第34話 その信念を貫け
「はぁ……はぁ……はぁ……」
汗が、服だけに留まらず、枕やベッドまでも濡らしている。荒い呼吸を落ち着かせようと深呼吸してみても、流れ落ちる汗が収まらない。
今のは夢じゃない、現実だ。実際にギデオン・リアドに起きたリアルの悪夢。
こんな悪夢を見てしまったら、もう一度眠りにつくなど不可能でだ。隣のベッドで眠るシャルロットの横顔を一瞬だけ眺め、武器を手に取り部屋を出た。
外は珍しく快晴だった。月明かりで、この世界にも影が生まれている。星の輝きが、見上げる俺の目に映り込む。そんな光を持ってしても、輝けない闇を俺は二つ抱えてしまっていた。
ギデオンを探して雪を荒らす。村の周辺を隈無く探す。ランスを抱えているせいで、いつもより動きが鈍くなる。寝起きですぐに息が上がる。それでも、懸命に腕を振って走る。
「誰かと思えば覚君か……どうしたんだい?そんな物騒な武器を持って。もしかして、僕を殺しに来た?」
「そんな訳ないことくらい、その眼でわかってるだろ……」
ギデオンは、村からかなり離れた丘の上にポツリと生えている一本木の下で、それにもたれ掛かりながら休んでいた。
「僕の過去を夢見たんだ……奇遇だね、僕も今ちょうど夢を見てたんだ。最悪な悪夢だった。目覚めたときには、汗で下の雪が溶けてたくらいにね」
俺がギデオンの夢を見たことは、もうその目のせいでお見通しだった。
困惑を抱えたまま、ギデオンの木を挟んで反対側にもたれ掛かる。変な感覚だ。さっきまで、あんなに不信感から、互いにいがみ合っていたのに。
「一人の少年の夢だった。才能もないくせに、泥臭く努力する馬鹿で、ちょっとだけカッコいい少年の夢。その少年はどれだけ周りに馬鹿にされ、蔑まれても、水たまりの上でも構わず走ってた。どれだけ服が汚れても、必死に腕を振っていた」
胸がざわつく。ギデオンのいうその少年が、あまりにも俺自身だったから。
「でも、最終的に心が折れちゃって、線路に見を投げ出そうとしてた。そこで、夢は終わちゃったけど……君が今ここにいるってことは、少年もまだ生きてるんだろ?」
その言葉の意味がすぐには理解できなかった。でも、それがすぐに、俺がギデオンの過去を見たように、ギデオンもまた、俺の過去を見てしまったのだろう。
「俺も、お前の過去を見た。俺は勘違いしてたけど、お前ら夢見人も、俺と変わらない、普通の人間だった」
背後で、ギデオンが鼻で笑ったのが聞こえた。
「当たり前じゃないか……夢見人なんかになってる時点で、碌な人生歩んでないよ」
ギデオンの人生は、俺のとは全く違う。俺は逃げられなかっただけで、逃げ道は何本もあった。茨の道を選び続けていたのは、俺自身だ。でも、ギデオンは違う。これが、まるで運命だったかのように、抗えず、災いが注ぎ続ける。
「で、君はこれからどうするの?」
すべてお見通しのギデオンも、これに関しては、俺の答えがわからないんだろう。だって、俺自身もまだ答えがでていない。別のいい方法があるのではないかと疑う気持ちもある。
このままの未来では、俺もシャルロットも死ぬ。その光景が少し脳裏をよぎり、まだ迷いが残っている。
でも、それでも、あんなものを見せられてしまったら……
それでもなお、この世界の存続のために戦い続けるギデオンを、信じないことなど……出来ない!
たとえ、ギデオンの未来視に、俺の死体が転がっていようとも、俺が変えて見せる。俺が、運命を裏切るんだ。俺が、ギデオンの思い描いた幻想を、『真実』に変えて見せる。
これはギャンブルだ。確証なんてなんにもない。それでも、俺は、俺だけでも、こいつを信じ通したいと願った。
俺はそっと、ギデオンの隣に座り込んだ。反対方向の星空を眺めていた俺達は、今、同じ空を見上げていた。
「それが、君の答えか……」
ギデオンは目線を変えないままそう言った。
「僕も、悪かったね。あんなことを言って。でも、別に君のことを完全に信用したわけじゃない。それでも、僕に着いてくる?」
「あぁ、お前がどれだけ俺を疑おうと、俺はお前の目が勝手に映し出したその未来を、絶対に『嘘』にしてみせる」
俺の中で、答えがでた瞬間だった。最終決戦への、最後の誓い。もう、俺の中に、雑念はない。
「僕はすでに、『真実』の『愛』なんて、とっくに知っていたのかもしれないね……僕が本当に呪ったのは、あんな腐った結末だったのかもしれない……」
ギデオンが片膝を抱えながらボソッと呟いた。その言葉の真意を、俺は完全には理解できない。
でも、それでも、後はもう信じ通すだけだ。夢を、仲間を、思い描いたその結末を。
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