第39話 『信じてる』
クソッ……何で僕はこんなにも無力なんだ。ここの辿りつくだけで、こんな深手を追うなんて。
右脇腹から血が止まらずに流れ続ける。
幻真がいないとこのザマか……
今まで僕は、何度幻真に助けられたのだろう。あいつは一度敗北に終わった俺の計画を、もう一度やり直し、また俺を信じてくれた。その期待を、お前が裏切るのか、ギデオン・リアド!
アルトラを殺せれば何でもいいんだ。僕の命なんてどうだっていい。
この一撃に、全てを賭けろ……!
瓦礫の影から、戦況を伺う。覚君も幻真も、持ってあと十分程度。それまでに、僕がこの短刀を突き刺せるほどの隙があれば……
一度きりだ。失敗は許されない。
一度深呼吸する。近くでまだ兵士たちが奮闘しており、血が焦げる匂いと喧騒にこの街は包まれている。
そのなかで僕は、僕達は、静かに運命を欺くんだ。
「いくよ、シャルロット。あの作戦、まさか忘れてないよね?」
「当たり前よ!いつでも準備は出来てるわ!」
「……良い返事だ」
僕が勢いよく飛び出すと同時に、シャルロットが上空めがけてクロスボウから矢を放つ。でも、普通の矢ではない。残り一本、いざというときのために残していた、とっておきの爆弾矢だ。
それが空高く、花火のように打ち上がる。僕の作戦を遂行するための、反撃の狼煙。
矢が打ち上がったとほぼ同時に、遠くの山頂から、青白い光が放たれる。それは戦場の上を通過し、その軌道上の空気を凍らせながら、標的であるアルトラに向かって突き進んだ。
そう、これこそが、僕がこの一撃を確実に命中させるために仕組んだ、最後の切り札、エストレージャの夢顕兵装の力だ。
この矢は命中させた物質だけでなく、その周囲の空気すら凍らせる。この能力を僕はエストレージャに秘密にさせていた。覚君にも、幻真にも、この作戦は教えていない。
この戦場にいる全ての人間の思考を欺くために用意した、最後の切り札だ。
矢が見事にアルトラに命中する。辺り一面の空気ごとアルトラを氷塊の中に封じ込めた。
今なら、僕でも攻撃が与えられる……!
予想外の一手に、幻真と覚君が顔を見合わせる。その間を引き裂くように駆ける。
短いナイフを、精一杯アルトラの心臓めがけて突き刺す。これでこの夢が終わってもいい……ただこの、僕の夢を叶えてくれたこの夢を守ることができれば……!
『パリンッ……!』
氷塊が割れる。それと同時に、止まっていたアルトラの瞳が僕を睨みつけるように見下す。それと同時に突き刺される、僕のナイフなんかよりも、何倍も長い黒い剣。
「ゴフッ……クソッ……!」
でも、ダメだ。この機を逃せば、また全部やり直し。また幻真にこんな地獄を味合わせるのか?ダメだ、それだけは……!
胸に剣が突き刺さっていることも構わず、そのナイフの刃を届けるために前へ進む。
『ズブッ』
あまりにもか弱い、力の籠もっていない音。
でも、確かに届いた。僕の願いが、覚悟が、信念が……!
「ギデオン……!?」
幻真が動揺と汗りを孕んだ声を上げる。ダメだ、その能力を発動させるな幻真……お前ならわかるだろ……
クソッ……声がでない。でも、幻真……俺の目を見てくれ……
信じてくれ……僕の無謀な夢を……!
幻真と目が合う。何かを理解したかのように、幻真は力強く頷いた。よし、それでいい……
この長かった夢も、今夜終焉を迎える。
全てを失って始まったこの夢で、全ての願いを叶えられた。僕を信じ通してくれる仲間も、一度なくしたと思い、探し求めた『真実』の『愛』も見つけられた。
何も悔いはない。ならこの夢は、そんな俺を救ってくれたこの世界を守るために使う。あの結末を呪った、変えたいと望んだ僕が、手に入れた、一度限りの力。それを、今ここで……!
精一杯ナイフを握る。そのナイフに、全ての願いを込めて。
「ゆりかごから墓場まで」
本来僕が、あの結末を変えるために手に入れた、最後の力。
アルトラの運命を、結末を決定づけろ……死が訪れることがないこいつに、終わりを与えるんだ……
「ガフッ……何年も、夢見人をやって、いて、夢見人が最後に、その夢を叶え、るための力を手に入れることを、知らないとは、言わせないぞ、アルトラ・アーレント……!」
初めて、アルトラの口から血が溢れた。
「知っているとも。だが、それで何になる!」
剣が勢いよく引き抜かれる。そこから一太刀、僕を切り裂く。
いいんだ、これで。だって、もう僕の夢は叶ったのだから。
「僕一人じゃ、どうにもならなかった……ガァ、オエッ……でも、今は、信じられる仲間がいる……!」
膝から崩れ落ちそうになりながら、その、僕が信じると決めた、四人目の仲間に目線を送りながら、僕の夢が籠もったナイフを投げる。
「信じてるよ……覚君……!」
覚君がナイフを受け取る。僕はすでに、彼がどんな悪夢にでも、泥臭く、戦い続けられることを、あの夢でわからされた。
もう僕も、君を信じないなんて思わない。
だから、最後は君に託す……
視界がどんどんぼやけていく。地面が、冷たい……
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「幻真か……」
まだ、僅かに息があった。ま、すぐに死ぬだろう。幻真が一度僕を、あの戦場から少し離れた場所まで避難させたらしい。
「もう僕のことはいいから、早く覚の手助けを……」
「また……また私の能力で過去に戻れば、全部やり直せるわ……だから……」
「ダメだ……言ったじゃないか。アルトラを殺せれば、僕らの勝ちなんだ。僕が死んだって、またあの世界がある」
幻真の涙が、僕の頬にまで落ちてくる。
「泣くなよ……こっちまで、泣きたくなっちゃうじゃないか」
悲しみと苦しみを誤魔化すために笑う。僕は死んでもまだ、あの世界で生きていける。でも、だからといって、この世界への未練が全くない訳ではない。
でも、また会えるよね。だって、僕達は夢見人なんだから。
「なぁ、幻真……」
「何……?」
「愛してる」
こんなことを言ったら、エノテラに怒られちゃうかな……?
でもね、エノテラ。この世界にはお前以外にも、僕のことを信じて、愛してくれる人がいたよ。
だからね、僕もまた、前を向いて生きていくから……
「一足早く起きるけど、また、会えるよね?幻真」
「当たり前よ……絶対に、また、世界を旅しましょう……!」
そう言ってくれる幻真の笑顔が月より美しい。
あぁ、後悔はない。だって、この眼が映した結末は、どうしようもなく、眩しいのだから。
『真実』の『愛』か……そんなもの、僕はとっくに見つけていたのにね……
少しずつ、体が懐かしい日光の温かさに包まれていく。
久々に、見れた気がする。こんなにも、美しい夢。
これは『嘘』なんかじゃない。
疑いようがなく、『真実』だった。




