第37話 流れ星と共に
そして、当日。
昨日までの賑やかさはが嘘だったように、この戦場にいるすべての戦士の表情が、硬く、険しくなった。
敗北は許されない。逃げることも許されない。
選択肢はただ一つ、たった一つの勝利だけだ。
「来るよ」
いつにも増して冷徹なギデオンの声が、俺達に悪夢の再来を知らせた。戦士たちは一斉に武器を構え、配置に付く。
「覚君、幻真を頼むよ」
「あぁ、俺の方こそ、シャルロットを頼む」
ギデオンになら、シャルロットも安心して任せられる。能力的にも、生存という点においては、ギデオンが最も優れている。
俺に関しては、幻真に守ってもらうことも多いだろう。実際魔獣との戦いでも、俺が気づいていいないだけで、何度も幻真の能力に救われたはずだ。だからこそ今回も、安心して背中を預けられる。
空がいつもより暗い。星も月も雲に覆われている。
そんな暗闇の向こうから、見えた、海も空も多い付くほどの魔獣の数。
それに肩がすくむ。でも、当然ながら逃げようなんて思わない。だって、逃げた先に待っているのは、さらなる絶望と、暗く閉ざされた未来だと知っているから。
「シャルロット、楽しみにしてる。お前のガレット、もう一回食べること!」
俺はそれだけ言い残し、魔獣の海へ、絶望の未来を打ち砕くために走った。
魔獣が次々と上陸し、砂浜が闇に犯されていく。
対魔征討軍の兵士が突撃し、何とか食い止めようとするが、相手の数が多すぎる。波のように迫りくる魔獣の群れの勢いは、留まるところを知らなかった。
それに、空から侵略してくる魔獣も、中々に厄介だ。これでは後方支援部隊まで、すぐに魔獣の攻撃が届いてしまう。
魔獣の群れ向かって走りながら、思わず後方に振り向いた。
街裏の山の山頂で陣を敷く後方部隊の先頭に二人の人影が見える。総司令官とエストレージャだ。でも、違う。いつもと全然違う。人間と魔獣が融合した、それらを完全に超越した二人が、この街を俯瞰している。
まず、総司令官が動いた。珍しい、杖のような武器。それを天高く掲げる。
ただでさえ雲に覆われ、真っ暗だった夜空に、さらに黒雲が覆いかぶさる。街の中心部に、雲が収斂していく。ビキッビキッと雲が割れ始める。
次の結末が、安易に予想できた。これが、対魔征討軍総司令官の実力か……
雲の中心から放たれた稲光が、天地を貫き真っ二つに断割した。上空にいた魔獣はその雷撃に身を焼かれ、次々に地面に墜落していった。
それだけじゃ終わらない。続く雷撃が、地上にいる魔獣までもを焼き殺していく。
上陸した魔獣達は、総司令官一人の手で殲滅させられた。
一気に活路が開く。兵士達の士気もより高まり、俺達にかなり勢いづいた。
そんな様子を見ていて、ふと疑問に思う。これほどの力があって何故、レーヴェ遠征が失敗に終わったのか。
そんな疑問は、考えるまでもなく、すぐに俺の目の前に現れた。
撃ち落とされる魔獣の間をくぐり抜け、大きな戦斧を振りかざす、男性の影。
刀身と俺のランスがぶつかり合い、火花を散らす。
相手も一歩も退かない。その刀身に更に力を込めていくのが、刀越しに伝わる。
だが生憎、俺は最弱なもんで、俺の能力の発動条件が達成できない相手など、この世界にほとんどいない!
ここから先には行かせない。
シャルロットのもとまで、絶対にその刃を俺が届かせない。
全身にさらなる力が漲る。感じたことのないほどの闘気に包まれ、それはやがて、俺の握るこのランスにまで伝播した。
戦斧が宙に投げ出される。
追撃……といきたかったが、男性は、いや、その魔獣は宙に舞う戦斧を握り直し、一度後ろへ退いた。
これが、『克服帰光』に辿りつけず、アルトラに支配された対魔征討軍の幹部の末路か……
殺すことに、躊躇はある。星華みたいに、まだ助ける手があるのではないのかとも思う。
「落ちろ、『無明の流星』」
そんな俺の思考を切り捨てるような、あの抜刀音。そらが背後から俺の隣を抜け、魔獣を幾千と斬る。
「覚、その迷いは早くしててしまうでござる。この戦において、その雑念は不要でござるぞ!」
そう言って姿を現した、二刀流の少女。見た目はあの日の戦い以上に、魔獣らしいものへと変貌しているが、星華らしさは全然残っている。
圧倒的に魔獣化したこの兵士と違うのはその眼だ。星華の眼にはまだ光が灯されており、理性が感じられる。だが、この魔獣は違う。眼は一色に塗りつぶされ、そこに理性は残っていない。
「殺してしまっていいのか?星華」
「無論でござる」
ランスを強く握り直す。今度は殺すために。
「共闘するのは初めてだな、星華。間違って、また俺のこと斬るなよ!」
「フッ……それは出来ない約束でござる」
魔獣がまた俺に向かって、戦斧を振りかざす。
正面から受けるのは中々骨が折れた。押し勝てるとはいえ、またあれを喰らいたくはない。
今度は転がりながら避けた。空振り地面に入り込んだその戦斧が、大地にクモの巣のようなヒビを刻む。
星華と俺では、頭を使った戦闘は期待できない。だが、頭脳はないが力はある。
早く方を付けるためにも二人の全力をぶつける他ない。
いけるか?と心の中でランスに問いかける。返事はない。こいつは基本的に俺の呼びかけには答えないが、その俺の声は、確かに届いている。
ランスがその重さを捨てる。一気に腕が軽くなり、数回、ランスをブンッブンッと宙に振った。
「落ちろ、『無明の流星』」
星華がまず刀を抜く。星華がいた場所にはもう砂埃とその足跡しか痕跡が残されておらず、気づけばもう魔獣を斬っていた。
仲間にいると、とんでもなく心強い。
魔獣は星華の攻撃に気を取られ、俺への警戒を完全に解いている。今なら、俺の最大火力をぶち込める。
『夢反剋上』
俺はこの力を、信じてくれた、ここまで俺を守ってくれたやつらのために使うと、あの夜誓った。
その証明を、今、ここで。
ランスを握っていると、ふと思い出す。
敗北を喫し、周りからの嘲笑を浴び、競技場の端っこで観戦していたときの、あの風景を。
ヒョロガリの俺とは対象に、鍛え抜かれた男達が力いっぱいにぶん投げていた、あのやり投の風景を。
魔獣と一度距離を取り、思い出しながらあの構えを取る。
一歩ずつ、力強くも、リラックスをしながら助走をつける。
距離を見計らい、助走と完璧に噛み合ったそのとき、腕ごと飛んでいきそうな勢いでぶん投げる。
風を切る、なんてものじゃない。その空気、空間を一枚一枚貫いていくかのように、ランスは魔獣向かって空を旅する。
音はしない。
だが、ランスは魔獣の胸を貫いたところで、ピタリと、その飛行旅行を終えた。
魔獣と星華の動きが止まる。星華は驚きのあまり、思わず止まった。魔獣は……
星華はすぐに、魔獣化した味方のもとに走り、長く苦しまないように、静かに息の根を止めた。
その胸中を推し量ることはできない。ともに戦い、高めあった仲間と、こんな形で別れることになるとは、想像もしていなかっただろう。
それでも、星華はすぐに前を向いた。
「行け、覚。お主には、倒さなくてはならぬ敵がいるのであろう?」
星華は俺に背を向けそう言う。
その言葉に答えるように、俺も小さく頷き、互いに別の戦場へ足を進めた。




