第40話 夜明け
体に斬り傷が増えていく。ランスはもうほとんど砕けて、使い物にならない。ギデオンから渡されたこの短刀も、リーチが短い分、アルトラの間合いに入らなければ攻撃を与えられない。
でも、俺は託されたこの武器で戦い続けるしかない。
原理はわからないが、この短刀で与えた傷を、何故かアルトラは回復できていない。
『ゆりかごから墓場まで』
確かギデオンはこう呼んでいた。直訳すると、確保された運命……ギデオンが望んだ運命、すなわち、アルトラの死を与える能力……そんなところだろう。
「不思議な感覚だ……確かに我は死を求めている。なのに何故、死が近づくにつれ、我はこんなにも抵抗している……?」
「それは……お前がまだ夢を叶えれてないからだろうが!」
生まれ始めるアルトラの動揺を見逃さず、その隙をついて、一発、滑り込みながら左脇腹を斬る。
アルトラが思わず傷口を押さえつける。
勝てる……このまま戦えば……生きて帰れる、また、シャルロットと一緒に……!
僅かな希望と、託された運命を強く握りしめ、最後の一撃を与えるために、アルトラのもとへ走る。
だが、それに強く反発するように地面が揺れ始める。ひび割れ始め、地中から、隠れていた魔獣が俺を囲うように襲いかかる。
魔獣が俺の行く手を阻む。一度走り続ける足を止めようとした、そのとき、瓦礫の奥から伸びる、長い刀身。
「覚……足を止めないで……!」
幻真の薙刀が、その魔獣を払いのける。さらに、俺の背後から、少しか弱いが、それでも確かな決意が籠もった一本の矢が魔獣に命中する。
振り向く。そこにいたのは、堂々とクロスボウを構えるシャルロットの姿だった。
俺が背負うには重すぎる期待を、俺はいつの間にか抱え、戦っていた。誰からも期待されず、見下され続けた俺が。
それだけで、俺の足がまた走り出す。
魔獣の大群を潜り抜け、またアルトラの姿を捉えた。
これで、終わりだ……!
『スパンッ』
薄暗い斬撃が、虚空を斬る。鋭い斬撃音だけが俺にまで届いた、いや、それだけじゃない……!
クソッ……斬られた。おかしい、まだ間合いの外だった。どうやって攻撃を届かせた……剣じゃない、とすれば……
あの羽か……かなり深い。幻真は気づいてない。時間の巻き戻しも、もう無駄か。
少し気をそらしていた、そのとき、スパンッともう一度黒い斬撃が俺に届く。
今度は足が狙われた。完全に切断されてはないが、ギリギリ繋がっているだけで、血を垂れ流しながらプラプラ浮いている。
「幕だ。ここまで、我相手によく戦った」
アルトラが放った、敗者へのセリフ。
そんなセリフ、もう聞き飽きている。まだ動くだろ、俺の足!お前は何を託され、誰のために戦っているのか思い出せ!
アルトラが俺にトドメを刺すべく、その黒い翼が俺に振り払われる。それは俺の腰辺りの高さを、確かに狙っている。
だが、生憎、その高さは俺にとって馴染み深い。
残された右足で、地面を強く叩き、その攻撃を避ける。
「何故……何故そんな高く翔べる……!?」
その答えは単純だ。俺は、ハードルと水郷を飛び越えながら長距離を走る、イカれた競技に専念していた。
何度もつまずき、周りから嘲笑された。それでも、俺は前に進んできたから……それに今は、それを後押ししてくれる、仲間がこんなにもいるから……!
俺は、まだ翔べる、まだ走れる!
いくぞ、アルトラ……最弱の俺による、最後の下剋上を……
短剣が届く所まで、そのまま距離を詰める。だが、俺が短剣を振るうよりも先に、アルトラはその翼で俺の命を狙った。
その翼が、俺を切り裂く前に何かを弾く。弾かれたそれは、シャルロットが放った、俺を援護するための矢であった。
アルトラの攻撃が遅れる。これ以上ない、絶好の機会。
また、強く短剣を握る。
あの日の絶望も、誓った復讐も、嘆いた無力さも、償いたかった罪も、繰り返された過去も、『嘘』の中で見つけた『真実』も、託された全てを背負って、この夢に、俺が幕を下ろす。
────握りしめた運命は、確かに、アルトラの胸を貫いた。
先に膝をついたのは、アルトラだった。黒い翼が、羽を散らせ、白い大地に舞い落ちる。
「そうか……やっと、やっと終わるのか……この夢が……」
後悔はない。アルトラを殺したことに。だが、考えてしまう。同じ夢見人であるアルトラを、救う方法はなかったのかと。
勝手に夢見人に選ばれ、死ぬことも出来なかったこいつが、どれほどこの理不尽に嘆いたか、俺は想像も出来ない。こいつのために、できることも思いつかない。
やっぱり、この世界に誰もが納得する正しさなんてのはなかった。それでも、俺は戦わなくてはならなかった。この、信念を貫くために……
「貴様が憎い……だが、最後に、一つだけ、言わせてくれ────ありがとう……」
アルトラはその言葉を最後に、目を閉じ、息絶えた。それと同時に、周りの魔獣も、動きを止め、泥沼に沈んでいくように、姿を消していった。
終わったんだ、この絶望が。それに、裏切れたんだ、あの運命を……
それに、終わるのか……俺が見ている、この夢が……
戦いが終わった安堵感から、全身の力が抜けていく。きつく閉ざしていた傷跡から、一気に血が噴き出していく。
もう、俺はここで死ぬ。でも、俺の夢は果たされた。俺のことを信じ、支えてくれる仲間に、こんなにも出会えたのだから。
「覚!早く止血を……!」
その第一人者が、俺のもとに駆け寄ってくる。
「いや、ごめんシャルロット……俺はもう、助からないよ……でも、あいがとう、お前と──」
「そんな言葉聞きたくない!まだ、約束は果たされてないわよ!戦いが終わったら、一緒にガレットを食べましょうって……」
確かに、一つ心残りがあるとするならば、最後にまた、シャルロットのガレットが食べたかった。
「でもさ、シャルロット。俺はお前から、本当に俺が求めていた夢を手に入れられたんだ。だから、何も後悔はない……!」
「何笑ってるのよ!あなたに後悔が無くても、こんなの私にとって、望んだ結末なんかじゃない!あなたがいないと、私……」
「もう、アルトラは死んだんだ。レーヴェに戻れば、また、会いたかった人たちにも、きっと会えるよ……」
「嫌よ……そんなの……覚がいなきゃ、意味ないわよ……」
俺は、とんだ幸せ者だ。こんなにも、俺のことを大切にしてくれる人に恵まれて。
俺が望んだ夢、そのものじゃないか……
「絶対、絶対またあなたに私のガレットを食べさせるから……覚悟して待ってなさいよ……!」
シャルロットが、必死に鼻水を啜りながら言う。
「そっか……それは、楽しみだな……」
少しづつ、意識が遠のいていく。でも、全然苦しくない。
この世界に来て、俺の復讐心は、誰かを守るために原動力だったことに気づけた。
そして、そんな俺の信じてくれる仲間と暮らす日々が、それほど心地よいか。
もう、あの世界でどんな理不尽に打ちひしがれようとも、俺は立ち止まらないだろう。
だって俺には、たとえ遠くでも、信じ合い、戦い抜いた仲間が、確かに、俺の隣にいたのだから。
次回完結です!




