第36話 前夜祭
漆黒の壁に覆われた城下町が、少しずつ姿を現す。何度見ても、この街には圧倒される。この街だけはずっと、昼が続いていると錯覚するほどの明かりが街中に灯されている。
馬から降り、俺達は今までにない緊張感を抱え、総司令部の入口へと向かった。
街の中心に佇む、対魔征討軍総司令部。その入口で俺達を待っていたのは、何やら見慣れた少女の姿だった。
「元気にしておったでござるか?シャルロット」
そう、対魔征討軍第七席、雨嵐星華だ。何かとあの件を引きずって気を悪くしてないか心配だったため、元気そうな姿を見れて安心した。
「まったく……総司令は何故か拙者を案内役にしたがるのでござる。申し訳ござらぬ……」
「いえ、私も星華が元気そうでよかったわ!」
シャルロットはにこやかに星華に笑いかけ手を握った。そのとき、すぐに星華がその巻かれた包帯に目をやる。
「お主……この傷……」
「大丈夫よ!あなたなんて、心臓貫かれたこともあるんだから!それに比べたらこんな傷、大したことないわ!」
そうは言っても、シャルロットが無理をしていることは星華も理解しているみたいで、心配の眼でそれを見ながら、何か言おうとして、すぐに止めた。
「総司令がお待ちじゃ。着いてくるでござる」
星華の小さな手が、その門のような大きな扉を押し、中への道が開けた。その大きなエントランスを、短い歩幅で歩いていく。息を吸う度に魔獣と戦うときとは別の緊張感が全身に広がる。
また一つ、星華が扉を開けた。そこで俺達を待っていたのは、たった二人の兵士だった。
一人は、他から総司令と呼ばれていた男性。確か、ギデオンはフェルヴィナントと読んでいた。それともう一人、お初にお目にかかる、幻真並に美しい女性が、彼の隣の椅子で座っている。
「おいおい、今から当日の作戦会議をするってのに、どうして二人しか来てないんだよ」
ギデオンが怪訝そうな顔で言った。前ここに来た時は、もう少しいたはずだが、今は星華を含んで三人だけだ。
「この数日間で、『克服帰光』にまで達することが出来たのは、星華を除く六名の内彼女だけだ。それ以外の幹部は当日、戦場から一番離れた街で住人の警護に当たらせる」
それって……つまり、対魔征討軍から参戦できる主力は、この三人だけってことだよな……それで、大丈夫なのか……?
恐る恐るギデオンの表情を覗き込んだが、やはり険しい表情を浮かべている。が、少し納得しているようにも見える。
「厳しいね……かなり。でも、一人でも克服帰光までたどり着けたのは大きな進歩だ。よろしく」
それに月白の髪を靡かせる女性がお辞儀して返した。
「対魔征討軍第二席、エストレージャと申します。対魔征討軍として、命を賭して戦わせて頂きます」
起き上がると同時にまた髪が靡く。第二席ってことは、幹部の中でもかなりの実力者なのだろう。なら、安心して任せられる。星華の強さは、この身を持って体感しているし、総司令官もギデオンと幻真が認めるほどの強さだ。
勝てない戦いではない。
「細かい作戦は立てても意味がないだろうし、今日のところは大まかな作戦を話し合おう」
ギデオンはそう言って席につき、戦場でなる場所の地図を広げた。
それぞれの能力に合わせて、それぞれの役割を与えていく。
遠距離攻撃を得意とするシャルロット、エストレージャ、総司令官は後方支援。
それに対し、俺、幻真、星華は前線で一般兵とともに、魔獣と応戦。
「これは一つ、かなり重要なことなんだけど、アルトラが出陣してきたとき、その相手は、覚君、君がいけ」
「お、俺?」
「あぁ、能力的に、アルトラを殺すという目標を達成するためには、君以外不可能だ」
重役が突然与えられ、冷や汗が頬をつたう。でも、わかってたことじゃないか。俺の能力でしか、アルトラの相手は務まらない。俺じゃなきゃ、この悪夢を断ち切れないと。
周りの目線が俺に集まる。
「総司令官、あんたがアルトラの息の根を自らの手で止めてやりたいことは、俺も重々承知だ。でも、わかってくれ。彼にしか、君の願いは叶えられないんだ」
「あぁ、知っているとも。覚君、といったか……頼んだよ」
初めて、総司令官と目がビッタリ合う。威圧感は魔獣超えだ。思わず肩がすくむが、そんな男の願いを、俺は託されているんだ。答えないわけにはいかない。
「ま、今日はこれくらいでいいだろう。あと三日、しっかり体を休めて、その日に備えよう」
話す話題も尽き始めたとき、ギデオンが手を叩きこの会議を閉じた。今、こいつの目にはどんな未来が映っているんだろう。もしまだあの未来が変わっていないだとしたら、ギデオンは今、どう思っているのだろうか。
どちらにしろ、俺には最後まで、ギデオンを信じ通すと決めたから。見ている未来が何であれ、俺が必ず、望んだ結末に変えてみせると、誓ったのだから。
────────────
翌日、戦いが巻き起こるとギデオンが予言したその街へ、俺達は移動した。俺達がそこに到着した頃には、すでにそれを聞いていた対魔征討軍の一般兵で、街は埋め尽くされていた。総勢、二万人。レーヴェ遠征の、五倍の人数らしい。
兵士たちの士気は高く、その姿には俺も勇気付けられた。俺も、別に戦いへの意欲、士気が低いわけでは決してないが、それでも恐怖は捨てきれていない。そんな中で、彼らの存在はありがたかった。
残り、二日。いち早く万全の状態へ戻すためにも、今日は早めに眠ろう。用意された個室へ向かい、ベッドに沈んだ。
────────────
目が覚める。寝付けない。早く寝すぎたのか、俺が怖がっているのか。
外に出た。ここは目の前一面に海と砂浜が広がる美しい街で、これから戦火に包まれることなど想像できなかった。
そんな砂浜で、ポツリと一人、誰かがいる。
シャルロットだ。
「夜中になにしてんの?」
俺が近寄って来ていたのに気づいていなかったのか、ビクッと肩を跳ねさせてからこちらに振り向いた。
「覚……いえ、ちょっと寝付けなくて……」
「俺もだよ、何ていうか、やっぱり怖いよな」
「えぇ……ねぇ、覚!明日またガレットを作るからギデオン達と対魔征討軍のみんなを呼んで食べましょうよ!前日の決起集会みたいな感じで!」
暗い雰囲気で俺と話すのが嫌だったのか、シャルロットは無理に話の話題を切り替え、笑顔を作った。
「いいな!団結力も上がりそうだし。でもさ、シャルロット……この戦いが終わっても、また、ガレット作ってくれるよな?」
そう俺が聞くと、シャルロットは不思議そうな顔をする。首をかしげながらに俺の表情を伺った。
「当たり前じゃない!また何度でも、私のガレットを振る舞って上げるわよ!」
「……そっか。それは楽しみ!」
……あぁ、こんな夢が、現実になればいいのに。
いや、ダメだな。あの俺にとって、シャルロットは眩しすぎる。でもせめて、この夢を見ている内は、この太陽を、守らせてくれ……!
────────────
翌日、シャルロットは、昨夜の宣言通り、俺達にガレットを振る舞った。部屋にギデオンや幻真、星華やエストレージャ、総司令官までをも集めた。
初めてガレットを口にした総司令官とエストレージャが目を見開く。それを見て星華が誇らしそうに語っている。
決戦前とは思えない和やかな空間を、シャルロットはその傷ついた手で作り上げてみせた。
対魔征討軍のみんなが退室した後、ギデオン達も部屋をシャルロットに手を合わせ、外に出ていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
走ってギデオンと幻真を呼び止める。
「何だい?」
「ギデオン、お前は今、どんな未来が見えてるんだ?」
「─────」
ギデオンが黙り込む。この時点で、別に幸せな結末ではないことがわかった。
「でも、君が変えてくれるんだろ?この運命を、君が裏切ってくれるんだろう?」
ギデオンはその眼で俺を見た。真実を見通す眼と、運命を見通す眼。その二つの鋭く美しい目線が俺に向けられる。
「あぁ」
小さく頷く。それが俺にできる、最大の覚悟表明だった。
ご覧いただき誠にありがとうございます!




