る。
突破することは出来ないと端から決めつけているかのような口ぶり。
ただ、有機もむやみに攻撃をしたわけではない。
黄崎から聞いた権藤の魔法、その威力と効果を確認したに過ぎない。
直接見たことによって、やはり黄崎の仮説が正しいことを理解する。
――黄崎と有機は権藤の魔法は本来その防御性能よりも柔軟な汎用性を売りにしたものだと考えた。
だとすれば防御力自体はそこまで高くはないはず。
それでも黄崎や有機の魔法を防ぐことが出来たのは……
単純に『魔法を強化したから』。
唯一の弱点である防御力を独自の技術で補うことで、権藤は不可侵の状態を作ることに成功した。
この仮説が正しいのであれば、有機のすることは極めて単純だ。
自分も『強化』した魔法で正面からぶつかればいい。
有機のトゥウィンクル・ライトの性能は疑う余地もない。
それが防がれているのは、向こうが強化しているから。なら、こちらも強化すれば負けるはずがない。
有機は携帯を取り出し口元に添える。それは詠唱補助の準備。
『その光、約定を束ねる絆の光。
また、悔恨を照らす救済の光。
汝、我が内に秘めたる想い。
今、常闇を照らす希望となりて我が右手に集え。
我は許可する! その楔を絶ち切り顕現せよ!
トゥウィンクル・ライト・リバイスドエディション!』
「……?」
一息に詠唱を終えても右腕に変化が無い。
見ればわかる。
詠唱補助が不発に終わっているのだ。
「くっくっくっく」
権藤は堪え切れず腹を押さえて笑いだす。
「……どういうことだ?」
【ねえねえ! おかしいよ。有機の言葉以外におかしな音源を拾っちゃってる。その所為で詠唱が正常に認識されていないみたい】
とミクが慌てた声を出す。
「くっくっく! 無駄だよ。このブルーシートの覆う領域で詠唱補助は使用出来ない。そういう細工をしている。これが私の研究成果さ」
「まずいな……。詠唱補助が使えないなんて」
「しかし、さすがだと言っておこうか。私の魔法の弱点が根本的な防御力だと理解し、純粋に攻撃力を高めようとしたのだろう。だが、その方法は極めて限定的だ。特にポイントの少ない君は詠唱補助に頼らざるを得ない」
「どうしてこんなものを開発したんだ」
「全ては、天才たちのためさ」
「どういう意味だ?」
「詠唱補助封じは魔法強化の副産物に過ぎない。元々、詠唱補助が言葉で粒子に働きかける点に注目した私は、言葉など使わずに魔法を強化する方法がないかと考えた。私にはあんなこっぱずかしい台詞を言う趣味はないからな」
「……」
「使用頻度の高い黒魔法で事故を装い実験した。大森と小森を使って他色魔法でも実験を行った。まだ改良の余地はあるものの、おおむね完成したこの技術をもってすれば、努力や根性といったくだらない基準で与えられたポイントなどなくとも、強力な魔法を使うことが出来るようになる。まさに我々天才のための力だと思わないか?」
「天才たちのため……。だからこれまでに起こった魔法の暴走事故の被害者たちは、みんな努力家だったのか」
「まあ、そんなところだ。無駄な努力にいそしんでいる奴らを少しでも有効に利用しようと考えた私の粋な計らいだ」
「ふさけないで!」
有機が言おうとした言葉を絵依が先に言い放った。その瞳に涙がこみ上げている。
「こんなことのために……青木君や多くの人が犠牲になったなんて……。青木君は事故の所為で走れなくなったのよ!? あんなに走ることが大好きで、それが全てだった人からあなたはそれを奪った。一生懸命な人の人生を誰かが壊して良いはずがない! 許せない! 絶対に許せないっ!」
だが絵依の怒りは権藤には届かない。
最初から聞く耳など持っていないかのようにたたえた笑顔を崩すことはない。
「では君たち凡人が我々天才に何をした? 天才が努力をしていないと、一生懸命に生きていないと、君もそんな風に思っているのかい? ……黒輪君。私は君に許してもらおうなどと初めから思っていないよ。所詮、君は凡人だ。努力でその才を埋めようとする者だ。その青木という少年もそう。彼の名前くらいは知っているよ。だが彼も所詮、走ることにしか能のない人間だ。しかも努力をしてあの程度のな。私や無灯のように最初から才を持っている者とは根本が違う」
「そんなことない! 有機は違う! あんたなんかとは全然違う! 一緒にしないで!」
「ふっ! だそうだよ。無灯。君はどっちなんだ? 馬鹿の味方をするのか、それとも我々天才の味方か」
問われた有機は両手を縛られ膝をつく絵依とその隣の権藤との間で視線を往復させる。
そしてガントレットを解除し権藤へ向けて、
「そんなの決まってるじゃないか」
と笑いながら近づいていく。
「はっはっは! そうだろそうだろ。そういうことだよ黒輪君。君は天才という生き物をまるで理解していない」
勝ち誇った表情を見せる権藤。
二人の元へゆっくりと近づく有機。
絵依は最後まで有機を見つめ続けるが、有機と視線があうことはない。
まるで有機が意図的に避けているようだった。
(うそよ、私が間違っていたの? 違う! 有機は! 有機は!)
瞬間。
絵依の思考を断ち切ったのは、肉を叩き骨が軋む鈍い音。とその光景。
「なっ!」
権藤の困惑が言葉になる前に、その巨体は校庭を滑走し、有機は振りぬいた拳をほどいて絵依を手元に抱き寄せた。
そして高らかに叫ぶ。
シートが無ければ確実に近所迷惑になるほど大声で壮大に。
「そんなの最初から決まってる。俺は馬鹿の味方でも天才の味方でもない! 絵依の味方だ! あんたが勝手に天才を、俺を語るんじゃねえ!」
権藤はゆっくりと立ちあがる。
素手の一撃は肉体へのダメージとしてはたいしたことはないはずだ。
だが、有機に拒絶されたことが、同胞だと思っていた人間に拒絶されたことが権藤には何よりも大きなダメージになっていた。
「わからない。わからないぞ無灯! どうしてお前は同じ天才の私を拒む。私はお前を評価しているんだ! こんなつまらない腐った世界で、それでもお前は自分を曲げす、天才としてこの世界を生きていこうとしている。その生き方は世界中にいる我々の同志に勇気を、希望を与えるだろう。なのにどうして!」
「俺とアンタじゃ考え方が違う。それだけのことだろ。俺たちは天才と呼ばれる前に一人の人間だ」
「そういう建前が聞きたいわけじゃない! そもそも私たちを差別し人間として扱わなかったのはその他大勢の愚民たちだ!」
「その考え方がまた大きな溝をうむんだよ! その時点ですでにあんたが天才を差別してるんだ! それくらいあんたならわかるだろ!」
「うるさい! 黙れ!」
たちまち、権藤の周囲を覆っていた黒い霧の蛇たちは集合し形を変え、巨大な右腕となって有機と絵依を襲う。有機は絵依を抱え、それを左へ走って避ける。
苛立ちからか権藤の力は精細さを欠いて暴走しているようにも見える。
「絵依。助けに来たのにこんなこと言うのはあれなんだけどさ、権藤を倒すには強力な魔法が必要なんだ。その取得のために少し時間が欲しい。その間だけあいつの足止めを出来ないかな」
文字通りの黒い魔の手に襲われながらも、有機の腕に抱かれた絵依の表情は穏やかなものだった。
「やっと、頼ってくれた……」
「え?」
「私は今の有機には色々と敵わないことも多いよ。背も随分前に抜かれちゃったし。でもね、一人でどうしようもない時は言ってほしい。私もいつだって有機の味方なんだから」
「絵依……」
「大丈夫。そんな心配そうな顔しないで? 私は有機のヒーローだよ? 八年前のこと覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。そうだったよな……。ありがとう」
権藤の攻撃がやんだ瞬間、有機は絵依の手足の拘束をほどき『準備』に入る。
「くそ! ちょこまかちょこまかと!」
権藤が手を振りかぶる。それに合わせて巨大な右腕も拳を振り上げた。
「頼むぞ! 黒輪!」
「うん!(さっきは絵依って呼んでくれたのに……)」
絵依は有機に抱かれていた感触が少し名残惜しかったが、首を振って目の前に敵に集中するのだった。




