第33話 真実の『愛』
親の財力で、僕は大学に進学した。結局僕は、一人では何もできない無能で、大嫌いな親の財力だけを頼りに生きた。
大学入学当時の僕はもう、些細なことでも疑う人間へと成り果て、他人に話しかけることも、話しかけられた相手と積極的に関わることもしなかった。
どんな重大なことでも疑う。そしてそれを最後まで信じることが出来なかった。
僕自身もすでに、『嘘』で出来ていた。
そんな僕に訪れた、最後の『愛』。
僕は大学近くの公園を、目的も無くふらつく。仲間も連れず、ただ一人で。
木陰で、車椅子に乗った誰かがいるのが見える。その澄み切った空と、被った白いボンネットと薄い金髪があまりにも美しくて、自然と足が引き寄せられた。
「こんなところで一人何してるんだ?」
ついに、声を掛けてしまった。不審に思われただろうか。一瞬驚いた顔を見せ、彼女は俯いた。
「いえ、ただ風が浴びたかっただけです。ずっと、病院の中にいるものなので」
話を聞くと、近所の病院で入院中で、気分転換に、こうやってたまに外にでてくるらしい。
「私、余命が残り七ヶ月なんです。それなのに、病院の中でずっといるのが嫌で……」
遠くの空を見つめながらそう言った。嘘つけ、それでまた、僕から金をむしり取るつもりなんだろう。だって、今までの奴らは全員そうだった。
「もしよければ、少し公園を散歩させていただけませんか?こうして家族以外の人と喋るのも、久しぶりなんです」
「……あぁ、いいよ」
彼女のどこまでも透明な瞳に見惚れ、快く快諾してしまい、車椅子を押しながら、公園内を散歩した。
彼女はエノテラという名で、僕と同い年だった。
彼女の見せる笑顔は、今まで僕に向けられたのとは、何だか違う気がした。その笑顔につられ、僕も自然と笑みがこぼれる。
そのとき感じたのは、僕の知らない感情だった。
次の日も、そのまた次の日も、木陰で僕を待つエノテラのもとに向かった。その度に互いのことを語り合い、笑ったり、泣いたりした。
「何でギデオンはそんなに疑い深いの?!」
一度彼女ににそう叱られた。僕は、過去にあったことを、すべて話した。エノテラは頷き、ときに鼻を啜りながら話を聞いてくれた。
「どうせ、君の余命宣告なんかも、全部嘘なんだろう?」
そう僕がいうと、エノテラは一瞬険しい表情を浮かべたが、すぐにフッと微笑んだ。
「嘘だといいわね。ギデオンといると、何だか嘘になりそうだわ」
優しすぎるその言葉に、僕の頬に涙が伝ったのがわかった。それがエノテラにバレないように、シュッと払い除け、僕も微笑んだ。
一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……
エノテラに出会うまでは、長く感じていた時間が、こんな今は一瞬に感じてしまう。
大丈夫、あんなの嘘に決まっている。だって、僕の目の前に映るエノテラは、こんなにも明るくて、僕を照らし続けてくれている。
「ギデオン!見て!」
エノテラが植えられている金木犀に指先でそっと触れ、鼻を近づけた。
やっぱり、嘘に決まっている。
そして、エノテラと出会って丁度五ヶ月。
今日会ったのはいつもの公園ではなく、薄暗い病室だった。白いベッドで、その金髪が光っている。僕が見つめると、エノテラも目を合わせ笑った。
そう、エノテラのあの言葉は、『嘘』になった。
数週間、エノテラは病室に拘束され続けたが、エノテラは苦しむどころか、ますます病状が回復していった。
「このまま順調にいけば、もしかすると、数ヶ月と言わず、病状がほとんど回復するかもしれません」
医者がそう告げた。その言葉に僕もエノテラも安堵し、互いの手を握った。
二ヶ月後、珍しく僕たちは、夜に公園を散歩した。
「見てギデオン!星がとても綺麗に見えるわよ!」
エノテラが星空に指を刺す。これからも、エノテラと幸せな日々を送ることができる。
いつしかエノテラへの疑いの念など完全に取り払われていた。やっと見つけた気がした、本当の、真実の『愛』を。
「ギデオン……結局、余命宣告は嘘になっちゃったわね……」
「やっぱりね。でも、良かった……!」
今度は、流れる涙をこらえることが出来ず、エノテラを抱きしめた。
「ありがとうギデオン……これからも毎日、ここを散歩して、いつかここから飛び出して、自由に旅しましょう……!」
──────────
『────ピーピーピー!』
耳を貫くような電子音が、病院を越え、公園にまで響き渡る。
今日は、エノテラが来ない。僕が大学の授業を終え、公園へ向かった頃には、いつもいるはずなのに。
息が上がる。荷物を捨て、全速力で病院へ向かった。
「おい……エノテラ……嘘だよな……これも……」
僕がそこに到着したときにはすでに、エノテラは瞳を閉じ、眠っていた。声を掛けても返事はない。
周りで、医者や看護師が、悲痛な面持ちで僕を見る。
「おい……お前言ったよな……このまま回復していくって!全部、全部嘘だったのかよ!」
声を荒げる僕に、医者は必死に説明した。だが、何も聞こえない。
目の前にエノテラはいるのに、もうそこにはいなかった。
そんな最悪な運命の裏切りで、僕たちの『愛』は断ち切られた。
手に入れた真実の『愛』は、また『嘘』に塗りつぶされたのだ。
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