第7話 罪人
『ゴクッ』
思わず唾を呑む。そこにはさっきとは違う緊張感が生まれていたからだ。
「おや、警戒されているのですか?ですが、早くここを離れないと、増援が来て捕まってしまいますよ?」
そう言われた瞬間、私は周囲を見渡した。そこにはすでに多くの人が、この騒ぎを聞きつけ集まってきている。なら、もうすでに通報されているだろう。一刻も早く、ここから逃げ出さなければ。
でも、こいつは味方なのか?今の行動は、私を助けたとも、単に覚を殺すためともとることができる。だが、今頼れるのはこいつだけ。従わなかったら、殺されるだけだろう。仕方無い。
「この人には、人質として付いてきてもらいましょう。さすがは対魔征討軍の幹部。まだ息がありますね。そちらの少年も同様でしょう」
クライムが地面に倒れ込んだ星華を少々乱雑に持ち上げた。死にかけであることに間違いはないのだが、確かにまだ息があった。
私もそっと覚を持ち上げる。細身だがそれなりに重さはあるので、抱えて走るのは少し骨が折れる。
クライムはすでに歩き始めている。いつ、対魔征討軍の応援が来るかも分からないのに、特段焦る様子を見せず、平然と広場の真ん中を、血まみれの少女を抱え歩いている。この光景に、私は狂気を感じずにはいられなかった。
その後ろを、これもまた血だらけの覚を抱えて必死についていく。もう二度目だ。血だらけのこいつを運ぶのは。昨日も、こいつを引きずりながらあの家まで運んだっけ。
あのときは助けられ、今は殺されかけた。こいつが『夢見人』なら、どこからきたのだろう。どんな場所で、どんな風に生活していたんだろう。でも、あの古びた伝記には記されていた。彼らがこの世界に現れる目的は、理不尽への『復讐』であると。だとしたら、この少年は、一体どんな絶望に打ちひしがれたというのだろう。覚だけじゃない。さっき出会った夢見人、ギデオンも、今目の前を歩くクライムも。彼らは何のために、この世界に生まれ落ち、何を目指して生きていくのだろう。
もう、数日間太陽を見ていない。月明かりも綺麗だが、それは少し心もとなくて、私の生き抜くための指針にはなりそうになかった。そして改めて実感する。この国に、太陽はないのだと。
すぐに、出入り口の門へ到着した。来た時は門番が数名いたはずだが、今は何故かいない。恐らく、クライムの仕業なのだろう。一向にこいつの狙い、目的が分からない。
「どこに向かうつもりなの?」
「ここから七キロ先に、私が拠点にしている小さな街があります。そこでなら、二人を安全に治療できるでしょう。そこまで付いてきてください」
七キロって……このペースなら何時間もかかってしまう。それに、覚を抱えた状態でそんなに歩き続けられない。すでに、少し息が上がってしまっているのに。
それでも、クライムは足を止めようとはしない。数十分に一度だけこちらを振り返り、着いてきているのを確認すれば、すぐさままた歩き出す。
こいつが読めない。不気味な雰囲気も確かにある。だが、振り向いたときのその目はほんの僅かな優しさと悲しみが浮かんでいるように見える。唐突に現れて、唐突に助けられて、なんなんだこの男は。
かなり、歩き続けた。雪は止んでおり、寒さは少しマシだが、どこから魔獣が襲ってくるかわからい恐怖と、足にたまり続ける疲労感が、私の体力と精神をすり減らした。とうとう限界を迎えそうになったそのとき。
「そろそろ、一度休憩しましょうか」
ついに、クライムが足を止めた。助かった。まだ人の心はなんとか保っていたらしい。
星華、覚を地面に寝かせ、やっと一息つく。二人とも、すでに死んでしまっているのではないかと思うくらい微動だにしない。いや、そんな不謹慎なことを考えるのはやめておいた方がいいだろう。
休憩と言っても、クライムは手ぶらだし、私も結局、食料の一つも買い揃えていないため、もともと持っていた乾パンと塩漬け肉くらいしかない。
数分間、木にもたれ掛かり、何度もため息を就いた。ここに来てから、全てが上手くいっていない。なんでお父様は、こんな魔境の地を、私の行き先として指定したのだろうか。夢見人のことを知っていたのだろうか。それなら尚更疑問が残る。ここは、毎日が戦場だ。どこに行っても命を狙われる。その真意を理解するには、もう少し時間がかかりそうだった。
「そろそろ行きましょう。ここにいても、体が冷えるだけでしょう」
また、クライムは星華を背負い歩き出した。私もまた、覚を背負って歩き出す。
「あなた、思ってたより口数が少ないのね」
「いえ、話してほしければいくらでも話しますが、好かれていないと思ってたので」
「いや好きではないわよ、あんたみたいな見るからなサイコパス……」
フッと、クライムが鼻で笑う。決して、こいつのことを好きではないけれど、話はしておきたい。彼の佇まいからして、少なくとも覚よりは、夢見人としての歴が長いだろうから。
その聞いておきたいことは、彼についての過去だ。あの本には確かに記されていた。夢見人は、復讐者であると。かつての理不尽に、徹底的な仕返しをするために力を授けれると。なら、覚にもこいつにも、捨て去ることができなかった、抱え込んだままの闇があるということなのだろう。
「一つだけ、聞いてもいいかしら?」
クライムは足を止めない。歩き続けたまま、「ええ」と小さく頷いた。その場には謎の緊張感が漂っており、心なしか、風が強く吹いている気がした。
「教えてほしいの、あなたが何に絶望したのかを」
一斉に、風が吹き止んだ。それと同時に、クライムは足を止め、少しだけ振り向いた。ギリギリ、その表情を確認することができないくらいに。
「つまり、私の過去ですか?」
その声には、怒りも悲しみも籠もっていなかった。それにどんな感情が込められているかは、私では推し量ることが出なかった。
「以前、夢見人に関する本を見たの。それに、夢見人はみんな復讐者だって、救いを求めてこの地に生まれ落ちるって」
「私が復讐者?馬鹿げたことを。私はただの、『凶悪犯罪者』ですよ」
少し、言葉に感情が籠もる。それを必死に押し殺そうとしていることも、なんとなく理解できた。
「凶悪犯罪者が、私達の手助けをするのね。それとも、油断させておいて、殺すつもりなのかしら?」
返答はない。
「でも、私にはあなたが、そんな人には、初めから見えなかったわ。無理やり、異常者を演じているようだった。教えてよ。あなたが何故私達を助けたか。あなたが何で……」
そう言いかけたといには、クライムはすでに歩き出していて、私を置き去りにしていた。それが、後ろめたい事実がある、何よりも証拠だ。
今これ以上聞き出そうとするのは間違いだろう。ひとまずその話題は忘れ、また彼の後ろを歩き出した。
そして、とうとう街が少しずつ姿を現した。さっきの街と比べると、やっぱり何か物足りない、静かな街。大した警備も無く、大して住人も多くない。
街に着くと、その隅っこにポツンと建つ一軒家の扉を、クライムは、ノックもせずに開けた。もしや、この家に一人で住んでいるのだろうか。星華の口ぶりからして、夢見人と対魔征討軍は敵対関係なのだろう。それなのに、こんな街でのうのうと暮らしていけるのだろうかと、少し疑問に思った。
二階には、ベッドが一つだけ、あった。クライムはそっちに星華を寝かせ、床に毛布を敷き、その上に覚を寝かせた。星華のほうが明らか重体であるため、その判断自体は間違っていないだろう。だが、星華は目覚めたとき、私達をどう思うだろうか。そのまま素直に協力してくれるとは考えづらい。その場で私達を攻撃する可能性も十分考えられるだろう。クライムはそれを見越して、すでに星華が携えていた二本の刀を、すでに回収している。流石に素手の彼女に、誰かが殺されることはないだろうが、それでも少し、心配が残る。
「ここには一人で住んでいるの?」
「はい。たまにギデオンさんなどもお出でになりますが」
ここでまた、ギデオンの名が出てきた。ギデオン・リアド。彼が間違いなく、夢見人の中心なのだろう。そんな彼が、対魔征討軍と対立している。一体何があったのか、少し気になる。だが、今無駄なことを聞くのはやめておこうと、さっき決めたばっかりだ。無駄な詮索は止そう。
「夢見人と対魔征討軍が対立していることはご存知だと思いますが、国民の皆さんはそうではありません。彼らは夢見人を、神のように扱います。この家も、彼らが私に、特別に貸出してくれているんです」
それは少し以外だった。確かに、対魔征討軍は国を治める組織ではない。国民への影響力は、夢見人の方が大きいのも納得だ。でも、この国は誰が収めているのだろう。まさかアナーキーなのだろうか。
「ちなみに、この国自体は誰が治めているの?」
「この国に、正式な統治者は不在です。ですが、実質上、夢見人と、総司令部をこの国に置く対魔征討軍が治安を保っています」
その状態で、秩序が保たれているとは驚きだ。いや、その二つの勢力が強大すぎて、入る隙間がないのか。
一通り、今後の方針を話し合った。覚と星華が復活するまでは、この場所で療養を続け、準備が整い次第、魔獣ファフニールの討伐へ身を乗り出すことにした。
私がここまで魔獣ファフニールの討伐に固執するのにはしっかり理由がある。その一番の理由が、対魔征討軍と良好な関係を築くことだ。私はいずれ、祖国レーヴェに帰国し、あの平和を取り戻したい。それが、この旅の目的であり、私の生きる意味だ。それを達成する上で、対魔征討軍の協力は不可欠。だからこそ、協力関係を築きたかったのだが……今はそれどころか、最悪の関係が構築されてしまってる。
挽回するためにも、この旅で無理やりにでも星華とのこの劣悪な関係を構築し直さなければ。
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