第38話 終わらない夢
襲いかかる魔獣を突き殺しながら、戦場の中心へ走る。雑魚は総司令官がほとんど殲滅してくれているため、それほど脅威にはならない。
俺が一刻も早く対処すべきなのは、やはり魔獣化した対魔征討軍の幹部たちか……
幻真はすでに、その内の一人と交戦中で、星華もまた違う一人のもとへ向かっている。他に、対魔征討軍の幹部らしい影は見えない。
状況が悪そうなほうへ参戦するべきか……
迷い、足を遅らせていた。そのときだった。
背後、海の方向から、あのとき感じたあの不気味さが、俺の背筋を震わせる。
「来たか……」
予感する、俺の最終討伐目標の出陣。俺が背後に目をやったときにはすでに、空高く、その黒い影が羽ばたいていた。
「アルトラ……アーレント……!」
未だかつてないほどに、力が溢れる。でも、それはつまり、アルトラはそれほどまでの強敵だということだ。
『夢反剋上』で、戦闘力だけはアルトラを上回ることが出来ても、不死身のあいつを、どうやって倒すのか……
いや、きっとそれはギデオンが対策しているはずだ。今はただ、こいつと拮抗できればいい。
これより先には進ませない。進ませてはならない。
「失せろ」
アルトラが何もないところから武器を取り出す。よりにもよって槍か……俺のとは違って、東洋風の、先だけに刃がついている。
あれも、夢顕兵装なのだろうか……いや、そんなことはどうでもいい。
アルトラが黒い翼を羽ばたかせ急降下する。もちろん標的は俺だ。狙いすまし、槍の先端を突き向けながら、風を置き去りにした。
重い……気づいたときには、すでに俺のランスと火花を散らしている。俺も無意識の内にそれを防いではいるが、それでも、これは……別次元過ぎる!
何とかその槍を弾き返す。
力負けはしてない。戦えはする。でも一つ、致命的なミスに気づく。ランスの穂先の一部が欠けている。あの攻撃をもろに受けたのは流石にまずかったか……
このままじゃ、負けることはなくても、勝つことは出来ない。考えなくては。そもそも何故、アルトラは不死身なんだ?アルトラの能力は魔獣を支配し操るもの、それと不死身が関係あるとは思えない。
まずは、それを聞き出す。
俺から仕掛ける。アルトラが地上に堕ちている今が最大の好機だ。
さっきみたいな投擲は、不死身とわかっているこいつにできる芸当ではない。単純な叩き合いを制するしかない。
ランスをアルトラめがけて突く。当然のように軽く躱されるが、二撃、三撃と攻撃を重ねる。
アルトラもその攻撃を躱しながら、俺へ反撃する。速い、顔の薄皮をその槍の先端が引き裂き、プシャッと血を流す。
でも、それより遥かに速い攻撃を俺は何度も受けてきた。星華のあの斬撃は、こんなものじゃなかった!
ランスと槍。似た形状の武器同士が火花を散らす。
アルトラの攻撃の隙を、無理やりこじ開けるように、ランスを思いっきりその頭部めがけて突き刺す。
たとえ塞がれようとも、いっそ槍ごと……!
そんな俺の思惑通り、俺のランスがその攻防を制し、アルトラの槍を砕きながら、狙い通り頭までも貫き砕いた。
どうなる……?これほどのダメージを受ければ、流石に……
「な……クソッ」
当然のように頭が再生する。これでダメなら、どうやってこいつを殺せるんだよ……!?
「死にたいとか言ってたくせに、必死に俺の攻撃を避けてるじゃねえか」
「そんな攻撃、全て無駄であると、すでにわかっている」
「なら、教えてくれよ。どうやったら、お前の望み通り、お前を殺せられる?」
アルトラがまた新しい武器を取り出す。今度は、黒剣。どんな能力かわからない内は、迂闊には突っ込めない。
「我は貴様ごときでは殺すことはできぬ。我の現世での肉体は、すでに、存在しないのだから!」
先程よりも、確実に攻撃に怒りが増した。
「我は現世ですでに死亡している!あの忌まわしき第二次世界大戦によって、仲間諸共殺された!」
更に攻撃が速くなる。受けるのが精一杯で、反撃が追いつかない。
「故に、我には目覚めるための肉体がない!我は何百年間もの間、この世界で憎しみだけを抱えて幽閉され続けた!これまでも、これからも!」
攻撃を受ける度に、ランスが欠けていく。それほどまでに、アルトラの攻撃は重く、その一撃ずつに、確かに怒りが籠もっていた。
一つ、忘れていたことがある。それは、どれだけ悪逆非道を尽くそうとも、アルトラも俺と同じ、夢見人だった。
あの世界のあまりの暗さに絶望した、一人の人間。
第二次世界大戦という単語を聞くだけで、アルトラの人生がいかに残酷であったかすぐに想像できた。俺のとは比較にもならないほどの、逃げ場のない、嘆くことしかできない、残酷な結末を。
そう思うと、アルトラに反撃しようとする意思が少し揺らぐ。実際に見たわけではないが、俺達はそれがどれほど残酷な現実であったか、語り継がれ、知っているからだ。
でも、それでも、俺は戦わなければならない。ギデオンと幻真が望んだ結末にするために。シャルロットのあのガレットを、またみんなで食べるために!
正義なんて言葉はクソくらえだ。だって、この世界には、誰しもが認める『正しさ』なんてものは、何一つ、ないのだから。
俺はこの自分勝手な正義を貫くために、またランスを握る。
頼む、力を貸してくれ……お前は正義の使者なんだろ……
そう心の中でランスに呼びかける。
『あまりにも、自分勝手な正義だな』
珍しく、ランスが応答する。
『まぁよい。それが貴様の生き方であるのなら、少しは手を貸してやる。行け、我が放った、正義の使者よ』
その言葉と同時に、体が少しずつ、魔獣に侵食されていく。
「正気か貴様……我の前で魔獣化するなど……」
初めて、アルトラが動揺する。だが、その能力は発動できない。これは魔獣による支配ではない。
正義を貫くための、共戦協定だ。
互いの正義が、火花を散らす。全力でランスを突く俺に、アルトラも反撃の手を緩めない。何度も、ランスと剣がぶつかり合う。その度に、ランスの穂先が欠けていく。
それでも俺は攻め続ける。たとえ勝てないとわかっていても、一歩も退くことはできない!
アルトラとの攻防に、全神経を集中させていたそのときだった。背後から忍び寄る何かがそこまで迫っていることに気づく。
思わず振り向いたときには、魔獣の攻撃が、目の前に迫っていた。前からはアルトラの斬撃も俺の命を狙っている。
まずい、避けきれない!
死の予感を感じ取る。とっさに防ごうとするがもう遅い。魔獣の鉤爪が、完全に俺の命を捉えた。
『ガキンッ』
その攻撃が、俺に届く前に誰かが俺を守った。この刀身の形は……
「あれほど油断なさらずと言った……はずです!」
鉤爪を弾き返したその勢いのまま、一閃。幻真の薙刀が、その魔獣を真っ二つに斬り裂いた。
幻真の参戦。これで、かなり俺の負担も軽減される。それに少し安堵し、一度深く深呼吸した。
そのとき、確かに見えた。残骸の影に息を潜めている二人の人影が。あれは……ギデオンと……シャルロット!?
何でこんなところに……いや、もうすでに始まっているのか、あの夜ギデオンが話した、運命を裏切るための作戦が。
俺もそれの成功を信じて、戦い続ける他ない。
幻真は先の戦闘でかなり負傷している。でも、俺達二人なら、ギデオンが作戦を決行するための隙くらいつくれるはずだ。
信じてるぞ、ギデオン……
そう心の中で念じ、再度アルトラ向かって、ランスを振りかざした。




