第6話 無明の流星
大きく胸を張り、誇らしげな顔で宣言されたが、俺にはさっぱりわからない。対魔征討軍という組織も謎であるし、第七席の凄さもわからない。
でも隣のシャルロットを見ると、なんとなく、その異常さが理解できた。
「第七席って……軍の中でも最高幹部じゃない……!」
「そうじゃ、我を崇め、我を称えよ!そうと決まれば、さっさと準備を済ましてしまおうぞ!ほれ、お主にはこの刀を、そっちの譲ちゃんにはこの杖を。よし、時は満ちた!今こそ魔獣ファフニール討伐へ出陣でござる!」
・・・完全に、こいつのペースになっている。唐突に渡されたこの刀も、シャルロットに渡したこの杖も、使い方なんて分からないし。杖に関しては本当に謎なんだけどシャルロットはどう使うか知っているのだろうか……それに、俺達の真の目的は食料調達。魔獣の討伐なんて、正直どうでもいいのだ。
「なぁ、シャルロット。ほんとに行くのか?こいつと……」
「そんな怖がらなくて大丈夫よ。この人は、魔獣討伐のスペシャリスト。この人といれば、絶対に殺されないわ!」
その瞳に一切の曇なし。そこまで断言できるほど、この少女、星華は、強力な力を認められた立場なのだろう。
……正直俺は乗り気ではないのだが、そこまでシャルロットが言うなら、もう逃げられない。
星華はすでに、日本の刀を手に取り、店を後にしている。渡された一本の刀を腰に掛け、俺達も外に出た。
星華の後を、シャルロットと並びながらついて行く。先に食料調達から済ませたいが、星華は気にも止めぬ様子。
「ところでお主達、どうしてこんなところまで旅をしておるのか?旅人は珍しくは無いが、食料も持っておらぬとは……」
振り向くことはせず、前を向いたまま聞いてくる。
「いや、シャルロットはレーヴェから逃げてきて、俺は『夢見人』?ってやつらしくて、たまたま……」
空気が変わった。もちろん星華のだ。『夢見人』という単語を聞くな否や、急にこちらへ振り向き、猛獣のような目つきでこちらを睨んでいる。
「夢見人……お主夢見人じゃったのか……ほうか、ほうか……」
まるでさっきとは別人だ。今までは、見た目が少女の老人と話している感じだったが、今は、歴戦の武士、侍と相対しているようだ。
「ところで、ギデオン・リアドという男を知らぬか?」
「あぁ、それならさっき……」
その瞬間、それが間違えた返答であったと理解する。星華はすでに、二本の内、片方の刀に手をかけている。これは……
「シャルロット……できるだけ遠くに……!」
「落ちろ、『無明の流星』」
『キンッ』
鋭い金属音とともに、俺のすぐ隣を突風が横切った。
前を歩いていた星華の姿がない。すぐに俺は風の進行方向を振り返った。
「────っ」
斬られた。しかも、一度じゃない、何十回も、何百回も。体のいたるところから、血が噴き出した。
星華はすでに、刀を鞘へ納めている。でも、以前と違う。刀を抜く前と、その後では、その容姿が大幅に変化している。
額からは、大きく真っ黒な角が二本生え、目が獣のように変化していた。臀部からは、これもまた漆黒のトラのような尾が二本生えている。
「っち、ここまで侵食が進んでおるとは……」
ぼそっと星華が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。この能力は、恐らく、無闇矢鱈に使用できるものではないのだろう。俺はまだ動ける。この隙を突けば……
「勝てる。とでも思ったのであろう?残念。外れでござる」
星華はまるで俺の思考を呼んでいたかのように話した。もう片方の、明らかに重厚感のある、星華では持ち上げることもできなそうな刀を、ゆっくり鞘から引き抜いた。
「目覚めろ、『アメノン』」
引き抜かれた刀は、さっきの刀とは対象に、雲を裂くほどまばゆい光を放っている。これを喰らえば死ぬ。それが一瞬で理解できた。思わず後ずさる。でも、すぐに後ろにいたシャルロットとぶつかり、もう、逃げるわけにもいかなかった。
星華がその刀を引き抜いたと同時に、漆黒で、わずかな光すら無かった星華の体から、目が焼けるほどの光が放たれた。そのあまりの明るさに、直視することができない。
星華の刀が風も光も引きつける。俺がその光に目を閉じさせられている間に、星華はすでにその剣を振り下ろそうとしていた。先程までの速さは一切無い。だが、この一撃、当たれば死ぬ。必死に身を捩らせ、避けようとしたが、この広範囲。避けれなそうにない。
最善の一手を、頭の中を駆け回し、考え出そうとしていたそのとき、俺の後方から、一筋の閃光が横切った。鼓膜を破れそうな、鋭く重い光の音。
『ドッカァァァン!』
それは、星華が刀を振り下ろすより先に、星華に命中した。一軒くらいなら粉砕できそうなほどの爆発が星華に直撃する。
唐突な支援攻撃に、思わず呆然とした。その閃光が飛んできた方向へ振り返ると、そこには震えながらに杖を構えるシャルロットの姿。
これで星華のヘイトを買えば、お前が先に殺されるかもしれないのに……でも、助かった。シャルロットの支援がなければ、俺は確実に死んでいたのだから。
星華は不意打ちで、かなりのダメージを受けた様子だが、また立ち上がった。もうその見た目は魔獣と遜色ない。魔獣にしては少し神々しいが……
「貴様ら……いいだろう。その首、我が宝刀で叩き落としてくれる!」
そう星華が叫んだ瞬間、黒く光る雷鳴が空を裂いた。
これが、対魔征討軍の最高幹部、雨嵐星華か……
「覚悟せよ」
星華がまた、刀に手を掛ける。今度はあの、光速の斬撃だろう。見切れるか……
『キンッ』
虚空に響く金属音。俺がそれを感じ取ったと同時に、視界が真っ暗になった。
やられ……た……
◆ ◆ ◆
「覚……!」
やっぱり、こいつは別格だ。覚では手も足も出なかった。それなのに私に何ができるのよ……さっきの爆発だって、どうやって出したか分からない。もう無理だ……怖い、殺される。
星華のその姿は、魔獣よりも恐ろしかった。人の姿をしているのに、魔獣のような鋭い目が、私の奥深くまでズッズッと刺しこまれてくる。痛い。傷一つ負ってないのに、痛い。どうする、どうすれば……
星華が私向かって歩き出す。刀に着いた覚の血を振り払うその姿は、鬼神そのものだ。刀をもう一度者に収め、またすぐに手を掛ける。
『キンッ』
三度目の抜刀音。それは私の死を告げる鐘の音のように聞こえた。
『ガキンッ』
だが、その後聞こえてきたのは、刀が私の肉を裂く音ではなく、金属同士が、激しくぶつかり合う音であった。刀身がぶつかり合い、火花を散らしている。
そう、起き上がった覚が、星華の光速の一撃を見切り、力いっぱいに受け止めていたのだ。
「き、貴様……我が神速の一撃を……」
この反撃は、流石の星華も想定外だったのだろう。思わず数歩後ろへ後退する。
だが、覚はその隙を逃さない。右足から力いっぱい踏み込み、星華向かって飛びかかる。踏み込まれた地面は抉れ、その衝撃波が私まで届いた。飛び上がった覚の姿が、雲の間から現れた月と重なり、そのシルエットが映し出される。その姿は、幾千もの憎悪と憎しみが生んだ悪魔の姿であった。
覚が一度後ろへ引き、突然膝をつく。
流石に、体力の限界か……そう思ったが、まだ、倒れない。
両手をつき、片足を後ろに退く。
獣が獲物を狙い駆け出すような構え。
危険を察知した星華が思わず刀を引き抜いた、その音がスタートの合図かのように、全身から足に向かってすべての力を押し抱いているのがわかる。
私が瞬きしている間に、すでに覚の姿は消えていた。
『ズブッ』
それは正確に星華の心臓を捕らえた。穿たれたその心臓が、ドクッドクッと脈打っている。
「あっ……あ……」
星華の声が、どんどん小さくなっていく。いいのか……ここで彼女を殺せば、私たちは対魔征討軍に追われる立場になる。それはこの国では、実質上の死を意味する。
た、助けないとまずいのか……でも、そしたら殺されるかもだし……どうすれば……
『ズポッ』
覚は勢いよく、刀を引き抜いた。その瞬間、星華の声が、完全に消えた。それでもまだ覚は刀を握りしめている。まだ、闘うつもりだ。でも、一体誰と……
その次なるターゲットはすぐに定められた。
私だ。もう今の彼に理性はない。ありとあらゆる生命体を殺戮する、魔獣以下の存在に成り下がっている。
覚がもう一度刀を構え、地面を蹴り出そうとしているのを見て、私はすぐに反対方向へ逃げ出した。
だって、戦っても勝てない。杖はどうやって使えたのか、今も分からないままだ。今は逃げなければ。
全速力で駆け出したが、間に合うはずもなかった。彼が風を切る音が、すぐそこまで聞こえる。殺戮人形と化した覚が、すぐ背後まで迫っている。もう……無理だ。
諦めかけたそのとき、前方に、一人の男性が不敵な笑みを浮かべながら、この攻防を傍観しているのが目に写った。
「『あの日の事件現場』」
その男性が小さく呟いた、その直後だった。男性がいたはずのところには覚が、私を負っていた覚のところには星華が立っていた。
一瞬の出来事に、頭の処理が追いつかず、思わず足を止めてしまう。そのすぐ隣を、さっきまでただの男性だったはずの覚が猛スピードで横切った。
「え……私じゃないの……?」
そのターゲットは、さっきまで、覚がいたはずのところにいた、星華だった。でも、おかしい。奥にも倒れた星華がいて、すぐ後ろにも星華がいる。星華が二人いる!?これは……
そして、私を横切っていた覚は、星華の心臓に、刀を突き刺した。まるで、さっきと同じ光景だ。でも、星華が二人いて、あの男性が消えている……なんだ、これは……
さっきと同じように、心臓を穿たれた星華の声が完全に消え去ったその瞬間、驚くべきことが目の前で起きた。
今刺された星華は、実は覚だったのだ。動きが止まった瞬間、ドロッと謎の液体のようなものが流れ、その姿が戻った。
そして、今、覚だった人は、さっき私の前にいた男性だった。背が高く、私よりも数十センチ上から私を見下している。顔は中々にハンサムだが、どこか狂気じみいた表情だった。
「あなた、誰……?」
その問いかけに、彼は迷うこと無く答える。
「私は夢見人。クライム・バンディです。お嬢さん、どうかよろしくお願いします」
少しかがみ、私向かって手を差し出してくる。だが、その手を取ることはできなかった。この笑顔の裏に、とんでもない狂気が隠されている気がしてならなかったから。
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